元祖イクボスが明言「時短社員の評価に正解はない」三井物産ロジスティクス・パートナーズ・川島高之社長に聞く

日経DUAL

三井物産ロジスティクス・パートナーズの川島高之社長は、3年半前の社長就任以降、社内の人事評価制度改革に取り組み、社員自らが評価項目を考えた同社オリジナルの人事評価制度を2014年度から導入しています。NPO法人コヂカラ・ニッポンの代表やNPO法人ファザーリング・ジャパンの理事も務める“元祖イクボス”である川島社長に、人事評価制度についての持論を伺います。

―― 最近、多くの企業の方々から時短社員の人事評価で悩んでいるという話を伺う機会が増えています。時短社員の評価について、川島社長はどのようにお考えでしょうか。

(写真:鈴木愛子)

時短社員の評価に悩んでいらっしゃる企業は、恐らく一般社員の評価でも悩んでいらっしゃるのではないでしょうか。一般社員の評価基準が明確であれば、時短勤務中の社員を評価する際にも、特段悩むことはないのではないか。これが私の実感です。

実は、人事評価制度の曖昧さは日本企業の良い面でもあります。欧米企業のように「ここまでやったらA評価。ここまでしかできなかったらB評価」としてしまうと、個人主義・成果主義に走り過ぎ、チームで助け合う日本的な良さが失われてしまいます。ですから、良い面が生きる曖昧さは多少あってもいいとは思います。しかし、それにしても現状の日本企業の評価制度はあまりにも曖昧な場合が多いですね。

―― なるほど。一般社員の評価基準が曖昧であるなかで、時短勤務社員が増え、どう評価すればいいのか分からなくなっている企業が多い、ということでしょうか。

そうではないでしょうか。私は経営者になってから、日本の良さが生きる曖昧さと、欧米の個人主義・成果主義の中間を狙うために試行錯誤を続けてきました。

日本式に寄り過ぎると、実力のある人ほど不満を抱えて、モチベーションが下がったり、やめたりしてしまいます。また、実力のない人は、その曖昧さにぶら下がってしまう場合が多い。

人事評価が曖昧過ぎると、カバン持ちの人やイエスマンが出世しやすくなるでしょう。そして、出世して幹部になったイエスマン達は、「それまでの曖昧な人事制度を変えよう」というインセンティブを持っていませんから、その結果、旧態依然とした「曖昧な制度」が続いてしまっているというのが、多くの日本企業の現状ではないでしょうか。

―― そのような状況であれば、“時短勤務をしながらも仕事で成果を上げた人”はなかなか評価されないかもしれませんね。御社では現在、時短勤務中の社員の方はいらっしゃるのでしょうか。

フレックス勤務制を導入しているため、定時よりも早出・早帰りをしている人、絶対に残業ができないワーママ、母親の入院で急に半日出勤が続く人など、時短勤務・休暇取得・早退せざるを得ない社員が多くいます。そのような「制約社員」がいるという前提で、働き方改革を行い、人事評価制度を作っているのです。

時短社員の評価に正解はない

―― 育児や介護のために制約を抱えている、いわゆる“制約社員”の評価はどうやっているのでしょうか。

ひと口に時短社員といっても、事情は人によって様々です。親の支援を受けられるか否か、子どもが病気がちなのか否か、やる気がある、逆にペースを落としたいと思っている、など。多種多様な人がいるなかで「これが正解」というものは存在しません。ただ、一つ言えるのは、全社の評価ルールを明確化し、さらに一人ひとりとよく話をするのが何より大事だということ。

―― 全社の評価ルールは、どのようにして明確化しているのでしょう。

弊社では評価を、能力評価と業績評価という2軸に分けています。

能力評価では、例えば「チームワークに徹し、会社に貢献したか」「コンプライアンスを順守したか」「自己成長のために勉強しているか」など、ビジネスパーソンとしてやるべきことを定性的に評価します。

業績評価は、「今期中に○○をやります」という期首目標に対する評価です。定量化が可能な部署は売り上げなどを数値で示し、定量化が難しい部署でもできる限り具体的な目標を出させます。例えば、経理だったら「より高い精度の経理処理をします」では不十分。「ミスの数を3割減らす」と具体的に数値化させます。人事では「年度内に社員満足度80%以上の“新人事制度”を導入する」とか、総務なら「取締役会や総会を問題なく開催する」とか、極力具体的に出してもらいます。

―― 評価のツールはあるのでしょうか。

はい、評価表を作っています。能力評価については、役職に応じて目指すべき姿という基準を設けています。縦軸には「マネジャー」「シニアマネジャー」「次長」「部長」という役職を記入し、横軸には「チームワーク」「コンプライアンス」「知識・技能」といった項目を10項目以上書いています。そして、項目ごとに「こうあるべき」という仕事への姿勢や基準も明記しています。それを全社員に開示しています。

評価表は以前からあったのですが、形骸化していたので、分かりやすく作り直し、2014年度から改めて導入しました。

社員自らが、能力評価表を作成

―― 評価表は川島社長が独自に作ったのでしょうか。

能力評価の具体的な内容は半年くらいかけて、ほとんど社員に考えさせました。自分達が目指したい姿は自分達で考えなきゃ、魂が入らないですよ。当然「僕も意見言うから、まず素案を作ってみな」と。

業績評価には空欄を4つ設けました。4つの欄に期首目標を社員が記入し、その内容について私と話し合います。また、「1つ目の目標の比率が30%」「2つ目の目標の比率は20%」などと比率も決めて、合計で100%になるようにしています。そして期末には、4つの目標の達成具合をそれぞれ7点満点で評価し、「1つ目の目標で6点獲得できたら6点×30%」、2つ目の評価が4点だったら4点×20%」……というように加重平均を出す。それが期首目標に対する業績評価になるというわけです。

―― 能力評価はどう点数に連動させているのですか。

例えば「チームワーク」という項目があります。この中にも幾つかの“あるべき姿”を明記しています。その一つひとつに対して1~5点満点で点数を付け、その平均点を算出します。

業績評価と能力評価のいずれも、まずは部長が一次評価をして、私が最終評価を下します。部長は私が評価します。また、評価は私の独断的な考えに偏らないよう、担当者評価なら部長以上、部長評価なら役員以上が集まり、合議制にしています。

能力評価が昇格と給料に、業績評価がボーナスに反映

―― 点数付けされた明確な評価の結果が、給与やボーナスに反映されるのですね。

能力評価は昇格と年間給料(基本給)に反映し、業績評価はボーナス(賞与)に反映します。能力評価は1点から5点で評価し、点数別の給料額が役職別に表にしてあります。さらに、「昇格するには2期連続4点以上を獲得すること」といったルールも明確化しています。人事制度を変えたときに全社員向けに説明会も開催し、常に確認できるように「見える化」もしています。

ボーナスは「業績評価の点数×役職の基準額」で計算します。前年の評価の点数で額が決定し、その額を翌年の夏冬2回均等に分けて支給しています。

―― 能力評価を給料に、業績評価をボーナスにと分けて反映させるのはなぜでしょう。

給料は生活給であり、役職に応じて長期目線でやってもらいたいことに対する報酬という意味合いがあります。「今期売り上げをガンガン上げても後は野となれ山となれ」では、経営的に困ります。「最低限これだけの給料を保障するから、目先のことに必死になるだけでなく、長期スパンでチームワークや会社の将来性を考えてくれ」という意味合いで渡すのが給料です。

ボーナスは、「この試合でホームランを打った者は表彰台に立たせる」という意味合いのもので、成果報酬に当たります。それがなければ「こんなに頑張ったのに……」とモチベーションを下げてしまいますからね。

打席数ではなくホームラン数で評価

―― その評価体系の中で、時短社員の評価を考えた場合、どうしても業績評価が低くなってしまいますよね。

それまで9回まで打席に立っていたバッターが5回までしか立てなくなれば、ホームランも盗塁も少なくなる可能性はあります。それでも、なかには打席が減っても、以前と同じホームラン数を打てる人もいる。私の実感では、時短によってホームランが極端に減った人はほとんどいません。「打席の数じゃなく、ホームランの数で評価するよ」というのは常々言っているので、たとえボーナスが減っても不満を言ってくる社員は一人もいません。

―― ホームランが少なくなれば、ボーナスは減る。でも、基準がはっきりしているので、それも納得感があるのでしょう。となると、時短社員をカバーしている人の評価が上がることはありますか。

もちろんです。会社のため、チームのためによくカバーしてくれたよね、ということで能力評価の「チームワーク」の項目で高い点が付くし、実際に仕事量と会社への貢献度がアップしたわけだから、業績評価も高くなります。

―― そんなふうにダブルで評価が上がれば、時短社員をカバーして働いた社員の方のモチベーションも上がりますね。

―― 評価の際は、川島社長が全社員と面談をするのですか。

(図デザイン:柳沼恭子)

先ほど言ったように、一人ひとりとじっくり話すことが何より大事です。

面談の中身も大切です。まず、こういう仕事をやりたい、将来こういうキャリアパスを望んでいる、家庭の事情で配慮してほしいことなど社員の「wants」を聞き出します。それから社員の能力「can」を見極めます。得意分野や専門性はもちろん、潜在能力も含めてです。そして、社員にやってほしいこと、今欠けているポジションなど、組織としてやってほしい「needs」を伝えます。

「wants」「can」「needs」、この3つの円を極力一致させることがマネジメントの仕事です。完全に一致させることは難しいとしても、一致に近づけることが会社にとっても社員にとってもプラスになる。私は特に「wants」をはっきり言うよう、全社員に指示しています。管理職に対しては「部下の『wants』を聞き出すことも君の責務だよ」と伝えているし、私との年に一度の面談でもじっくり聞き出します。

―― 「wants」を重視しているのですね。「wants」が特に大事だと思ったきっかけがあるのでしょうか。

若いころ、私の「wants」を聞き、「can」を理解してくれた上司の下で働いていたときが、一番仕事への姿勢が前向きで貢献度も高かったかなと思います。また、子ども教育のNPOを通じて、子ども達のやる気や能力をアップさせるには、彼らの「wants」と「can」を把握して引き出してあげることが何よりだと実感しています。

管理職になってからも、9人の選手、ベンチも加えた18人のやる気をいかに高め、能力を最大限発揮してもらうかが最も重要だと思い、それを実践してきました。大型選手をお金で引っ張ってこられるわけじゃないですから。そのためには、部下が何をやりたいのか、何ができるのかを常に把握しておくというのは当然のことです。

でも、聞くだけで何もできなかったら信頼を失うので、上司としてはリスクを負うことにもなります。「極力応えられるようにするから」と言って「wants」を聞き出しているんだから、1年経って何も変わらなかったら逆に部下の不満は倍増してしまいます。

■面談で「wants」を引き出された育休明け女性

―― 時短勤務の女性で、「wants」を引き出すことで高い評価を獲得したという事例はありますか。

(写真:鈴木愛子)

毎日17時に帰っている育休明けの総務部の女性のケースを紹介しましょう。彼女は実は、出産前は言われたことだけをやる、受け身の社員でした。例えば、応接室の来客向けのドリンク補充が主な業務だったりする社員だったんです。でも、復職後にじっくりと話をしたら、本当は「主体的に何かをしたい」と思っていることが分かりました。

そこで、「応接室などお客様向けのことはすべて任せる」ことにしたんです。すると途端に彼女は、そろえておくドリンクの種類、テーブルやイスの配置、受付の雰囲気づくりなど、どんどん主体的に動くようになりました。さらに、従業員の居心地も高めようとするまでに業務範囲を広げ、オフィスのレイアウト変更の際には、リフレッシュルームの新設まで担当してくれました。大きなテーブルと縦長のイスを置いて、カフェのような雰囲気にして、無料のドリンクやお菓子も設置して、社員のコミュニケーションの場をつくってくれたんです。

―― なるほど。その女性社員の方のみならず、明確な評価制度を設けることによって、従業員の不満はずいぶん解消されたのではないでしょうか。

2014年春、2015年春と2年連続で社員満足度調査をしましたが、全項目が昨年より上がりました。

その調査票もオリジナルで作りました。財務、営業、人事と部を超えた3人でタスクフォースを組んで作らせました。彼らは同僚に話を聞きながら、一般的な指標も参考に、それを当社流にカスタマイズして作ったんです。

曖昧な人事評価のなかでも、自分なりの尺度を持って

―― 会社から適正な評価がなされず、そのなかで困っている人に対してメッセージはありますか。

今までの話を覆すようですが、「人事評価を気にし過ぎるなよ」でしょうか。やるべきことをやり、それを自分自身が評価し、自分の家族や身近な人に高く評価してもらえればそれで十分だとしよう、と。また「たとえ今期の評価が不満足だったとしても、必ず見ている人がいる。だから長期目線を持とう」ということもお伝えしたいですね。

実は、目先の偏差値にばかり目が行っている子どもやお母さんにも、講演などで同じことを伝えています。「世の中には評価の尺度がいっぱいあり、偏差値はその一つにすぎない。人生は長期目線を持つことが大切。他人の評価より自己評価のほうが重要」とね。

―― 現場の管理職で、会社の評価基準は曖昧模糊とした状態で、現場で頑張っている時短社員の部下をどう評価したらいいのか分からない、という人はどうしたらいいでしょう。

私も本社では会社の評価システムの中にいましたが、それはあくまでもシステム上の評価で、自分の組織の中に限れば、自分なりの評価基準を用いることは可能です。関連本や他社事例を参考にし、部長が自分で考えればいい。それを全社のシステムとどうリンクさせるかは、状況次第でしょう。

―― 自分流の「部下の評価軸」を持てばいいんですね。

そう。それは部署異動するたびに微調整はしても、あまり自分の基軸は変えずに。そうすれば、信頼される上司になりますよ。「あの人の下で働きたい」という優秀な部下が集まり、部の業績も上がります。

―― 中小企業を取材していると、「大企業は人事評価基準がしっかりしているからいいけど、ウチは中小企業だから同じようにはできない」と言われることがあります。

逆ですよね。大企業は社内の制度を変えるのに1年がかりだし、制度を整えても変わりづらい。中小企業は変えようと思ったら、明日から変えられます。会社における一人ひとりのウエートが大きいので、変えたことによって、会社全体が変わるのも早い。

企業規模や業種にかかわらず、頑張って変わっていこうとしているところが増えている気がします。逆に、変わろうとしない企業は淘汰される、それだけは確かでしょう。

(ライター 大友康子、ひきたりやこ)

[日経DUAL 2015年9月18日付記事を再構成]

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