消えた相続財産 後見制度の無知が招いた悲劇弁護士 遠藤英嗣

遺言書を作成する人が増えています。自分が亡くなった後に、残された家族の間でもめ事が起きることがないように、また、自分の財産を大切に使ってもらえるようにというのが、遺言を作成する人の主な動機でしょう。

では、遺言を作成するとき、将来、自分が認知症になったら――と考える人はどのぐらいいるでしょう。おそらく、少数派ではないかと思います。意識したとしても、「もし自分が認知症になったら、成年後見制度によって後見人が自分や財産を守ってくれるに違いない」と考えるのではないでしょうか。でも、果たしてそうなのでしょうか。

家族に内緒の遺言

遺言を作成するなら成年後見制度を理解したい

Sさんは76歳のとき、家族には言わずに遺言を作成し、茶封筒に入れて封をして銀行の貸金庫に保管しました。Sさんの遺言書の内容はこうです。100坪の自宅敷地建物(2億3000万円相当)は長男Aさんに相続させ、その代わりに、自宅の建て替え費用である5000万円の負債を長男が割賦返済すること。駅近くの利便性の高い賃貸用マンション(1億円相当)は長女Bさんに相続させること。預貯金3000万円はローンを除いた債務の支払や葬儀費用などに充てて、残った場合は2人で折半すること。Sさんはこうしたためたのです。

それからしばらくして、Sさんはかなり進行したレビー小体型認知症と診断されました。レビー小体型とは、アルツハイマー型などに次いで多い認知症で、早期発見が比較的難しいとされているそうです。

Sさんは任意後見契約は結んでいませんでした。家族はSさんに入居一時金1800万円の介護付き有料老人ホームを手配するとともに、長男Aさんが成年後見人候補者として、後見の申し立てをしました。しかし、近年増えているように、家庭裁判所は親族後見人を認めず、G弁護士を成年後見人として選任しました。

G弁護士はさっそく、後見事務を開始しました。後見人の最初の仕事の一つは、まず、本人(被後見人=Sさん)の資産状況を把握することです。G弁護士は最初の財産調査で、貸金庫を開扉し茶封筒を認めました。しかし、単なる私信と判断し、本人からもまた家族からも資産承継に関する事情聴取をせずに「後見計画」を立てたのです。

後見計画とは本人(被後見人)の資産(不動産、預貯金、現金、株式等)、収入(給料、年金等)、それに負債としてどのようなものがあるかなどを調査し、年間の支出予定も立てた上で、財産目録とともに家庭裁判所に提出するものです。

G弁護士が立てた後見計画は、換価性の高いマンションを売却して、利息が比較的高い借入金を返済し、売却代金の残りと持ち金で老人ホームの費用等を支払うというものでした。この計画は家庭裁判所に提出され、何ら指摘を受けませんでした。

かなわなかったSさんの思い

成年後見人は自宅不動産を除き、本人の不動産等の処分を任意の判断でできることになっています。G弁護士の場合も、後見計画に基づき家族に説明せず、駅前のマンションを1億円で任意売却し、本人名義の借入金5000万円を返済しました。譲渡所得税が引かれ、手元に残った現金は、総額4000万円ほどでした。

この4000万円の現金は、その6年後にSさんが死亡したときには、葬儀代をわずかに残すだけに減っていました。G弁護士の後見事務報告書には、Sさんの毎月の施設利用費や医療費等の支払いのほか、月額5万円の後見人報酬、それにG弁護士の交通費と日当、加えて不動産売却手数料や事務処理手数料など、比較的高額な弁護士費用が計上されていました。そして、これがSさんの預貯金等から支払われました。

Sさんが亡くなり、遺言書が開封されました。驚いたのは長女Bさんです。自分に残されるはずだった財産がすべてなくなっていたのです。Bさんは直ちに裁判所に苦情の申し立てをしましたが、裁判所は「マンションの売却は後見人の判断で行ったものであり、裁判所が申し上げることはない。後見人報酬のほか、日当や各種の手数料については弁護士個人の問題である」として、納得のいく返事は得られませんでした。

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