共働きの親子は「疲れ」を自覚しづらくなっている
疲れから復活する力は35歳前後で変わる
あなたは一日に何回「疲れた~」というフレーズを口にしますか。長時間の会議が終わったとき、それとも保育園のお迎え後に帰宅し荷物を置いた瞬間、あるいは朝起きた瞬間から「疲れが抜けない…」と実感している人もいるかもしれません。
共働きしているから、子育てしているから、疲れるのは当たり前――こんなふうに疲れている自分をはぐらかしていませんか。でも、あなた自身が疲れを認めてケアすることは、ストレス対処法として最も効果的な対策である、ということを今回はお伝えしたいと思います。
若いときは徹夜をしても一晩ぐっすり眠れば復活できた。でも、今は徹夜をすると1週間ぐらいはその疲れを引きずってしまう、と思っているあなた、その実感は正解です。下の図のように、私達は年齢を重ねるとともに「活動量(思考や活動に使うエネルギー量)」が増えていきます。職場でも部下ができたり、責任のある仕事を担う機会が増えてきたりするし、子育てはそれだけで大変な労力を伴うもの。その一方で「エネルギー回復力(疲れを回復する力)」は減ってきます。
実はこの2つの線がクロスするのが、ちょうど35歳ぐらいの時期。
同じくらいの労力を伴う仕事をしても、その疲れから復活する力は、35歳以前とそれ以後では大きく変わってくる。だから、仕事のやり方、ストレス対処の仕方をきっちり見直していく必要があります。
さらに、親だけでなく、最近は子どもも疲れていると私は思うのです。
その原因は、子どもの遊びが体を動かすものからデジタル系に変わったことが影響しています。
なぜ、子どもは疲れているのか?
屋外で走り回り、体をいっぱい使うような遊び方をしていると、子どもははっきりと疲労を感じます。子どもは大人よりも数倍、睡眠力が高いですから、夜にぐっと眠ることで翌朝にはエネルギーを回復できるもの。
しかし、ゲームのように「興味」「反射力」「スリル」をかき立てられる遊びは、体は疲れなくても知らず知らずのうちに心を疲労させます。ゲームに熱中した後は、目や頭がぼーっとするような疲れを感じるものです。体を動かした後の疲れとは全く種類が異なります。思春期の男の子が「だりー」とか「疲れたー」と言うと、「ゲームばっかりして疲れてもいないくせに」と怒ってしまうかもしれませんが、実際は子どもも気づかないうちに疲れている、と思ってあげる必要があるかもしれません。
ゲームによる疲れは一日中デスクワークをしている大人と同様のものとイメージしてください。妙に神経がたかぶって眠れない、だから、子どもも疲労を回復しにくくなる。実際に、10年ほど前からわが国でも「子どものうつが増えている」ということが問題視されています(※)
(※2003年に北海道大学大学院保健科学研究院傳田健三教授らによる小中学生3331人を対象とした調査。「何をしても楽しくない」「生きていても仕方がない」などうつ症状に関する18項目の質問で、小学生で12~13人に1人、中学生で4人に1人の割合で「抑うつ群」という結果が出た)
デジタル系の遊びやSNSによる感情のもつれによって精神疲労を蓄積するのは学童期以降ですが、もっと幼い未就学世代も、最近は、核家族化によって子どもの預け先がなく、親の生活リズムに合わせざるを得ないことから夜型になりしっかりと深い睡眠を得られず、疲労を蓄積している子が多くなっていると感じます。
こころの疲労は明確な症状がなく、自覚しにくい
幼い子どもを育てるときにつきものの「睡眠不足」、さらに会議やパソコン作業など頭脳労働による「精神疲労」、それだけでなく私たちは人との接触による「感情の発動」によってもつねにエネルギーを消耗しています。
大事な仕事のプロジェクトが控えているけれど子どもがまた熱を出すのではないかと不安になる、夫とのケンカで怒る、職場で自分ばかりが面倒な仕事を押しつけられているのではないかとイライラする、子どもを叱り過ぎて後になってくよくよする……こんなふうに色々な感情をかき立てられることによっても人はどんどん、エネルギーを消耗しています。
しかし、人はそれを「疲労」とは自覚しにくいのです。
心の疲れは、肉体的な疲れとは違い、じわじわとゆっくり進むので、「疲れた」という自覚は起こりにくい。むしろ、
●頭が痛い、頭が重い
●気分が悪い
●わけもなくイライラする
といった、全身にもやがかかったような不快な症状として自覚されます。疲労による不快症状ですから、本当は「休む」という対処が一番のはず。しかし、鎮痛薬を飲んだり、コーヒーをがぶ飲みする、あるいはイライラする相手に当たる、といった間違った対処をしてしまいがちなのが特徴です。ますます疲労をため込むことによって集中力を欠いた結果、仕事でミスをしたり、周囲との関係が悪くなってしまったり、ということもよく見られます。
共働き世代がやりがちな「仕事へのしがみつき」
もう一つ、やってしまいがちなストレス対処法が「しがみつき」という行為です。
悔しい、つらい、腹が立つ。そんな嫌な気持ちを抑えるのはとても難しいもの。そこで人がよく行うのが「快感をかぶせる」という対処法です。とにかく快感をかぶせてしまうと、手っ取り早く嫌な感情は消えてしまう。その手段としてよく使われるのが「お酒」です。お酒を飲むと、ふわっとして一瞬楽しい気分になる。眠くなるから「眠って嫌なことを忘れられる」ようにも思えます。しかし実際はお酒が睡眠の質を下げ、よく眠れないから余計に苦しくなる。つい、また飲酒してしまう。このように、結果的に自分を苦しめるのにもかかわらず、その行為を続けてしまうことを私は「しがみつき」と呼んでいます。
お酒だけではありません。共働きの子育て世代がやってしまいがちなのが「仕事へのしがみつき」です。
仕事が積み重なってへとへとに疲れているけれど、家に帰れば子どもとしっかり向き合えていない罪悪感にさいなまれる。夫婦間にも険悪な空気が流れている……そんなモヤモヤを、仕事をしている間は忘れられる。だから、仕事に没頭することがお酒と同様に「忘れる効果」をもたらしてくれるのです。
仕事に没頭し、はかどれば「職場で認められる」「集中している間はストレスから一瞬逃れられる」というメリットが得られます。しかし、仕事は相変わらず大変だから、疲労はたまるいっぽう。小さいことにイライラし、「もっとがんばらなければ」と自分を追い込んで仕事に没頭し、さらに疲労がたまる、という悪循環を繰り返してしまいます。
「からだ電池・こころ電池」で疲れた自分を認める
最近、なんだかいろんなことが回らない……と悩んでいるあなた、まずは、あなたの今の疲れを客観的な尺度で表してみましょう。
人間は不思議なもので、先ほどお話しした「しがみつき」に関しても、人から「あなたは仕事にしがみついている。やめなさい」と言われても決して修正したいとは思えません。その人は仕事にしがみつくことでなんとか今日も持ちこたえている、だからしがみつきをやめてしまうと、もう自分はダメになってしまうような気がして怖いのです。
でも、誰かに言われるのではなく自分で気づくと、少しだけ自分の行動を変えられるものです。ぎゅっとしがみついている5本の指を1本ずつほどいていくような気持ちで、今、いっぱいいっぱいに抱えているTO DOリストを減らしていく作業を始められるのです。
自分の疲れに気づく手段として役立つのが「からだ電池・こころ電池」という方法です。その日の"からだ電池"と"こころ電池"の充電率を数値で表現してみるだけ。通勤電車のなかで手帳のすみっこに書き留めるだけですから、ほんの30秒ほどでできるやり方です。
(1)自分のからだ電池、こころ電池の充電率を確認する
からだ電池とは、体の調子。こころ電池とは、心の状態。充電率が満タンなら100%。今日の自分はどうかなと振り返って数値化してみましょう。
(2)自分の数値の理由を考えてみる
数値を書き込んでから、理由も書いてみましょう。
例)からだ40…睡眠不足が続いていて、だるい
こころ30…今日提出の企画書がまだまとまっていなくて不安
こうやって自分の疲れを客観的に自覚するだけでも、「最近、イライラしていたのは疲れていたからかも」と、自分の疲れを認めることができます。また、前日夜に"寝落ち"して後悔していても、よく眠ったことでからだ電池が90になっていることに自分で気づき「やっぱり睡眠って大事だな」と理解できるかもしれません。疲れてしまったのは決してあなたが弱いからとか、がんばりが足りないからではなく、「それほど今の生活が大変だから」なのです。
TO DOは5つのうち、3つできたらヨシとする
よく、「今日はTO DOが5つある。優先順位の高い順にさっさと片付けなきゃ」というふうにリストを眺めるだけで決める人がいます。しかし、これでは不十分。なぜなら、「やる自分」について考えていないからです。
元気なときなら問題なく5つやれるはず。しかし、ここ数日疲れがたまっていて、体も心も充電率が低い状態であればもっとやるべきことを減らす必要があるかもしれない。一日の最初に自分の疲労度の振り返りをしておけば、「それでもやらなければいけないのは何か」「手を抜けるとすれば、何か」というふうに見渡して、今日は3つだけにすることを選択できます。やみくもに5つ全部をこなそうとして「やるべきことをクリアできなかったダメな私」と自分を責めるパターンに陥ることも避けられます。
「体は100、心も100です」と元気に答える人は、かえって心配です。周囲から見て「あなた、へとへとでしょう?」という人がこのような数値を言い続けている場合、疲労が深刻すぎて知覚がまひし、不調を感じられなくなっている可能性があります。うつ症状の一歩手前。とにかく休むことが必要です。
子育ては長期戦です。あなたが心も体も健康でいるためには、あなた自身のエネルギーが枯渇してしまわないよう、ご自身の疲れをちゃんと認めてあげてくださいね。
1959年、鹿児島県生まれ。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。筑波大学で心理学を学ぶ。1999年より、陸上自衛隊初の心理幹部として、多くのカウンセリング経験を積む。陸上自衛隊衛生学校メンタルヘルス教官として、衛生科隊員にメンタルヘルス、自殺防止、カウンセリングなどを教育する。2015年退官。惨事ストレスに対応するNPOメンタルレスキュー協会のシニアインストラクターとして、講義、チーム支援などを継続して担う。近著に『学校では絶対に教えてくれない 自分のこころのトリセツ』(日経BP社)、『母が重い!しんどい「母と娘の関係」を楽にするヒント』(家の光協会)などがある。
(ライター 柳本操)
[日経DUAL 2015年9月17日付記事を再構成]
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