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台所はときめきの場所 阿川佐和子さん 食の履歴書

2015/12/4

 小さいころから台所にはやりたいことがたくさん詰まっていた。小学校に上がるころ、ぬか床をかきまぜるのが仕事だった。いつも怖くて、めったに子どもをほめない父・阿川弘之に「ぬか床をいとわないのは筋がいい」といわれて、子ども心にもうれしかった。

(あがわ・さわこ)エッセイスト、タレント。1953年東京都生まれ。父は小説家の阿川弘之。慶応義塾大学卒業。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、小説家、エッセイストとして活躍。『ああ言えばこう食う』(檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』で坪田譲治文学賞を受賞。そのほかに『娘の味 残るは食欲』などがある。   【最後の晩餐】父は亡くなる前日まで病室で「次はステーキが食べたい」と笑っていました。これは理想的。まずくて体にいい物を食べて死にたくないな。おいしいオックステールスープがいいかな。あ、でもやっぱりごはんと漬物も欲しいかも。一人で外食をするのは嫌いだ =写真 塩田信義

■おやつに卵料理

 家にはおやつという習慣がなく3時にお菓子が出てくることはなかった。学校から帰ってくると自分でストーブを使って調理をした。買ってもらった専用の小さな鍋。目玉焼きやゆで卵を作った。溶いた卵に砂糖とおしょうゆをたらした半熟のいりたまごを作り、冷やごはんとさいの目に切ったきゅうり、紅ショウガを散らして一気にかき込む。「冷たいごはんと温かい卵が何とも言えず絶妙。料理というより遊んでいるようなものだった」

 母と二人で、父の酒のさかなを用意するのが日課だったのは中学生のころ。メニューなんて決まってないので、毎晩父が飲むお酒に合わせて冷蔵庫の有り物で調理していく。家族そろって「いただきます」なんて言ったことはない。「食事の最中も私と母が交互に食卓と台所を行ったり来たりバタバタでしたね」

 「でも、お楽しみもありました」。焼きたてのお肉の最初の1切れをぱくっとつまんだり、フライパンに残った肉汁にごはんを入れて焼き飯を作ったり、兄弟にみつかって「ずるーい」なんて言われると、取り分が少なくなって悲しかった。

■一念発起、織物作家目指す

 料理と並んで大好きだったのが毛糸いじり。編み物が大好きで弟や友達にマフラーや手袋を作ってプレゼントした。大学生のとき、近所の友達の母が屋根裏にある織機を見せてくれた。結婚して子どもを育てながら織物を作る。これこそ理想の生活と、一念発起して織物作家の道を目指した。

 20代半ばまで、家庭教師やビラ配り、スポーツ用品店のアルバイトをしながら教室に通った。織物作家の内弟子になったが、月収は3万円。バスに乗るのを我慢して歩いたり、お昼ごはんのパンを3個にするか2個にするか悩んだりするような毎日だった。

 お見合いもうまくいかず、織物作家で身を立てていくのも大変だと思っていたある日、テレビのリポーターの仕事に誘われた。「やった、材料費が稼げる」なんて軽い気持ちで始めたものの、レギュラー番組が決まり、いつの間にかテレビの世界に入り込んでいた。

■1人で外食、今でも苦手

 深夜番組だったので生活は不規則。夕方出かけていって、深夜2時や3時に帰宅する。仕事の合間でどうしてもおなかがすいてしまう。我慢できずに新橋のガード下のラーメン屋さんに一人で入ってみたものの居心地が悪い。注文もしどろもどろ。「チャーシューメンと頼むつもりでショーチューメンと言ってしまった」。その後、自分のキャリアを見直すため単身渡米。でも、やっぱり一人で外食は嫌い。部屋の窓から外をのぞき、インド料理のテークアウトの看板を発見し「これだ!」。今でも一人で外食するのは苦手だ。

 ワシントンは移民が多い。そのおかげだろう、タイ料理、韓国料理、キューバ料理にエチオピア料理と色々な料理が楽しめた。現地で知り合ったアメリカ人夫婦も旦那様が料理上手。「よく自宅に招待してくれ、開拓時代のシチューや豆料理、グラスマティーニを振る舞ってくれた」。ある日「今日は夫はいないけど、晩ごはん好きな物を食べて」と奥様がキッチンの戸棚を開け、びっしり並んだ缶詰を指さしたときには「ぎょっとしたけれど」。

 帰国して、味噌汁のおいしさに目覚めた。昆布とカツオでとっただしをいただいて「当たり前だけれど、本気で作るとこんなにおいしくなるんだと感動した」。特にどこ産の何々昆布なんてより好みはしない。

 最近はグルメサイトで検索して「○○の○○が食べたい」「ここのお店はチェック済み」なんて人も多いようだが「おいしいものはおいしく食べるのが一番」が信条だ。

■父親との交流、増える

 物を書く仕事を始めるようになって良かったことの一つは父との交流が増えたことだ。「それまでは父と話すのが怖くて母を介してしかほとんど口をきかなかった」。中身については面白いとも面白くないとも言われなかったが、ひたすら日本語を指導された。日本語に厳しい小説家と言われていた父は、語尾に神経が行き届くように、はやりの形容詞は使わないようにと、指導は最近まで続いていた。

 一人暮らしの今も、つい家族と暮らしていた癖で多めに食材を買いすぎる。ごはんも2合から2合半炊いてしまう。「土鍋が一番と思っていたが、数年前、友人らのすすめで釜炊き炊飯器を買ったら、まあ優秀。思えば初めて覚えた台所仕事はお米とぎ。濁っていた水がどんどん澄んでいくのが面白くて夢中になってといでいた」。当時の癖で、今でもお米をとぎすぎて友人からは注意される。

(松原礼奈)

■羊のしゃぶしゃぶ、ワイワイと

中華料理店「東順永」の水ギョーザと羊のしゃぶしゃぶ

 東京・新宿にある「東順永」(電話03・3353・3532)は中国東北地方出身の明るい店主が切り盛りする家庭的な中華料理店。30席ほどの店内は近所のサラリーマンに外国人がまじり国際色豊かなお客でごった返す。厨房からは中華鍋で油がはねる音や、飛び交う中国語が聞こえてきて活気にあふれている。

 お気に入りは羊のしゃぶしゃぶ(注文は税別2人前5300円から)。メニュー表にない特別メニューで2日前までに予約が必要だ。鍋には香辛料のたっぷり入った辛いスープと、豆乳ベースのスープの2種類。豆腐を発酵させて作る腐乳やニラの花、ゴマ味噌を混ぜ合わせて、にんにくと一緒に自分好みのつけだれを作るのが中国流。水ギョーザ(同6個480円)は下味がしっかりついていて、そのまま食べてもおいしい。仲間とワイワイ楽しみたいお店だ。

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