財布・愛用品・旅行も別々
「夫の収入も貯蓄も、しっかり把握はしていない」。結婚7年目になる都内の会社員、花本智子さん(35)は話す。夫の直和さん(36)によると、花本家は「お互いほぼ同額を出し合う生活費のほかは財布は別々」だ。
配偶者の収入・貯蓄額をどちらも把握していない…20.1%
生活費を夫婦で分担している…46.0%
日経MJでは共働きで子どものいない20~40代の既婚男女1241人の生活観や消費実態を調査した。まず、かつてのDINKSと違う特徴的な点が「財布が別々」だということだ。
バブル期、DINKSが増加傾向にあった1990年9月の日経流通新聞はこう報じた。「30~40代のサラリーマンの約6割が『給料は全額妻に渡し、妻から小遣いをもらう』」。約30年前は共働きでも妻が家計を預かる場合が多く、相手の収入を把握していない世帯は珍しかった。
結婚4年目の都内の会社員の岡田由希子さん(30)も折半派。毎月夫が立て替えた家賃や光熱費の半額を現金で渡す。「残りはそれぞれが趣味や飲み会に自由に使う。お金について話すのは旅行や引っ越しの時」。2人で貯蓄はしていない。
平日に夫婦でデートする…18.6%
88年、ライオンが首都圏のDINKS女性に実施した調査では「平日に夫とデートする」人が47.5%と現在の2倍以上いた。遊びや旅行は「2人で楽しむ」というDINKSの象徴的な行動様式は一変、新DINKSは「個人の時間を充実」させたい。「週に1回以上配偶者を伴わずに友人と会う」と回答した人は約3割に上った。
都内在住、結婚1年目の女性(35)は「休日も月1~2回は友達と出かけるが夫の食事を用意したりはしない」と言う。
その傾向は旅行にも現れる。「夫には『行ってもいい?』ではなく『どこどこに行くことにした』と言うだけ。止められることはない」。結婚3年目、都内の会社員の女性(39)は今夏と秋に独身の友達と修善寺(静岡県)や京都に1泊旅行した。JTB総研の早野陽子主任研究員は「結婚していても子どもがいない女性は、独身時代の旅行スタイルが続く」とみる。
シャンプーやボディーソープ、せっけんは自分で選んで買うことが多い…16.4%
一家で同じ物を使うことが当たり前といえた生活用品は、「パーソナルで複数持ち」へと移行しつつある。結婚9年目の会社員の夫(42)と妻(45)の千葉県の自宅の洗面所には歯磨き粉が2種類並ぶ。「夫には内緒だけど、私が愛用する歯磨き粉は1000円以上する」
夫も自分が好きなものを買ってくる。シャワーヘッドも別々だ。妻用は塩素を取り除くタイプ、夫は美容室ですすめられたという細かな泡で頭皮の汚れを取り除くタイプで、毎回付け替えてシャワーを使う。パーソナルなモノの所有には晩婚化も影響している。独身時代に長く慣れ親しんだ生活用品はブランドスイッチがしにくい。
食事も同様だ。横浜市在住の夫婦は「平日は帰宅時間がばらばら。自宅での夕食でも違うものを食べることは普通」だ。夫(46)は最寄り駅に近い中華料理店で買ったレバニラいためとギョーザ、妻(44)は職場近くのデパ地下で購入したガーリックシュリンプ、サラダ、オリーブで「お疲れさま、乾杯!」。
1カ月に自分の裁量で使える金額(お小遣い)…6.9万円
夫婦での旅行は1年に0~2回…53.9%
民間調査によるとサラリーマンのお小遣いの平均は4万円弱で、新DINKSは「そこそこリッチ」といえる。ただ、「収入が減り、年金がもらえるか分からない。30年前のDINKSのようなリッチ層は一握りではないか」(男性、31歳)。
旅行回数は減っている。92年に「日経リゾート」誌などが実施した調査ではDINKSの旅行回数は平均4.3回と多く、豪華旅行を満喫する夫婦も少なくなかった。
「家庭内離婚」。DINKSが登場し始めた86年、共働きの増加に伴って生じた夫婦のすれ違いを表現した流行語だ。既婚でも「おひとりさま」消費を貫く新DINKSはもっとドライなのか。どうも違うようだ。
「誰よりも仲がいい最高のルームメート」(女性、35)。結婚による束縛や我慢は最小限。別々の財布を持ち、独身時代の付き合いも楽しむ開放感が新DINKSの結びつきを強める。
テーブルは大きめ人気 仲間とパーティー
「DINKSが求めるテーブルが大きくなっている」――。
家具専門店アクタス(東京・新宿)では2人世帯に4人用や6人用のテーブルが売れている。同社の顧客のDINKSのうち58%の住まいが70平方メートル以上。「居住面積も拡大傾向にある」とマーケティング部の関洋之さんは話す。
70平方メートルあっても3~4LDKではなく、2LDKを選ぶ夫婦が増え、「リビングダイニングを広くする。家族という小さな単位より、友人や仲間が集まる環境をつくりたいという意識の表れ」(関さん)。その大きなテーブルに、夫婦それぞれが吟味した椅子を置くのも最近の傾向だ。
同社はDINKSを主要ターゲットにする別ブランド「スローハウス」をスタートさせた。子どもに関するものは置かず、手仕事が施された家具やヴィンテージ雑貨などをそろえる。9月、東京・二子玉川に3店目をオープンした。
世帯の構成人数の減少を見据えて一足早く動くコンビニエンスストアも、新DINKSの消費動向を捉え始めている。
ローソンは2010年、2~3人の少人数世帯に向けてサラダなどパック総菜の展開を始めた。当初はシニア世帯などを購入層に想定していたが「共働きで忙しい夫婦2人世帯にも食卓の『もう1品』として買い置きの需要がある」(同社)。従来は買ってその場で食べる人が多かったカウンター商材の揚げ物も、新DINKSの夕食の1品になる。クリスマス向け商品では2本入りのローストチキン(1700円)などの予約が好調だ。
「今思えば、00年代に入ってから徐々に変化は起こっていた」。そごう・西武の紳士服飾部の千野史晴部長はふり返る。
8月下旬、西武渋谷店(東京・渋谷)の紳士用品売り場が生まれ変わった。肌着や靴下、ワイシャツを扱う売り場は妻が夫のものを購入する「代理購買」の主戦場だ。女性視点を意識した「安心ブランド」を前面に置き、売れ筋も無難な定番品が中心だった。
ところが調べてみると、客数に占める女性の割合は15年には67~68%と、05年から7~8ポイント減少した。自ら好みの下着を選びに来る男性が増えたのだ。
新たな売り場は「仕立て、機能、色柄などスペックにこだわる男性に向けた商品を充実した」(千野部長)。自分のお金をある程度自由に使えるDINKS男性が選ぶのは、4000円ほどのボクサーパンツや、定番品より2~5割高い1200~1500円の靴下などだ。同売り場の10月の売上高は前年同月比10%増えた。
晩婚化も進み、総世帯に占めるDINKSのシェアは拡大傾向が続く。国立社会保障・人口問題研究所は、2035年に夫婦のみの世帯が総世帯の21.2%を占めると推計している。
(井土聡子、諸富聡)
[日経MJ2015年10月28日付]