遺言だけでは… Sさんが事業承継に失敗した理由弁護士 遠藤英嗣

遺言書を書いても、自分の希望したとおりに遺族に遺産分割されるわけではないという例を今回も挙げましょう。Sさん(74)は1980年、それまで個人で営んでいた事業を法人化して代表者に就任、35年が経過しました。後継者候補はほぼ決まっています。経営能力がある長女Cさんの夫Tさんです。相続人は妻Aさん、長男Bさん、それにCさんです。

会社の経営は娘婿に

Sさんは会社の全株式の75%に当たる1500株を保有しています。他は、妻Aさんが200株、後は、Bさん、Cさん、Tさんが100株ずつです。Sさんは、当初、長男Bさんを後継者にしたいと考えて役員に就任させました。しかし、経営能力に欠け、社員の人望が薄れていくのを感じていました。そこで、社員の人望も厚い娘婿のTさんに会社を託すことにしたのです。

Sさんの遺言による相続対策はこうです。会社に貸与している土地の所有権をAさんとBさんに相続させ、株式は1200株をTさんに遺贈、残り300株を長女Cさんに相続させるというものです。家族はSさんが遺言を作成したことは知っていましたが、内容までは知りませんでした。

そんな矢先、Sさんが脳梗塞で倒れました。高度の脳障害が残り、失語、失認などの症状が出たのです。このため、家族は、成年後見の申し立てをし、成年後見人としてG弁護士が選任されました。

動いた長男

ここで動いたのが長男Bさんです。母親Aさんの協力を得て、「会社の後継者は長男B」として、G弁護士にSさんの株式の譲渡を申し出たのです。しかし、1500株を買い取るだけの資金はなかったため、妻Aさんから借り入れをし、交渉に当たりました。

後見人であるG弁護士は、Sさんの議決権の代理行使をすることに対するためらいもあり、「Sさんは株式を売却する意向である」との事情説明書を家庭裁判所に提出。家裁からは何ら指示等もなかったことから、株式の売り渡しを実行しました。金額は税理士の判断を仰いで決定したので、売買代金については問題視されることはありませんでした。

こうして、BさんはSさんの会社の代表者に就任したのです。

Sさんは他の病気も併発し、1年後に死亡しました。遺言書が開示されると、Cさん夫婦のみならず、会社の誰もがあぜんとしました。その後間もなくして、Cさん夫婦が会社から去り、経営能力や人望に問題があったBさんの会社の業績は急激に低下したのです。

後見人は遺言を破る

Sさんは事業承継に失敗しました。原因はどこにあったのでしょうか。いくつか挙げることができそうです。

最大の理由は、承継の時期を見誤ったことです。74歳という年齢を考えた場合、後継者に支配権等を譲る時期が来ていたのだと思います。そして、承継の方法は、家族信託が良かったのだと思います。

2番目の理由は、成年後見制度が事業承継に及ぼす影響を考えずに、自分の意思を残す手段として遺言だけに頼ったことです。

前回も事例を紹介しましたが、後見制度は遺言を破ります。今回紹介した事例は、事業承継を考えている会社のオーナー等の人には衝撃的なものかもしれません。

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