接触事故の女子高生、「大丈夫」のはずが…

裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

乗用車を運転していた会社員の男性が、自転車と接触事故を起こしてしまった。倒れた女子高校生は大丈夫とうなずいて立ち去ったが、実際は軽傷を負っていた。警察の呼び出しを受け、ひき逃げ扱いされて4年間の免許取り消し処分に。男性は「ケガをしていたと認識していなかったのに重すぎる」と、処分の撤回を求めて裁判を起こした。

東京郊外の初夏の夕暮れ。薄暮の中を行き交う車がヘッドライトを点灯し始めていた。ミニバン型の乗用車のハンドルを握っていた40歳代の会社員の男性は、コンビニエンスストアの駐車場から交通量の多い幹線道路に出るタイミングをつかめずにいた。別の出口から出ようと諦めて車をバックさせたとき、ドンと鈍い衝撃があった。

男性は慌てて車を停止させ、運転席から下りた。車の後ろに回ると、倒れた自転車と、片手をついて起き上がろうとしている女子高生の姿が目に入った。

「大丈夫ですか。頭を打っていないですか」。男性が問いかけると、女子高生は照れ笑いを浮かべてうなずき、立ち上がると制服のスカートを手で払った。男性は倒れた自転車を引き起こしながらもう一度、「大丈夫ですか」と声をかけた。女子高生ははにかんだ表情のまま、自転車に乗って立ち去った。

その後ろ姿を見届け、男性は運転席に戻って駐車場を去った。その間、わずか数分のできごとだった。

2週間後に警察官、ひき逃げ犯と同じ「免許取り消し4年間」に

約2週間後、男性の自宅に警察官が現れ、署への出頭を要請した。女子高生は事故で1週間程度の軽い傷を負い、帰宅後、家族に伴われて交番に被害を届け出ていた。コンビニの防犯カメラ映像と買い物で使った電子マネーから男性が浮上し、自動車運転過失傷害の疑いを持たれていた。

男性は警察署で取り調べに応じ、「処罰から逃れたくて届け出なかった」とする調書を作成。検察には不起訴とされたが、「免許を4年間取り消す」という処分通知が届いた。

事故での救護義務違反が35点、安全運転義務違反が4点。別の軽微な違反を加えると累積点数は43点に達し、免許取り消しの15点を大きく上回っていた。「ひき逃げ犯と同じ処分は余りに過酷。ケガが軽くて被害者が診察を拒絶した場合は救護義務違反に当たらないとした判例もある」。男性は都公安委員会に異議を申し立てたが退けられ、都を相手に処分の撤回を求めて提訴した。

救護義務違反が成立するには、相手が事故でケガをしたか、ケガをした可能性があると認識している必要がある。裁判で男性側は「高校生になれば自分の状況は正確に伝えられる。このときもケガは無いと意思表示していた」と訴えた。

もし救護義務違反に当たるとしても、「危険性が低い場合は取り消し期間を1年縮める」とする道交法の規定に基づき、免許取り消しの期間は3年とすべきだと主張。「免許取り消しまでは求めない」とする女子高生の母親の嘆願書も提出した。

対する都側は「経験未熟な高校生なら気が動転して現場を立ち去るのも無理はなく、負傷の可能性を考えるのが自然なのに、確認せずに『ケガは無い』と自分に都合良く解釈しただけ」と反論。取り消し期間は4年がふさわしいと譲らなかった。

地裁は判決で「少なくとも女子高生がケガした可能性があるとは認識していた」として救護義務違反を認めた。しかし「重大事故になる危険性は低かったし、女子高生側の被害感情も小さい」として、免許取り消しの期間は3年が妥当だとした。

双方が予期しなかった控訴審の判断

男性は判決を受け入れたが、都側は不服として控訴した。高裁での審理を経て示された判断は双方にとって驚くべきものだった。「そもそも救護義務違反はなかった」――。

東京高裁は男性が事故後に車から下りて「大丈夫ですか」と声をかけ、女子高生が笑顔でうなずいて正常に自転車をこいで立ち去った点を重視。「男性は救護に当たろうとしたし、ケガは救護を必要としない程度だと信じたことには相当な理由があった」と指摘した。「救護義務違反はなく、累積点数は8点にすぎないので、そもそも免許取り消しに該当しない」

しかし、民事訴訟法は控訴しなかった側が有利になる判決の変更を禁じている。「地裁の判断には違法があるが変更できず、控訴棄却にとどめるほかはない」。高裁の判決文には裁判官の無念さがにじんでいた。

免許取り消し処分から一審判決までに2年。高裁判決が確定するまでにさらに7カ月。3年に縮んだ取り消し期間は残り数カ月になっていた。その間に男性は運転免許が必要な営業部を外されて内勤に移り、年収は100万円ほど下がっていた。今更「免許取り消しに該当しなかった」と言われても、過ぎた時間は戻ってこなかった。

(社会部 山田薫)

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