給食を残す子がほとんどいない保育園

日経DUAL

2016/1/1

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駅を出ると迎えてくれたのは、いつも温かいファミリー、サザエさん一家の銅像。東京・世田谷区の桜新町といえば、サザエさんの生みの親、長谷川町子さんの美術館がある場所として有名だ。駅から徒歩7分くらいのところにあるのが「さくらしんまち保育園」。“給食を残す子どもがほぼいない保育園”として知られる世田谷区の認可保育園を訪ねた。
ランチタイムが近づくとその日の食事が並び、子どもたちは自分で量などを注文しながら進む(写真:岩辺みどり)

おなかがすいてきた子から「順次」ランチルームへ

7年前に建ったばかりのさくらしんまち保育園の新園舎は、明るく広いエントランスで、高い壁もない開放的な雰囲気。入り口では優しくたたずむ木製のピノキオのような人形、この園のマスコット「ピッコロ」さんが出迎えてくれる。

そんな明るい入り口の低い木製の下駄箱の後ろに広がるのは、ランチルーム。緩やかなL字型で奥へと広がり、4~6人くらいが座れるテーブルがたくさん置いてある。

さくらしんまち保育園の給食は、全国から見学者が訪れるほど有名だ。それは、食育への取り組みが有名な給食だから。『偏食解消で大人気。さくらしんまち保育園の給食レシピ』という本も出版されているほどだ。栄養面で工夫がなされ、おいしいのはもちろんのことだが、秘密はどうやらそれだけではなさそう。

「この園の給食は、時間も量もみんな同じように食べるということがありません。全員が同じようにおなかがすいて、同じように好き嫌いがないわけではないですよね?」と小嶋泰輔園長が話すように、給食スタイルがとてもユニークなのだ。

給食はだいたい11時半ごろから1時くらいまでだが、おなかがすいてきた子から「順次」ランチルームへと向かっていく。先生が「ごはんだから片付けなさい!」「ごはんの時間よー」と叫ぶ声は一切聞こえない。かといって、一人ずつばらばら食べているわけではない。その秘密を探ってみた。

食事の時間が近くなるとズラーッと今日の料理がビュッフェ台に用意される。子どもたちはそこから「食事のサイン」を感じ始める(写真:岩辺みどり)

セミビュッフェ形式、好きなものを好きなタイミングで

ランチタイムがスタートする11時半くらいになると、子どもたちは日ごろの習慣からランチの時間だと分かってくる。すると、おなかがすいた子から数人ずつ連れ立ってランチルームにやってくる。椅子が置いてある所定の場所から、誰に指示されるわけでもなく自分の椅子を運び、テーブルの場所を決めて椅子を置くと、食事の列に並ぶ。

食事はセミビュッフェ形式だ。食べ物が並ぶ台にいる先生たちに「ごはんは少なめ」「きゅうりはちょっとにして」「お味噌汁は多めに」と量も中身も自分で要望を出しながらよそってもらう。そして、4~5人が1つのテーブルに集まると、先生が1人ついて、そのグループで「いただきます」となる。昼食時間にあちこちで、この「いただきます」と「ごちそうさま」がそれぞれのグループごとに繰り返されるのだ。

「この園では残す子はほとんどいません。それは、一人ひとりが自分の食べる量を自分で選んでいるからです。自分で選べば、それを子どもたちはきちんと食べようとするんです。給食の本も出させてもらっていますが、嫌いなものを無理に食べる必要はありません(笑)」と小嶋園長は説明する。

ランチルームの入り口のビュッフェ台のすぐ後ろには、明るいキッチン。この食事をどうやって作ってくれているのか自然と目に入る(写真:岩辺みどり)

「でも、偏食ももちろん放置はしません。先生はちゃんと園児一人ひとりが何を苦手にしているのかを把握しています。だから、先生が『きゅうりおいしいけど、1つだけどう? ○○ちゃんもおいしいよね』と一緒に座っているお友達を巻き込みながら、食べようとしない子を誘惑してみます。でも無理強いは絶対しない。子どもは『自分が選んだ』と思っているものを、自分の好きな友達と好きなタイミングで食べるというストレスフリーな楽しい場面でそう言われると、『あ、じゃあ食べてもいいかな』って思ったりするんです。そうして1つ食べれば明日は2つ。でもその次の日はまたゼロでもいい。このストレスフリーな環境というのが、すごく大事なんです」

押し付けられたり、強制されたりしているわけではないから、子どもたちは「食べてみてもいいかも」と思ってしまう。これを「どうして食べられないの。一つでも食べなさい!」と先生から一方的に言われたら、嫌いなものがもっと嫌いになってしまうかもしれない。

ちなみに、このセミビュッフェ形式の食事は3~5歳児クラスでのみ取り入れられているが、0~2歳も全員同時に食べるのではなく、先生たちがタイミングや食事内容(離乳食の進みなど)を見ながら、分かれて食べているという。

幼児たちのランチルームは、4~5人が集まればそのグループごとに「いただきます」をする(写真:岩辺みどり)

■寝る・遊ぶ・食べる、用途別に部屋を変える

取材に訪れた雨の日、外に遊びに出られない子どもたちだが、園内はまるで遊園地のようだった。園の様々な部屋やスペースを活用し、運動できるエリア、工作できるエリア、おままごとのエリアと目的別にエリアが分かれ、子どもたちは自由に好きなタイミングで移動している。時間やクラスで、やることを区切られることなく、0~2歳と3~5歳と階は分かれているが、それぞれが好きな遊びを満喫していた。先生たちは指導せず見守っている様子。時折声をかけたりして、子どもの遊びを発展させる働きかけをしていた。

遊びもそうだが、この園の作りも子どもたちが選択して行動できるようになっている。「遊ぶ部屋」「寝る部屋」「食べる部屋」が分かれているのだ。基本的にクラスは、0~1歳、2歳、3~5歳と緩く分かれている程度。それぞれにその3つの目的に合わせた部屋がある。

「この園では、本人が遊びたい所、食べたいタイミングを選べます。だからこそ用途で部屋を分けました。広さには限りがあるので、スペースの無駄じゃないかと言われたらそうかもしれません。それでも昼寝のタイミングだって違うのだから、その子その子のタイミングに合わせて過ごせることが子どもにとって心地よいことだと思うんです」

エントランスは、白くて低めの下駄箱が空間の仕切り替わり

大抵の保育園では、何時に食べて、何時に寝て起きるのか、時間割は毎日同じで、ほぼ決まっている。しかし、子どもによって朝起きる時間も違えば、登園時間も違う。すると、おなかがすく時間も眠くなる時間も異なるだろうと気づいたのだ。それは、月齢の違いも同様。

「4、5月に生まれれば有利、3月に生まれれば遅い、って言われますよね。保育園に入った途端に学年が分けられ、そんなふうに言われてしまう。生まれた時期で遅い早いなんて自然界では関係ないのに、そんなの保育園の都合じゃないですか。小学校くらいになれば、みんなが同じくらいになってくるんですが、保育園時期の生まれ月の差は大きいのに1つのクラスに詰め込まれてしまう。早生まれはついていけなくて大変だし、4、5月生まれの子は逆に走りたいのにまだヨチヨチの子がいるから危ないと遊びをセーブされてしまう。両方にとってかわいそうです」

目的別にスペースを分けた理由を園長先生はこう語った。だからこそ、眠い子は自分で寝る部屋に移動し、早く目が覚めた子は遊ぶ部屋に行く。主体は子どもなのだ。

乳幼児を並べて座らせて勉強?

たとえ給食をばらばらに食べ始めても、昼食中に走り回っている子や騒いでいる子はいない。目的別にエリアを自由に動ける遊び時間も同様だ。先生たちは目を離さないが、叫ぶことも指示することもなく、あくまで寄り添っているだけに見える。この園では、子どもたちが自然と自分から選んだり、自分で考えたり動いたりできる。

「先生がいることに子どもたちが気づかないくらいが、理想的だと思っています。何でもかんでも先生に指示をされ、先生に解決策を聞いていたら、大人になったときに自分で考えて行動できる力は身に付きませんよね。ここの先生は大きな声を出すこともないし、子どもを無理に引率することもないんです」

子ども達が通ったり見上げたりする場所には、ひらがなで部屋の名前が書いてある。自然と読めるようになってしまうという(写真:岩辺みどり)

最近は、小学校入学前に英語や算数、ひらがなの読み書きなどを習得することに力を入れている保育園もあるが、この園ではまったくしない方針だ。

「子どもたちを並べて座らせて文字や数を一方的に教えることは一切しません。遊びたいと思っているときに、無理やり座らせてやるのは強制でしかない。子どもは自由に遊ぶことが学びなんです。今だからこそ楽しんで学んでいくことを大事にしてあげたい」と話す。

一方で、子どもに高いレベルの演奏や一糸乱れぬマーチをこなす鼓笛隊を行う園もある。しかし「それは大人の満足ではないだろうか。他の方法でも、同じような成功体験や自信を得られる方法はあり、子どもたちが本当に楽しめる方法でそれを提供すべきではないか」と先生たちで話し合ってきたという。

例えば、前述の数字やひらがな。生活の中で数字や言葉に子どもたちが自然に関わって関心を持っていけるように、園内に読みやすいようひらがなで場所などが示してあったり、運動や階段を上ったりする中で数字を使ったり触れたりできるように工夫されている。

「興味を持てば、子どもたちは自然と大人に聞いてくるし、自分でも覚えていくんです」と園長先生。そして、その興味を引き出し、答える仕掛けをしていくのが先生の役目なのだ。

椅子が置いてある場所にも、どこに何個ずつ置けばいいのか子どもにも分かるように書いてある。日々の生活の中で数字や言葉を覚えていく(写真:岩辺みどり)

延長は最長20時15分まで可能

社会福祉法人が運営している私立園だが、認可園のため申し込みは自治体を通して行われる。定員は、0歳9人、1歳15人、2~5歳がそれぞれ19人ずつの合計100人。それに1クラス2~3人の先生がつき、フリーで見ている先生も数人いる手厚い態勢。

基本の預け時間は7時15分から18時15分まで。それ以降は延長となり、最長20時15分までの延長が可能だ(別途有料)。

0~2歳が過ごすフロアは、ベッドの上や低い位置など子どもの目線の先に、目を引く仕掛けがしてある(写真:岩辺みどり)

1年の間には、サツマイモ掘りやりんご狩りなどの遠足や、親子参加のイベントなどもある。入退場の練習ばかりするような運動会はやめ、子どもの日ごろの成長が見られるような工夫をした身体発達発表会やリズムあそび発表会などが保護者参加行事として用意されている。

子ども達の発達、興味、思考を理解し、自発性を大事にする保育が、こういった大型園でもできるということを体現している保育園。「まだまだトライ&エラーなんですが、これからもっと子どもにとっていいことを考えて、やっていきたいですね」とこの先が楽しみになる園長先生の言葉が印象的だった。

岩辺みどり(いわなべ・みどり))
 編集・ライター。出版社で雑誌記者を経てフリーランスに転身。3カ国への留学と20カ国以上へのバックパッカー旅行経験から、国内外の働く女性、子育て、教育事情などを取材。英語とサインを使って赤ちゃんとコミュニケーションをとるBaby Signing Timeインストラクターの資格も持つ。一児の母。

[日経DUAL 2015年10月27日付記事を再構成]