かつて新幹線が食堂車を廃止したのは、経費がかかり、採算が合わなくなったことが大きいと言われる。そんななか、大赤字のローカル鉄道が、「走るレストラン」を作り、大成功を収めている。肥薩おれんじ鉄道が2013年3月にスタートさせた、その名も「おれんじ食堂」という名の観光列車だ。レストランスタイルの内装の車内で食事をサービスする。
内外装はともに、「ななつ星in九州」を手がけた水戸岡鋭治氏が担当。2両編成の1日3便~4便で、料金はランチ付きで大人2万1000円。熊本県の新八代駅から鹿児島県の川内駅まで九州西海岸を眺めながら、およそ3時間の短い旅をする。
その間に、地元レストラン協力の下に作られたオリジナルの食事が乗客に出されるだけでなく、各駅に着くタイミングでその地域の特産品が提供されたり、長めに停車する駅では、揚げたてのカレーパンや地元高校生が作ったお菓子を山積みにしてホームで売っている。果ては、終着駅で降りたときにもお土産の食べ物を持たせてくれる。
列車が通る7つの地域の食を存分に味わうことができる“おもてなし”があちこちに仕掛けられ、終わったときには、乗客はすっかり満腹だ。まるで、食い倒れツアーに行ったかのような気分を味わえる。
食で徹底的に乗客を楽しませるこの戦略は功を奏し、2013年4月~6月に運輸収入は、前年比24~30%アップ。旅行収入は少なくとも2倍になったと言う。
■そこに行かないとないものを作る
肥薩おれんじ鉄道は人口減少や産業の空洞化に悩む典型的な弱小ローカル鉄道だ。定期券の利用者数は1年間3000人ほど。その数も毎年右肩下がりに減っている。そもそも鉄道は、「巨大な装置産業」と呼ばれるほど、高額の設備投資を強いられる。仮に1億円の収入があったとしても、保線のために2億円が出ていくような事業だ。肥薩おれんじ鉄道は、毎年1億5000万~1億8000万円の赤字が10 年続き、通常の運輸収入だけでは苦しくなっていた。
地域住民や地元産業の活性化があってこその鉄道事業ということを考えると、地元の資産を生かし、観光を増やしていくしか、双方に再生の道はない。一方で、観光を呼び起こそうとするとき、地産地消の食は強力な集客要素となる。
プロジェクトを仕切る川窪重伸・営業部長は、ホテルに15 年勤めた異業種の出身だ。鉄道にはうとく、食事業に詳しかったことが逆に幸いし、これまでになかった新しい形の鉄道サービスを生み出した。
とはいえ、九州というと、都市観光なら博多、温泉なら湯布院、テーマパークならハウステンボスがメジャー。また、地方の風景や食と言っても、九州以外の日本全国にもより風光明媚な地方や食の有名どころはたくさんある。地元の食を生かすとは言っても、言うは易し、行うは難しだ。
川窪部長が意識したのは、「そこにしかないオンリーワンのものを考案し、わざわざ行く理由になるものを作ること」。その結果、考えついたのが、7つの町を知ってもらいながら、満腹になって帰ってもらうという食を付加価値にした観光のストーリーだ。
さらに、川窪部長いわく、ビジネス面でのおれんじ食堂のコンセプトストーリーは、「究極の経済循環列車」だ。当初は、食事はすべて電車内のキッチンで作ることを予定していた。
しかし、衛生面で営業許可を取るのが難しいうえ、自社で作ってしまうと一次加工業者としか地元産業との関係が生まれず、地域の活性化としては弱い。そこで、地元レストランと組み、作ってもらったものをメーンの食事として提供することにした。こうすれば、レストランに連なるさまざまな産業ともつながりが出来る。
食事を出すときの食器類まで含め、おれんじ食堂の内外装のデザインや監修を手がけた水戸岡氏との縁も、食事を提供するレストランが水俣市の観光物産館「鶴の屋」内にあり、この建物を水戸岡氏がデザインしていたことから得た。
おれんじ食堂をスタートさせたことの効果について、「国や自治体から出る貨物調整金などの税金支援に頼らず、赤字補てんについて自助努力のできるツールが得られたことは本当に大きい」と川窪部長は語る。
川窪部長によれば、おれんじ食堂は食のエンターテイメント列車であると同時に「究極の癒やしの鉄道」でもあると言う。「列車に乗ると、ぼーっとしながら海を見てビールを飲み、ゆっくり考える時間が出来る。都会では得にくい、何もしない贅沢を感じられる。どんどん、癒され、楽しめる新たなおもてなしを仕掛けていく予定です」と意気込む。
(日経デザイン編集部)
[書籍『日本おもてなし鉄道』の記事を再構成]