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法廷ものがたり

高原の別荘地 自治会、泥沼の内紛

2015/11/11

 裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

 春の新緑、秋の紅葉――。豊かな自然に抱かれた高原の別荘地も、人の世のしがらみやもめ事と無縁ではいられなかった。自治会の新役員が旧役員による支出に疑義を唱え、500人以上の会員に「調査報告書」を郵送。反発した旧役員は「名誉を傷つけられた」と訴訟を起こした。一般会員も巻き込んだ泥沼の内紛は法廷に場を移してさらに続いた。

 「夫婦で役員活動費を受給するのは不正ではないかと会員の方からご指摘がありました」。新たに就任した自治会役員が会員に送った調査報告書は、5年前に役員を務めていた2組の夫婦に矛先を向けていた。「夫婦の片方しか役員になれないので受給した役員活動費を返してもらう必要があります」とし、さらに元役員の女性1人が役員活動費として交通費を不正請求していたと暗に示した。

■元役員夫婦ら、名誉毀損で新役員を提訴

 名指しされた元会長夫婦と元役員夫婦は当然反発。「あたかも犯罪者のように扱われて名誉を傷つけられた」として、新役員ら8人に計1600万円の損害賠償を求めて提訴した。

 そもそも夫婦は同時に役員になれるのか。自治会規約は「総会の議決権は1区画につき1人」と定めており、新役員側は「会員は夫婦の片方しか議決権を行使できないのに、役員になると役員会で夫婦双方が議決権を行使できるとするのは不合理」と主張した。元役員側が「規約は夫婦で役員になることを否定するものではなく、総会で役員として承認された」と反論すると、新役員側は「承認の手続きを踏まず役員を自称していただけ」と切り捨てた。

 では妻たちの役員就任は総会で承認されていたのか。裁判に証拠提出された総会の録音記録に以下のようなやりとりがある。

 当時の会長「新たに役員になりたい人がいれば是非挙手を」

 会長の妻「女性を2~3人入れていただければ」

 会長「我が自治会は男女平等。じゃあ、そこのお二人の女性、よろしいですか、役員になって」

 その後役員になる女性「すみません、ちょっとまだ決定は待っていただきたいんですが」

 会長「まあ条件付きで、保留で、あとで承認を得るという方法もありますけど。じゃあ役員会で決めさせていただいていいでしょうか」

 記録されたやりとりの中に明確な承認の文言は見当たらなかった。当時の会長は法廷で証言した際、「保留」発言について「言ったはずない。録音が違う」と開き直った。

 元役員側は裁判で、自分たちの主張に賛同する会員6人の陳述書を提出。訴えられた新役員の1人は書面で「自治会を私物化して思いが通らなければ訴訟を起こすなど、正直うんざりです」といら立ちをあらわにした。

 裁判官は判決で、妻2人について「役員を名乗っていた」との表現を使い、規約に基づいて正式に役員に就いていなかった可能性を示唆した。しかし、正面からシロかクロかの判断はせず、調査報告書もこの点を「不正」とまでは言っていないので名誉毀損には当たらないとした。

 他方、元役員の女性が交通費を不正請求したと読める部分については、女性の社会的評価を低下させる記述であると認めた。

■元役員側が全面敗訴、自治会分断の傷痕深く

 ただ、名誉毀損の訴訟では記述が(1)公共の利害に関わる(2)真実であるか真実だと信じる相当の理由があった――と認められれば賠償責任は免除される。裁判官は「役員活動費問題は自治会員の公共の利害に関する」とし、「妻は役員会のない日に交通費を請求しており、(新役員らが)不正受給と信じたことには相当な理由がある」と判断した。

 訴えを退けられた4人の元役員のうち3人は判決を受け入れたが、残る1人は控訴。高裁でも主張は通らず、元役員側の全面敗訴の判決が確定した。

 新役員が全会員に宛てて調査報告書を送る前、自治会内はすでに元会長派と反・元会長派の間で内紛状態となり、個人を中傷する内容の怪文書が飛び交っていた。事態を収拾するために総会が開かれたが、泥仕合に嫌気がさしたのか、出席したのは30人ばかり。議長解任動議が出されたり中傷の言葉が飛び交ったりと総会は荒れに荒れ、何ら決議に至らぬまま閉会した。

 自治会の正常化を目指し、2つの派の間を取り持とうと奔走していた当時の役員の1人は別荘を売却し、高原を去った。

(社会部 山田薫)

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