モード界に「ノー・ジェンダー」の波 性差越える作風
「モード界でこれほど性差が近づいた時代はない」(ヴォーグ・ジャパン)。ロンドン、ミラノ、パリ、ニューヨークで今夏開催されたメンズ・コレクション。有力ブランドのショーを席巻したのは「ノー・ジェンダー」の作品群だった。
「グッチ」は花柄の刺しゅうが付いた赤い上着や透けたレースのシャツ、派手なチョウがデザインされたニットなどを発表。女らしい服を身に着けた男性モデルがステージを闊歩(かっぽ)した。「サンローラン」も花柄のカーディガンやパステルカラーのブルゾンなど女性的な作品をメンズのショーで披露。「セオリー」は男女のモデルにあえて同じデザインの服を着せて、性差にこだわらない作風をアピールしてみせた。
男らしさ、女らしさとは何なのか? ファッションの既成概念が大きく揺らぎつつある。
「ノー・ジェンダーが目立ち始めたのは2、3年前」。ファッション誌「WWDジャパン」の村上要・編集長代理は振り返る。「パリなどのショーでシフォンやレースを使った女性のブラウスのようなシャツがメンズで登場し始め、当初はやや戸惑いを覚えた」という。
だが、こうしたトレンドはモード界全体に一気に広がる。
レディーズのショーでも、メンズの素材を使ったオーバーサイズやくびれのないシルエットの作品が目立つようになってきた。男っぽい服をあえて取り入れているのだ。
「ディーゼル」は今夏からデザインを男女兼用にした商品のPRを展開。中性的な雰囲気を持つ女性モデルの人気もうなぎ登りだという。
ノー・ジェンダー、クロス・ジェンダー、ジェンダーレス、ジェンダー・フリー、トランス・ジェンダー、ジェンダー・ニュートラル……。こうした新たな潮流を表す言葉がモード界でしきりに飛び交っている。
背景には(1)デザイナーの創造性の成熟(2)新しさを求める消費者の志向――を軸にした業界や市場の変化がある。デザイナーの感性が爛熟(らんじゅく)し、ついにタブーともいえる性差を飛び越える領域に突入。既存の作風に飽きた消費者の目にも新鮮に映るというわけ。
国内の小売業や消費の現場も変化している。伊勢丹新宿本店メンズ館はノー・ジェンダーを意識した商品構成やファッションの提案を夏から始めた。「女性物に見えるつば広の帽子などを男性客が買っていく」。男性客が女性物を、女性客が男性物を買う姿も珍しくなくなった。
東京や大阪の阪急メンズ館、西武池袋本店などでもノー・ジェンダーが最先端のトレンド。女性向けファッション誌を読む男性、男性向けファッション誌を読む女性も少なくない。
都内でコンサルタント業を営む田中英樹さん(45)はメンズのニットやコートを妻と着回すようになった。きっかけは持ち物を整理する"断捨離"。「身軽な生活の方が心地よい」。おしゃれの領域が広がるし、夫婦で共有すれば高額品も手にしやすい。結果的に節約にもなる。
家計調査によると世帯あたりの「被服及び履物」への年間支出はバブル末期の1991年(30万2328円)がピーク。2014年には15万3584円とほぼ半減した。こうした節約志向もノー・ジェンダー人気を促しているようだ。
80年代に「コム・デ・ギャルソン」(フランス語で「少年のように」の意味)でパリコレに参戦したデザイナーの川久保玲さんは女性の体の線を強調するセクシーな服を否定し、性差を破壊した。だが「ノー・ジェンダーにはこうした反発・怒りなどの激しい感情はない。『男物でも女物でも良いものは良い』というフワリとした柔らかい精神がある」と村上さん。
ネットの普及や新興国の経済発展による「社会のフラット化」は既成概念を溶かしつつある。ノー・ジェンダーも時代の変質を象徴する現象なのかもしれない。
(編集委員 小林明)
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