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安心・安全

臨床宗教師、介護の現場へ

2015/12/15

安心・安全

介護の現場で、臨床宗教師と呼ばれる宗教者が活動を始めている。宗派の違いを超えて、苦しみや悩みを抱える人に寄り添い、心のケアをする。布教や伝道はしない。東日本大震災を機に養成が始まり、ケアの対象を当初の被災者から終末期患者、要介護者へと広げている。

宗派超え悩みに寄り添う

「こんにちは」

「待ってたのよ」

仙台市内の特別養護老人ホーム「泉陵虹の苑」には、尼僧の天野和公さん(37)が今年1月から毎週、ボランティアの臨床宗教師として通う。

入所者と家族のように話す柱本惇さん(大阪府茨木市の「常清の里」)

1日2時間、施設内を巡回して入所者らに声をかけ、話に耳を傾ける。業務に追われる介護スタッフは入所者らと話す時間がなかなか取れない。入所者らは、親身になって話を聞いてくれる天野さんの訪問を心待ちにしている。

80代の女性は東日本大震災の復興住宅から4月に施設に移ってきた。作務衣(さむえ)姿の天野さんを見ると、たまった不満をぶつけてくる。「うんうん」。天野さんは女性が気が済むまで話を聞く。

「私は介護ができないので、そこにいて見守ることが大事」と天野さんは言う。入所者の中には話ができない人もいる。「その時は、にっこり笑って手を握るんです」

天野さんは夫で住職の雅亮さん(47)とともに特定宗派に所属しない寺院「みんなの寺」を市内で運営する。東日本大震災後の2012年4月に東北大が設けた臨床宗教師の養成講座を14年末、修了。泉陵虹の苑で施設実習したところ、「継続してきてほしい」と請われ引き受けた。

「いきなり臨床宗教師といっても入所者は受け入れない」として、各部屋のごみ集めから始めた。その中で入所者との関わり合いができた。

宗教者が寄り添う意味はどこにあるのか。「例えば『自分は地獄に行くんじゃないか』といった、答えが出ない宗教的な問いに逃げずに立ち向かえること」と天野さんは言う。教義を押しつけたりはしない。「宗教者として私はこう考える」と伝えるだけだ。「私が目の前の人に何をするのかではなく、相手が私に何を求めているのかを知ることが大事」と天野さん。

やりとりは文書にまとめファイル化。生活相談員と気づいたことなどを話し合う。傾聴活動を、施設全体での心のケアに生かせるようにする。

泉陵虹の苑での活動は週1、2回が限度という。「みんなの寺」は檀家が多く、葬儀が年間で120~130はある。5月から上尾中央総合病院(埼玉県上尾市)でも月1回、看護ケア病棟で臨床宗教師の活動をしている。「泉陵虹の苑は細く長く続けたい」

◇           ◇

「12月8日は成道会(じょうどうえ)。お釈迦様が悟りを開かれた日です」

大阪府茨木市の特別養護老人ホーム「常清の里」で週1回ある法話会を担当するのは、浄土真宗本願寺派の「桃源山 明覚寺」の副住職、柱本惇さん(27)。同施設で生活相談員(非常勤職員)を務める臨床宗教師だ。

法話会には入所者やショートステイ、デイサービスの利用者のうち、毎回、30~40人が参加する。入居者には他宗派の仏教徒やキリスト教の信者もいる。参加は任意だが、柱本さんとの触れ合いを求めて法話会に足を運ぶ。

柱本さんは龍谷大大学院が養成した臨床宗教師の1期生。4月から週1日、同施設で傾聴活動や法話会をしている。副住職の傍ら京都・祇園でバーテンダーを務める異色の僧侶だ。

寺の長男として生まれ、東日本大震災で宗教者が被災地に入るのを見て、「宗教者に何ができるのか」と疑問を抱いた。養成講座を受講することで「宗教者にやれることがある」と介護・福祉施設に飛び込んだ。施設では、認知症などで心を閉ざした高齢者が奥底に秘めるつらさを、傾聴活動で和らげるのが役目だ。

◇           ◇

 時に深刻な話になる。90代の女性は「主人が亡くなり、自分だけが生きている。早く死にたい」と泣いた。夫の命日だった。ところが、翌月に会うとケロッとして、明るい。話したことは忘れている。「臨床宗教師は、必要なときにそばに居てあげることが大事。いっしょにソファに並んでテレビを見ているだけでもいいんです」と柱本さん。

臨床宗教師は宗派の違いを問わないところに存在意義があると柱本さんは言う。宗派を超えた人脈を持っているのが強み。「求められれば、浄土真宗でも東本願寺系の僧侶や、キリスト教の牧師を紹介できる」

養成講座を終えて臨床宗教師になった宗教者は、終末期医療の現場や介護の現場で活動する。しかし、死が目前に迫っている終末期医療の現場と介護の現場では、果たすべき役割が違ってくると柱本さんは言う。

「介護現場では、5~10年は施設に居る人たちに寄り添う。生死の問題だけでなく、昨日こんなことがあった、来週、こんなことが楽しみといった話をしたがる」。家族のような存在になって、入所者たちの話を聞くことが大切という。柱本さんは「家に孫が遊びに来た感じで接することができればいい」と話す。

講座終え認定 海外にモデル

臨床宗教師は心のケアをする専門家としての宗教者。養成講座を修了した人を大学が認定する。2012年4月に東北大大学院が講座を設け、126人が修了した。

14年度には龍谷大大学院、鶴見大が講座を開始。15年度は高野山大学大学院が開き、16年度は種智院大学、武蔵野大学、上智大学大学院が始める予定だ。来年2月には「日本臨床宗教師会」を旗揚げする計画で、臨床宗教師の水準向上を目指す。

課題は受け入れ体制だ。臨床宗教師は布教活動をしない。しかし、医療機関や福祉・介護施設の中には、宗教的な中立の観点から受け入れに慎重なところがある。

海外で「チャプレン」「ビハーラ僧」などの呼称で医療や福祉、教育施設で常勤でケアに当たる宗教者がモデル。ところが、「日本では医療機関などの予算の問題があり、ボランティアなどの形で週1回程度、活動する例が多い」(第一生命経済研究所の小谷みどり主任研究員)。

介護の現場では、臨床宗教師を生活相談員の業務を補うために採用する例が目立つ。専門スタッフとして常勤で雇用する動きは浸透していない。臨床宗教師の柱本惇さんは「家族のように入所者をケアするには、週2~3日は通えるのが理想」と話す。小谷主任研究員は「臨床宗教師が定着していくには、常勤で働ける体制を整えることが不可欠」と指摘する。

(大橋正也)

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