ゴム景気で潤う東南アジア 消えゆく森
ゴムは150年以上も前から、世界の政治と環境に知られざる影響を及ぼしてきた。機械の可動部分を連結し、保護するゴムは、機械を作る鉄、機械を動かす化石燃料と並んで、工業化に欠かせない三つの資源の一つだ。
ゴムと聞くと、合成ゴムを連想する人が多いかもしれない。だが実際には、世界で生産されるゴムの4割以上は天然ゴムが占め、そのほとんどがパラゴムノキの樹液から作られている。合成ゴムは安価だが強度や柔軟性で劣るし、振動への耐久性も天然ゴムより低い。そのため、コンドームや手術用の手袋、航空機のタイヤなど、破損が深刻な事態を招く製品には、もっぱら天然ゴムが選ばれてきた。
需要増大でアジアの森林がゴム園に
現在ゴムノキが栽培されている主な地域は、気候とインフラの両面で条件を満たす東南アジアにほぼ限定されている。世界経済の浮き沈みにかかわらず、ゴムの需要は高まる一方で、東南アジアのゴム産地にゴールドラッシュ並みの活況をもたらしてきた。ゴム景気のおかげで多くの人が貧困から抜け出し、豊かさを手に入れている。東南アジアの奥地のゴム農園と中国北部のタイヤ工場を結ぶ、「ゴム・ハイウェー」と呼ばれる道も、何本か新たに開通した。
世界の天然ゴム生産量は、1983年の約400万トンから現在は1200万トン近くに増加している。その影響をまともに受けたのが、生産地の天然林だ。中国の一部地域やベトナム、ラオス、タイ、カンボジア、ミャンマーでは、ゴム農家が森林を伐採し、ひたすらゴムノキだけを植えている。その結果、世界でも有数の多様性を誇る自然が単一栽培(モノカルチャー)の農地に取って代わられ、生態系の基本的な機能が脅かされている。
東南アジアではゴムの生産を増やすため、約4万6000平方キロの森林が開墾された。日本の岩手県の約3倍に相当する広さだ。加工施設や作業員の住宅、道路などを建設するためにも、さらに多くの森林が失われた。米国ハワイ州にある研究機関のジェファーソン・フォックスによると、東南アジアで起きているこうした環境の変化は、「人類史上、最速にして最大級の規模」だという。
ゴム景気が及ぼす影響は、森林破壊だけにとどまらない。環境面で最大の問題は、ゴムノキが樹液の生産に大量の水を必要とすることだろう。天然ゴムの生産は、産地の水を輸出するようなものだ。その結果、一部のゴム産地では、井戸や川が干上がり始めている地域もあるという。ゴムノキの栽培が今後もさらに広がれば、各地で同じ問題が起こり始めるだろう。
自動車王ヘンリー・フォードの教訓
単一栽培は、生産性は高いが脆弱だ。ゴムも例外ではないことを、自動車産業の父ヘンリー・フォードが教えてくれる。自動車の製造に必要なほとんどの材料を自前で調達していたフォードは、ゴムの自給を目指して1920年代、ブラジルのアマゾン川流域に約1万平方キロの森林を購入し、広大なプランテーションを造った。大量の労働力を投入して森を開墾し、米国の中西部風の街を建設。熱帯林に突如として出現したこの巨大な街は、フォードランディアと呼ばれるようになる。フォードが投じた費用は総額2000万ドル、現在の価値にすると3億ドル(約360億円)近い。
だが1935年、避けがたい破局がついに訪れる。フォードランディアのプランテーションで南米葉枯れ病が広がり、わずか数カ月で全滅してしまったのだ。天然のパラゴムノキは広い森に点在しているので、1本が被害に遭ったとしても、別の木がすぐに感染することはない。しかし、プランテーションではゴムノキが密集して植えられているため、病原菌は次から次へと広がってしまう。生態系は激変し、農園の経営は崩壊。10年後、この土地はひっそりと二束三文で売却された。それから70年以上、中南米でゴム農園を造る試みはことごとく失敗に終わっている。
現在、東南アジアの新しいゴム農園に植えられているのは、ブラジルから持ち出されたパラゴムノキの子孫だ。パラゴムノキは葉枯れ病に弱い。1980年代になると、科学者たちはこう警鐘を鳴らすようになった―南米葉枯れ病の胞子が一つでも東南アジアに入り込めば、自動車産業はたちまちストップするだろう。
(文=チャールズ・C・マン、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2016年1月号の記事を再構成]
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