認知症で家の建築が中断 後見制度の限界弁護士 遠藤英嗣

本格的な高齢化社会で認知症を患う人たちが増えています。認知症などで判断能力が不十分になった人たちを、法的に保護し、支援する制度が成年後見制度です。このコラムでは、新しい相続のかたちである「家族信託」を中心に取り上げていますが、家族信託を設計する際にも、成年後見制度は欠かせないものなのです。

家の建築中に父親の認知症が進行

わたしが公証人をしていた5、6年前のことです。「何とかならないでしょうか? 父が認知症なのです」と50代の自営業のBさんが駆け込んできました。

話を聞いたところ、Bさんは1年前に、あるハウスメーカーに勧められて店舗を兼ねた自宅の建て替えを始めたそうです。土地は父親であるAさん名義で、建て替え資金は父親Aさんの預金と住宅ローンでまかなうことになりました。

ハウスメーカーと請負契約をする時点で、すでに父親Aさんには軽度の認知障害が出始めていて、物忘れもたびたびありました。しかし、十分契約は可能だというハウスメーカーの言葉もあり、建て替えを決断したそうです。

古い建物を取り壊し、建築確認を取って2階建ての建物の建築に着工、完成に近づきました。そして、いよいよ銀行のローンを契約する段階で、問題が発覚しました。父親Aさんの認知症が進行し、今では話も通じず、署名もできないというのです。このままでは銀行からお金を借りることができず、家の建築がストップしてしまいます。

困り果てたBさんがわたしのところに相談に来たのですが、当時、公証人という立場のわたしに、やれることは何もありませんでした。そもそも、公証役場は公正証書などを作成するところで、後見制度の相談所ではないのです。

任意後見制度の限界

わたしは、公証人時代、700件を超える「任意後見契約」の公正証書を作成しました。任意後見制度とは、本人が契約の締結に必要な判断能力をもっている間に、将来、自分の判断能力が不十分になったときに、後見人になってもらう人を自分で選び、事前に決めておく制度です。そして、その内容を公正証書にしておきます。本人が認知症と判断されたときに家庭裁判所に申し立てをし、裁判所が後見人を監督する「任意後見監督人」を選任して、後見が始まります。

Bさんのケースについては、すでに父親Aさんの認知症が進行していたため、結局、家庭裁判所に成年後見人の選任を申し立てる「法定後見制度」を利用するほかありませんでした。やはり、ターニングポイントは最初のハウスメーカーとの請負契約の時にありました。

この時点でAさんが任意後見契約を結んでいれば、少なくとも、Bさんは父親の認知症が思った以上に進行するという事態に焦ったり、困ったりすることはなかったかもしれません。実際、いまでは多くのハウスメーカーが、請負契約前に家族が任意後見の受任者となる任意後見契約を締結することが励行されているようです。

ただ、後見制度には限界があります。

Bさんのケースでは、父親Aさんが任意後見契約を結んでいたとしても、その後、Aさん名義で銀行からローンの借り入れをして、土地に対する抵当権設定契約ができるかどうかといえば、かなり疑問なのです。

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