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旭山動物園、坂東元の伝える命

風太はなぜ「立った」のか レッサーパンダブームから10年

2015/10/31

北海道の短い秋も終わろうとしています。秋晴れの日も少なく今年もどこかおかしな気候が続きました。それにしても10月に入ると日ごとに日が短くなるスピードが速くなる気がします。夕方4時半には夕日が、5時ともなると日暮れです。東京よりも20分くらい早い日没です。もうすぐ長い冬を迎えます。北海道の景色が一番寒々しく見えるのはおそらく一面銀世界になる前の11月12月ではないでしょうか。常緑の広葉樹がないので、木々が枯れ木のようになり地面も茶色……大地が命が一斉に休眠状態になったように感じます。

真冬は恋の季節

冬になると動きが活発になる動物たちがいます。北方系の動物たちは、冬毛に衣替えです。シンリンオオカミはたてがみが生えたかのように凜々しく二回りくらい大きくなったように見えます。白い息を吐きながらの遠吠えは意味もなく涙が出るほど感動的です。

夏は鹿の子模様だったエゾシカは、ミズナラやカシワの木の木肌そっくりな灰色を帯びた焦げ茶一色になります。皆ほれぼれする美しさ、機能美です。旭山動物園は日本最北の動物園ですから、実は皆さんに一番訪れて欲しい時期は冬です。

ちょっと意外な動物で、冬をモコモコな冬毛で雪の中を転がり回り、マイナス20℃でもへっちゃらな動物がいます。レッサーパンダです。夏場の日中は木陰で無駄な体力消耗を避けひたすら昼寝を決め込んでいますが、冬は活動時間が長くなります。明らかに冬を肌で楽しんでいます。そして最も寒い2月から3月にかけて恋の季節を迎えます。

モートに落ち助けを待っている(撮影・桜井省司、提供・株式会社LEGiON)

僕は、動物園の施設を建て替える時、その動物の感性や感覚、身体能力を飼育下で観察し想像し、よりその動物らしく暮らせる環境を考えます。何かふとその動物から見た景色が感じられたと思えた時に一気に具体的なアイデアが生まれてきます。

あえてその動物が暮らす野生での生息環境を観ないようにしてきました。野生を観てしまうとどうしてもその自然環境に近づけようと引っ張られてしまいそうで怖いのです。野生と飼育下では生きる根底の仕組みが違います。

飼育下は安全と食を保証しています。そのことを踏まえて施設を考えなければ、箱庭的に生息環境だけを再現しても観る側のヒトにはいいかもしれませんが、そこで暮らす動物にはまさに牢獄になる可能性があるように感じます。飼育下の動物から、野生での暮らしを想像できるようにと考えています。

どこの動物園でも人気者のレッサーパンダは仕草はいちいち可愛らしく、どこか無防備です。見ていて飽きると言うことがありません。飼育下生まれだからと言うことではなく警戒心よりも好奇心の方が勝ってしまうような感性、感覚を持っています。

動物園の飼育動物は人が飼いやすいように長い年月をかけて品種改良されていませんからイヌやネコのように慣れることはないのですが、レッサーパンダは僕ら飼育係が彼らの放飼場に入っても好物のリンゴなんかを持っていようものなら、それしか目に入らなくなり、仕舞いには足下から体のしがみつき這い上って来てしまったりします。

これは野生の生息地での捕食圧が低いこと、あるいは安全な生活圏を持っていることを反映しているのだと思います。飼育下生まれでも特別な調教などを行わない限り、本来の習性は失われることはありません。彼らのふるさとはなんておおらかな懐の深い自然なんだろうと想像してしまいます。

ネコパンチならぬレッサーパンチ(撮影・桜井省司、提供・株式会社LEGiON)

堀に降りるいたずら

そういえばこんなことがありました。旭山の施設はモート式と言って、檻で放飼場を仕切るのではなく堀で仕切っています。当然堀の中には降りて欲しくないのですが、リンリンという個体が堀に降りる常習犯になってしまいました。堀に飛び降りて雪や落ち葉で遊びます。

僕らは来園者からの通報等を受け、リンリンを捕まえて堀から上げてやります。リンリンはそのことが怖いことではないので降りても戻してもらえると学習してしまいました。そこで堀に降りたら怖い不愉快なことが待っていると学習させようとサッと首根っこを押さえて捕まえずに、追い詰めて威嚇してみました。

そのときの動画がこれです。ネコパンチならぬレッサーパンチです。負けたと感じていません。僕の威嚇攻撃は彼には効かなかったようです。どこまでも絵に描いたような「可愛い」動物です。

最後にレッサーパンダと言えば風太くん。2005年に「立った」ことで一大ブームを起こしました。風太くんに続けと、風太くんのいとこ、はとこも立つ、いやいやうちのも立つ、何秒立つ、立って歩く…立つことがレッサーパンダの価値を決める基準のようになりました。

塀で囲まれたり、木に登ることができなければ、立ち上がって外を見ようとするだけのことです。特定のポーズや仕草に価値をつけることは、本質的に相手を理解することではないし、「受ける」は「飽きる」で「次何をするの」になる。

樹上が本来の生活の場

当時動物園は全国的に来園者数が落ち込んでいた時期でした。パンダやコアラのようなカリスマ的に集客できる種がいなくなり飽きられていたのです。珍しい種を求め続け、姿形だけを見せ続けてきた結果でした。

そこに救世主のように現れた風太くん、種から個へのシフトです。人の社会も急速に全体から個の時代に向かっていた時代背景がありました。命は物のように目先を変えることで価値を持つ物ではないはず。

人気のレッサーパンダの吊り橋。渡り出すと歓声が上がる(撮影・桜井省司、提供・株式会社LEGiON)

そんな思いから動物園のブログで「レッサーパンダを見世物にしないで」を書き大炎上しました。ある動物園から絵はがきが届きました。逆立ちしているレッサーパンダでした「次はこれだ」と書いてありました。

風太くんブームに対する答えが、現在の旭山の吊り橋です。本来樹上が生活の場です。高いところからの目線が、彼らの感性を解放し生き生きと暮らせるはず、逆光の中木陰の木の股で休む「腹黒い」レッサーパンダを見上げると、まさに保護色です。

坂東元(ばんどう・げん)1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長(撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON)

旭山動物園には「珍しい」動物はいません。種のリストだけを見ると典型的な地方の動物園です。つまらない、飽きたからと来園者数が減り廃園の危機をむかえ、そのつまらない動物たちの引っ越しだけを続けて全国区になりました。

風太くんブームの時、まさに旭山動物園もブームになり始めていました。そんなおごりもあってブログを書いてしまった反省もあります。どの動物にもそれぞれの「凄い」があり「尊さ」があります。いい所のつまみ食いだけでは都合のいい愛し方しかできません。可愛い所、可愛くない所、嫌な所すべて含めて相手を理解して認め合うことが共に生きる原点だと言う思いが根底にあります。

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