女性活躍とは「女を男にして働かせること」ではない
日本をはじめ各国の女性活躍推進の取り組みについて詳しい日本女子大学人間社会学部教授の大沢真知子さんは、「資生堂ショックは、日本が時代の転換点を迎えていることを示す重要な変化」と指摘する。女性が仕事と家庭を両立させて活躍する社会の実現のためには、家庭での男性の家事・育児の分担、長時間労働の是正、さらには働くお母さんを支える社会のインフラ作りが欠かせないという。
仕事における「女性活躍推進」だけではまったく不十分
「資生堂ショック」と言われる資生堂の働き方改革は、一見女性に厳しい改革のように見える。しかし、会社が両立環境に関する聞き取りを行い、協力者が身近にどうしてもいない場合はベビーシッター代の補助を提案するなど環境を整えたうえで、来店客の多い夕方や夜、土日の勤務を入れている。それによって、育児中の社員にもキャリアアップにつながる仕事経験を積ませることができるようになった。NHKの番組で取り上げた家族のケースでは、遅番のときは夫が保育園のお迎えをすることで、それが可能になっている。また、妻は「時短勤務者だからやる気がないと思われたくない。これからはさらに上を目指して責任ある地位について活躍したい」と答えている。
今まで日本では、働くお母さんの増加という問題に、女性が仕事と育児の二重労働を担い、男性は主に仕事をするということで対応してきた。その結果、女性が子どもを養育しながら男性と同じように活躍することは難しく、子どもを育てながら女性ができる仕事も限られてきたのである。
今回の資生堂の方針転換は、いま述べたような現状に対して、時短勤務者にもフルタイム勤務者と同様の成果を求める代わりに、活躍の機会を与えるというものである。背後には働く女性が増えたことに加えて、女性の勤続年数が長くなり、一般職の女性のなかにも中核人材として期待される女性社員が増加したこと。さらには企業内の両立支援策が充実され、育児中の女性の時短勤務が広がったことがある。その結果、出産後も継続して働く女性が増えている。
また、企業においては競争が激化し、女性社員を一時期にせよ「戦力外」として扱う余裕がなくなってきていることもある。資生堂のように育児中の社員も戦力とするよう、会社側も時短勤務者側も意識を変えていこうとする会社もある一方で、戦力外として暗に退職を迫る会社も増えている。いわゆるマタハラ(マタニティハラスメント)と呼ばれる違法行為である。
なぜ女性は出産すると戦力外とみなされてしまうのか。それは先に述べたように、日本がいまだに「男性は仕事、女性は家庭」という性別役割分業が前提とされた社会のままだからである。
安倍政権が推進する「女性が活躍する社会」を実現するためには、仕事の領域において女性の活躍を推進するだけではなく、男性が家庭において働く妻を支え家事や育児を分担することが求められる。後者の変革も同時に進める必要があるのである。加えて保育園の整備など、社会が子育て環境を整備することも必要だ。
保育園のお迎えのために夕方に退社できる早番勤務を選んでいる社員が、昼から閉店までの遅番勤務や土日勤務に入るためには、誰かが代わりに保育園のお迎えに行かなくてはならない。祖父母やベビーシッターに依頼する人もいるだろうが、夫が定時に上がってお迎えに行き、夕食準備などの家事育児を行う必要に迫られるケースも増えるだろう。「資生堂ショック」は、妻の活躍には夫の協力が不可欠であり、女性が活躍するためには男性も働き方を変えなければならない、という厳しい事実を突き付けたものなのだ。
「長時間労働」と「性別役割分業」が、女性活躍を妨げる根本原因
男性も好きこのんで残業をしているわけではない。男性も週の何日かは残業をせずに定時に退社できれば保育園のお迎えに間に合うし、家族そろって夕食を囲むことも可能だ。繰り返しになるが、女性活躍を妨げている根本的な原因は、家庭での夫と妻の分担が不平等なことにあるのである。さらには、その前提のもとに長時間労働がある。確かに正社員の仕事の負担は増加しているが、同時に、長時間労働が評価される仕組みがあり、背後には「長時間労働をしなければ活躍できない」という思いこみがあるのではないだろうか。
私は、政府が「女性が輝く日本」などと女性活躍推進の旗を掲げたものの、今一つ大きな広がりを見せないままトーンダウンしている原因が、この家庭での負担の不平等に政府が踏み込んでいないことにあるのではないかと見ている。女性活躍推進法は成立したが、男女両方がキャリアを手にする時、誰が家事育児を担当するのか、長時間労働の問題をどうするのか、といった議論は広がらず、女性たちが活躍できる明るい展望は一向に見えてこない。さらに、都会では、保育所不足も切実だ。
このように、両立環境も不十分で、かつ家事や育児は女性の仕事であり、職場では「長時間労働をしなければ活躍できない」といった価値観が存在している。ここにメスを入れないで、人材不足を補うべく「女性を男並みに働かせよう」とするのは無理がある。女性活躍とは「男は仕事、女は家庭」という価値観のなかでできた仕組みの中で、女を男にして働かせることではない。それはむしろ少子化をさらに進める結果を招くことだろう。
女性が活躍し、出生率の回復に成功した国では、どこも家庭における夫婦の不平等の是正に成功している。
日本も、長時間労働の問題や家庭における男女の不平等の問題に手をつけないままでは、女性が安心して子どもを産み、活躍する社会は実現できないだろう。「資生堂ショック」は、女性社員のみに両立支援をしても女性が活躍する社会は実現できないことを明らかにした事例なのである。誰もが活躍できる社会を実現するためには、家庭における男女の不平等の問題や「長時間労働」の是正が不可欠なのである。それをどのようにして実現させていくのか。いま日本の女性労働問題は新たなステージに入り、日本社会は大きな時代に転換点に立っている。「資生堂ショック」は、一社だけでは対応できない、社会全体で解決していかなくてはならない問題を提起しているのである。
日本女子大学教授。南イリノイ大学経済学部博士課程修了。Ph.D(経済学)。シカゴ大学ヒューレット・フェロー、ミシガン大学助教授、亜細亜大学助教授を経て現職。著書に『女性はなぜ活躍できないのか』(東洋経済新報社)などがある。
(構成 井上佐保子)
[nikkei WOMAN Online 2015年11月13日付記事を再構成]
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