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母のおにぎり、快走の原点 高橋尚子さん 食の履歴書

2016/1/1

 ふりかけご飯に餅、梅干し、納豆汁。さらには安倍川餅とカステラ。2000年9月24日午前5時、シドニーのホテルの食卓に並んだのは、糖質オンパレードの食事だった。

■五輪の朝も糖質ざんまい

 マラソンランナーの食事は特別だ。レースが近づくと、ご飯や麺類など炭水化物中心の食事を取り、エネルギーを蓄える。シドニー五輪前夜も餅入りの「力うどん」を食べた。「餅をおかずにご飯を食べる感じ。食卓が真っ白なんです」

 楽しみはレース後の食事。何を食べるかシドニーでも数カ月前から思いを巡らせていたのだが……。

(たかはし・なおこ)スポーツキャスター・マラソン解説者。1972年岐阜県生まれ。2000年のシドニー五輪で金メダル。同年、国民栄誉賞を受賞。01年にはベルリンマラソンで当時の世界記録をマーク。08年に現役引退。日本陸連理事、日本オリンピック委員会理事。10月に2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会アスリート委員会の委員長に就任。                   【最後の晩餐】お米です。お米を一番大好きな水で炊く。引退して好みは変わったけど、ご飯好きだけは変わりません。おかずは細切りにした昆布「まつのはこんぶ」があればそれだけでいいです。シンプルだけど究極だと思います。 =写真 塩田信義

 日本女子陸上界初の金メダリストは、メディアから引っ張りだこ。なんとか取った食事といえば、テレビ出演の合間に「倉庫のような場所で」食べたハンバーガーと、ホテルに戻って小出義雄監督と食べたカップラーメン。「今もシドニーの思い出はカップラーメンですね」

 食べることが大好き。子どもの頃の思い出の味はなんといっても筑前煮。母の得意料理で、ほとんど毎日食卓にのぼった。おせち料理もお重の一段がすべて筑前煮になるほど。今も実家に帰ると食べたくなる。

 走るのも大好き。小学1年生のマラソン大会で優勝するなど、走ることには自信があった。でも活発だったわけではない。むしろ引っ込み思案で授業では簡単な質問にも手を挙げることができない。髪を長く伸ばし、スカートをはくのが好きな子だった。

■転機は小学4年生

 転機は小学4年生。学校でシラミが流行し、男女問わず短髪にするよう指令が出た。ひとり抵抗していたが、母親に美容室に連れて行かれ、ばっさり切られてしまう。「あのとき何かが変わった」。翌日からスカートをはかなくなった。自分から生徒会に立候補し、友達も活発な人が増えた。

 走るのは好きだったが、選手になるつもりはなかった。両親が先生だったこともあり、将来の目標は教師になること。中学で陸上部に入ったのは「凶器のようなスパイクと、スタートのピストルに憧れたから」。刑事ドラマみたい、という単純な動機だった。

 まるで休み時間の遊びの延長のようだった部活動は楽しかった。そして、大会に出場するときには必ず食べる一品があった。

■少女時代の「勝負メシ」見ると緊張感

 予選を突破すると決勝までの間、時間がある。そこで登場するのが母特製のおかかおにぎり。レース2時間前までには食べ終えるよう、逆算して食べる。「おかかおにぎりは勝負メシなんです」。今もおかかのおにぎりを見るとあの頃の緊張感がよみがえってくる。

 食に意識が向き始めたのは、大阪学院大学に入ってから。自炊を始め、毎日自分でカロリー計算をした。たった1つのコンロでなるべく多くの食材を使うよう工夫した。例えばおでんなら最初に5種類の食材で作り、毎日2種類ずつ足していく。バランス良く食べることを心がけた。

 専属の栄養士がいる実業団に入って、一段と食事に気を使うようになった。「ランナーにとって食べることは練習と同じくらい大切なこと」。食事は朝夕の2回。朝は最低でも20キロ走り、それから朝食をとる。ご飯に肉と魚、温野菜、レバー、ひじき、納豆2パック。これが標準的な朝食だ。

■貧血対策、納豆を1日に4パック

 長距離選手にとって貧血は大敵。着地の衝撃で足裏の赤血球が壊れ、貧血を起こしやすくなるという。予防のため納豆を1日4パック、レバーとひじきも毎日山盛りで食べた。「市民ランナーの皆さんも鉄分補給には気をつけて下さい」

 体重管理も重要で、当時は1日7回、体重計に乗った。とはいえ、食べたい気持ちは抑えられない。「その分、走ればいい」と割り切った。ただ一度だけ、大失敗をしてしまった。

 1997年の大阪国際女子マラソン。レースの1週間前に小出監督が指示を出した。「これから1週間、前半はたんぱく質、後半は炭水化物中心にする。この週末は肉を食べろ」。向かったのは鉄板焼きの店。食べ放題で気づいたら8皿目だった。実に2キロ分。週明けに監督に報告すると「いくら何でも食べ過ぎ」。7位に終わった初マラソンの苦い思い出だ。

 炭水化物が好きで、肉にも目がない。そんな食生活は引退後しばらくして一変した。引退直後は「がんがん食べた」。体重が6、7キロ増えたあと、ピタッと食欲がなくなった。「現役時代はおすし50貫、肉2キロとか食べていたのに」。量だけでなく好みも激変した。肉より魚。パスタはクリーム系から塩やしょうゆベースに。体重も安定した。「体が満足したのかな」

■今も米国で年2、3回合宿

 現在も年2、3回は米ボルダーで合宿をする。現役時代と同じように走り、このときばかりはしっかり食べる。これで心身をリセットする。帰国すると各地のマラソンイベントに参加。アフリカの子どもたちにシューズを届けるプロジェクトはライフワークだ。走る楽しさを伝えたい。その思いを胸に、今日も世界を駆け回る。

「薩摩牛の蔵 赤坂店」の極上ロース焼きしゃぶ

■薄切り牛肉、鉄板でさっと

 現役を退いてからは魚が好きになったけれど、それでも時々無性に肉が食べたくなる。そんなときに訪れるのが東京・赤坂の「薩摩牛の蔵 赤坂店」(電話03・5573・9062)だ。

 お気に入りは「極上ロース焼きしゃぶ」(1皿税込み2376円)。薄切りにした牛肉を鉄板でさっと焼き、ポン酢などのたれで食べる。「サシの入った肉はあまり食べられなくなってきたけど、これだけは別」。アスリート仲間や友人たちと行く特別な空間だ。

 同店は鹿児島で牛の生産から加工、販売まで行うカミチクグループが手掛ける。使うのは生産者限定の鹿児島産黒毛和牛。すべて最高級のA5ランクだという。ロース焼きしゃぶのほか「赤身焼きしゃぶ」(同1296円)、甘辛のたれに漬けた肉を焼いて卵で食べる「焼きすき」(同2484円)なども人気だ。

(河尻定)

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