俳優・井上芳雄 「ミュージカル・ブーム」に思うこと日経エンタテインメント!

ミュージカルの舞台を中心に、ストレートプレイ、音楽、ドラマ・映画など様々なジャンルに活動を広げている井上芳雄。書籍『ミュージカル俳優という仕事』を著したのを機に、ブームといわれるなか、俳優の立場から思うことを聞いた。
井上芳雄(いのうえ・よしお) 1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年にミュージカル『エリザベート』でデビュー。ミュージカルを中心に、ストレートプレイ、音楽、ドラマ・映画などで活躍している(写真:松川忍)

井上芳雄が俳優としてミュージカルの世界に入ったのは2000年。東京藝術大学音楽学部声楽科に在学中に『エリザベート』のオーディションで皇太子役に抜てきされ、20歳でデビュー。その後、『モーツァルト!』『ミー&マイガール』など数々の話題作で主役を務め、今では最も知名度が高いミュージカル俳優の1人だ。

学生からいきなりプロの道に入り、ほどなく主役を務めるようになるという輝かしい経歴と、高く伸びる美声、端正な顔立ち、すらりとした長身のスタイルから、デビュー以来、ミュージカル界のプリンスと呼ばれ、劇場の楽屋口で出待ちするファンの列は“プリンスロード”と称されている。

ミュージカル俳優を目指したきっかけは、地元の福岡で小学4年生のときに見た劇団四季の『キャッツ』です。すごく感動して「『キャッツ』をやる人になろう」と決めました。それで中学のときからダンスや歌のレッスンを重ねて、藝大の在学中に夢がかない、デビューできました。当時は学生からすぐプロになるというのはとても珍しく、それからずっとミュージカルをやり続け、主役をやらせてもらえるようになりました。

デビューしたころは、主役級はテレビや映画で活躍していて知名度や人気がある人じゃないと務められないと思ってました。僕のような、ミュージカルを中心にやってきた俳優が主役をはれるようになったのは、ここ数年のことです。

StarSという音楽ユニットを一緒に組んでいる浦井健治くんや山崎育三郎くんも、同じくミュージカル育ちの俳優で、「芳雄さんがデビューしてくれたので道が開けた」と言ってくれている後輩です。そういう点で、ミュージカル俳優の新しい形を自分が切り開いてきたという自負はあります。

非日常の体験を求めて

日本のミュージカルの歴史はまだ浅いが、映画『アナと雪の女王』や『レ・ミゼラブル』の大ヒットなどで近年は注目度が高まっている。2015年は劇団四季の新作ディズニー・ミュージカル『アラジン』が記録的なチケットの売れ行きとなり、マンガやアニメを舞台化する2.5次元ミュージカルのジャンルも人気を集めた。井上が主役級となる黄泉の帝王トート役でデビュー作に戻って来たことが話題になった『エリザベート』も、帝国劇場での3カ月公演の間、チケットが入手困難な状況が続いた。

ミュージカル・ブームといわれるこうした状況は、ミュージカルをやり続けてきた俳優の立場からすると、どう見えているのか。

ブームと言っても、実はお客さんがあまり入っていない公演もたくさんあって、一部の作品に人気が集中している感じがします。

では、どういうものが受けているのかと言えば、ディズニーランドのような要素を持っているものが強いという実感ですね。つまり、ブランドに安心感があって、徹底的にお客さんを楽しませようとする。安っぽくなくて、世界観をつくるのが上手で、そこに行けば別の世界が待っています。

要は、お客さんは日常を離れて非日常の世界に行って、そこで安心して良質な体験をしたい。そういう気持ちを満足させてくれる作品が受けているように思います。『エリザベート』にしても再演を重ねてきた安心感があり、19世紀後半のヨーロッパを舞台に豪華な衣裳や舞台美術も楽しめるぜいたくなつくりの大河ドラマです。

だから、ミュージカルの歴史を塗り変えるような新作が次々と出てきているという状況とは、少し違う気がします。ブロードウェイを見ても、『キャッツ』『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』『レント』といった斬新な作品が次々と生まれたのは1980年代から90年代で、最近は有名な映画をミュージカル化するといった新作が話題になることが多いですね。

どれだけ素敵に嘘をつくか

日本でも、ロングランや再演を重ねている作品が強いのですが、それはミュージカルに興味を持つ人が増えて、初心者でも安心して見に行けるものが求められていることを表す現象のように思います。

そして、観客と同じように、演じる側も裾野が広がってきたのを実感します。以前は主役級でも歌えない、踊れない、演技ができないという人がいたように思いますが、今はそんなこともなくなってきました。人気の作品が再演を重ねたり、いろんな新作が上演されるなかで、俳優が育って、技術も上がってきています。

だからブームと言うよりは、日本のミュージカルが成熟してきたということのように思います。

そういう今だから、ミュージカルの魅力をもっと知ってほしいし、いろんな作品に興味を持って、劇場に足を運んでほしいですね。

ジャンルを超えて引っぱりだこの井上芳雄。最新作は、1960年代にNHKで人気を博した人形劇を舞台化する『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』(12月15~28日 Bunkamuraシアターコクーンほか)が上演中

僕が音楽や映像に活動を広げているのも、ひとつは僕や仲間を知ってもらうことが、ミュージカルに興味を持ったり、好きになるきっかけになれば、と考えたからです。今回書いた『ミュージカル俳優という仕事』もそうですが、ミュージカルを盛り上げたいですね。

井上とこれまでのミュージカル俳優の違いということでは、デビューのいきさつもそうだが、俳優になってからのキャリアも独自の道を歩んでいる。ミュージカルを中心にしながら、ストレートプレイにも挑戦し、井上ひさしの遺作となった『組曲虐殺』では主役の小林多喜二を演じている。また、StarSやソロ・コンサートなどの音楽活動に加え、近年はテレビ・映画といった映像にも活動の場を広げている。

活動の幅を広げる理由はもうひとつあって、自分の演技のレパートリーを増やしたいからです。 

ミュージカルは基本的に歌と踊りでできていて、セリフをしゃべっていたと思うと、いつの間にか歌い出していて、世界が飛躍する。その瞬間、日常から離れた別の世界へ行くことができます。そこがミュージカルの大きな魅力です。

もちろん舞台で起こることは嘘で、特にミュージカルは、こんなことがあったらいいなという理想の世界を描くことが多い。でも、日常にも嘘がないとは言えず、どこに真実があるかは分かりません。ミュージカル俳優は、嘘を演じながら真実を伝える仕事です。

だから、どれだけ嘘を素敵につけるかが大事。それには演技の引き出しを増やさないといけない。ストレートプレイや映像を含めて演技の経験を重ねながら、引き出しを増やしている最中なのです。

[日経エンタテインメント! 2016年1月号の記事を再構成]

(参考)書籍『ミュージカル俳優という仕事』は、井上芳雄が仕事への熱い思いや俳優として生きていく覚悟を語った、初めての“お仕事本”だ。ミュージカル俳優という仕事の独自性やメンタリティー、演出家や俳優仲間との交流、プライベートについての考え、ファンとの関係、将来への夢などを語っている。

ミュージカル俳優という仕事 初回限定特典「写真A」付き

著者:井上芳雄
出版:日経BP社
価格:1,728円(税込み)

エンタメ!連載記事一覧
注目記事
エンタメ!連載記事一覧