清水寺は「せいすいじ」? お寺の読み方、音訓混在の謎

今年の紅葉も終盤を迎えた。赤や黄色に色づく木々を見に寺社を訪れる人も多いだろう。ところで各地のお寺の読み方だが、京都の金閣寺、奈良の興福寺、東京の増上寺などのように一般には音読みだ。外国人でにぎわう浅草寺も「せんそうじ」だ。ところが舞台で有名な清水寺は「きよみずでら」。他にも京都の「鞍馬寺(くらまでら)」など著名な訓読みの寺もある。音読み、訓読みが混在するのはなぜか、探ってみた。
多くの参拝者でにぎわう浅草寺は「せんそうじ」だ(東京都台東区)

浅草寺のある浅草という地名が初めて登場するのは鎌倉時代の書物、吾妻鏡で1181年と相当古い。ただ、この地名がなんと呼ばれていたかはわかっていない。江戸時代になると草深い武蔵野に対して浅草のあたりは草が浅かったことから「あさくさ」と呼ばれ、地名として定着していたようだ。

一方、浅草寺自体は628年創建とこれも古いが、寺によれば当時は違う名前だったのではないかという。浅草寺は何度も火災にあったこともあり、いつ「せんそうじ」と呼ばれるようになったか、また過去に「あさくさでら」と呼ばれたことがあったかどうかも資料などにはないと同寺は語る。

寺の読み方が地名と異なることも

ただ、地名と寺の名前が一致しないことは珍しくない。たとえば京浜急行の青物横丁駅近くに平安時代からあるという古寺、「品川寺」がある。寺のある一帯は鎌倉時代から「品河氏」と呼ぶ武士が支配しており、訓読みである現在の品川(しながわ)の地名もここに由来するとされる。だが品川寺の呼び方は音読みの「ほんせんじ」だ。

寺の名前が音読みとなるのは、仏教と漢字が中国伝来であることと関係が深いようだ。誰でも知っているように漢字には音読みと訓読みがある。広島大学の佐々木勇教授(日本語史学)によると、金印などの遺物から漢字は1世紀に中国から日本に伝わったことが知られている。日本語の中に漢語として組みこまれたのは4世紀ごろからだと推測されている。読み方についても今の音読みの中心となる「呉音(ごおん)」や「漢音(かんおん)」が8世紀までに伝わり、その後も数種類が伝わった。一方、音読みの漢字に日本古来の和語ややまとことばをあてたものが訓読みだ。出土した木簡からおそくとも7世紀には訓読みが成立していたことがわかるという。

仏教は6世紀に中国から伝わったとされる。仏教経典も「呉音」や「漢音」で読まれており、そこから考えれば寺の読み方も中国の読み方である音読みになるのが自然で、浅草寺も品川寺も日本人が考え出した訓読みを当てはめた地名とは読みが別になっても違和感はなかったのだろう。ちなみに神社は「靖国(やすくに)神社」「厳島(いつくしま)神社」「熱田(あつた)神宮」など、寺とは対照的に訓読みのところが目立つ。これは仏教と神道の成り立ちの違いが関係している可能性がありそうだ。

それではなぜ訓読みの寺があるのだろうか。清水寺の坂井輝久学芸員に尋ねると、当初寺が建った9世紀初めごろは「北観音寺(きたかんのんじ)」という名前がついていたという。創建にかかわった2僧侶が出会った「音羽の滝」に流れる水の清らかさが有名となり、いつしか寺自身が「きよみずでら」と訓読みで呼ばれるようになったとされている。さらに寺のある一帯も地名として「きよみずさん」と訓読みが定着していった。

牛若丸伝説で名高い鞍馬寺も「くらま」と訓読みだ。寺によれば(1)暗い場所、闇を意味する「暗部(くらぶ)」が転じた(2)白い鞍を背負った馬という2説が存在し、室町時代の狂言「連歌毘沙門(れんがびしゃもん)」にも暗いにくらまをかけた「くらまぎれ」との表現もあったといい、江戸時代に入るとほとんど「くらま」と呼ばれていたと同寺の曽根祥子学芸員は話す。京都の西山にある紅葉で有名な「善峯寺」は平安時代中期の後一条天皇から「良峯」の名前を賜り、後に今の名前に変わった。掃部光淳副住職によれば室町時代までにつくられたとされる、天皇が同寺で詠んだ歌にも「よしみね」の文字があり、創建当時から訓読みだったと考えられると説明している。

時代によって呼ばれ方が変わった?

こうしてみると訓読みの寺はある程度そう呼ばれる由来がはっきりしているところが多いといえそうだ。

「せいすいじ」と音読みでルビがふられた室町時代の謡本もある清水寺(京都市東山区)

ただ面白いことに、訓読みの寺も現代に至るまでの間、音読みで呼ばれることもあった形跡が存在する。上記の清水寺は室町時代に書かれたとされる謡曲「湯谷(ゆや)」の謡本の中では「せいすいじ」と音読みでルビが振られている。また鞍馬寺の沿革が書かれた室町時代の歴史書「鞍馬蓋寺縁起(あんばがいじえんぎ)」の中では「あんば」とこれまた音読みのルビが振ってあるという。

音読みの寺も訓読みで呼ばれることもある。上記の品川寺はこの地を支配した「品河氏」にちなんで、周辺地域では「しながわでら」と呼ばれることもあるそうだ。また浅草寺の本尊である観音は「あさくさかんのん」と訓読みであることから、落語などでは「せんそうじにお参りに行く」よりも「あさくさの観音様にお参りに行く」という言葉の方をよく聞くのではないだろうか。

寺の名前は音読みが基本だ。だが、寺によってはそこに参詣する人々がどう呼ぶかで地名に引っ張られたり、和名である訓読みに変わってきたりすることもあるようだ。寺の呼び名がなぜそう呼ばれるかについては当のお寺自身も「取材されるまで気にしたことがなかった。考えるよい機会となった」(鞍馬寺)というほどで、意外な盲点のようだ。近くにある寺がなぜ音読み、あるいは訓読みなのか、今度訪れたときに聞いてみてはどうだろうか。

(木村ゆかり)