アナクロニズムの魔法 武家屋敷街の角館樺細工伝承館『ポストモダン建築巡礼』

日経アーキテクチュア

高度経済成長期に建築された庁舎や文化施設などが建て替えの時期を迎えている。一部の貴重な建築物には保存活用を求めて要望書を提出する動きなどもあるが、あっさりと消えてしまう建物も多い。70年代後半から90年代はじめに建設されたポストモダン建築にもその波は及び始めている。今のうちにぜひ訪問しておきたい、ポストモダン建築の現地リポートを、ほのぼのとしたイラストとともにお届けする。今回は仙北市立角館樺細工伝承館。
所在地:秋田県仙北市角館町表町下丁10-1 構造:RC造一部S造 階数:地下1階・地上2階 延べ面積:2148m2 設計:大江宏建築事務所 構造:青木繁研究室 設備:森村協同設計事務所 展示:ユニデザインハウス・三輪智一 施工:大林組 竣工:1978年

東北の小京都と呼ばれる秋田県の角館町。現在は周辺の町村と合併して仙北市の一部となっている。この地で有名な伝統工芸品がある。ヤマザクラの樹皮を用いてつくる樺(かば)細工だ。角館町伝承館は樺細工をはじめとする地域の名産や、民俗資料を展示する施設として、1978年にオープンした。現在は名前を少し変え、仙北市立角館樺細工伝承館となっている。

場所は武家屋敷が集まる重要伝統的建造物群保存地区の真っただ中。立派な構えの古い門をくぐって敷地内に入ると、そこには何か懐かしい魅力をたたえながらも、ほかでは見たことがない奇妙な建物が建っている。屋根のシルエットはわらぶきの古民家を思い起こさせるが、レンガの壁は洋館風。そしてそこには、リカちゃんハウスのようなアーチ形の窓が開いている。その手前には列柱が並び、雪国の街に見られる雁(がん)木づくりを連想させる。近寄ってよく見ると、軒を支える細い丸柱はプレキャストコンクリート製なのであった。

入り口から内部を巡ると、展示室は普通だが、最後にたどり着く観光案内ホールが、アーチを組み合わせた小屋組みの国籍不明の空間になっている。展示棟に囲まれた中庭もパティオのようだ。

武家屋敷の通りに面した門から玄関をのぞく
回廊から中庭を見る

この建物では、和と洋、過去と現在が、念入りにシャッフルされている。

博物館としての機能を重視してこの建物を設計するなら、四角い箱を並べたモダニズムの建築となるだろう。一方、周りに建っている武家屋敷のことを意識するなら、純粋に和風建築のスタイルで建てればすんなりと納まりそうだ。しかしこの建物の設計者は、どちらの道も採らなかった。一体どうして、こんな不思議な建築をつくったのだろうか。

伝統とモダニズムが「併存混在」

設計したのは、大江宏である。東京帝国大学で丹下健三と机を並べて建築を学び、建築家として独立してからは、後に工学部長まで務めることになる法政大学の校舎(1953年、58年など)を手掛けて、モダニズムを代表する作家として名を成す。

ところがその生まれをさかのぼると、日本の伝統建築にどっぷりと漬かった環境だった。父親の大江新太郎は明治神宮の造営や日光東照宮の修理を担当した建築家。その建築的教養をふんだんに吸収して、大江は育ったのである。

わらぶき屋根を模したような観光案内ホールの屋根
軒を支える柱はプレキャストコンクリート製

その本領は60年代の作品から発揮されていく。たとえば香川県立文化会館(1965年)は、鉄筋コンクリートの躯体に日本の木造建築を重ね合わせたもの。すぐ近くに建つ丹下健三設計の香川県庁舎(1958年)が、日本の伝統美をモダニズムへと吸収統合しているの対し、文化会館では伝統とモダニズムが互いにゆずることなく同居している。こうした建築のあり方を、大江は「併存混在」(あるいは「混在併存」)というキーワードで説明した。

時をほぼ同じくして、米国のロバート・ヴェンチューリやイタリアのアルド・ロッシといった建築家が、歴史的な文脈を重視しようという建築論を著し、それにのっとった建築の実作が試されていくことになる。これがいわゆるポストモダン建築の始まりとされるわけだが、大江はその先駆者たちと図らずも歩みを合わせていたと言える。

建築の素型を探る

展示室。樺細工の名品や地元の民俗資料などを展示している

モダンからポストモダンへの流れは1970年代に、建築のみならず社会や文化を全体として巻き込んだ潮流となっていった。その変化を、時間に対する感覚の違いとして説明することもできる。

モダンの時代には、世界はだんだんと良くなっていくものと信じられていた。時間は過去から未来へと一方向に進むものとされていたのである。一方、ポストモダンの時代には過去と未来が不連続につながってしまうような感覚がある。

時代状況を理解するために、一本の映画に触れておきたい。ジョージ・ルーカス監督による『スター・ウォーズ』である。後にシリーズ化するが、その第1作(副題「新たなる希望」)は、角館町伝承館の竣工と同じ年に日本で公開されている。

冒頭のシーンを思い出そう。ジョン・ウィリアムズの有名な交響曲に合わせて、スクリーンの手前から奥へと文字が流れていく。その始まりは“ A long time ago in a galaxy far, far away…”。

観光案内ホールの内部。喫茶室も併設している

つまりこの映画で描かれているのは、はるか昔に遠い銀河で起こった出来事なのだ。ロボットや宇宙船といった未来的なテクノロジーの産物が画面狭しと動き回っていながらも、その時代は過去なのである。あえて時代を読み間違える態度。アナクロニズム(異なる時代の概念を混交すること)への志向が、そこには見て取れる。

『スター・ウォーズ』は、世界が抱える問題の提起や来るべき未来の予測といったそれまでのSF映画のシリアスなテーマから離れ、映画が本来持っている活劇の面白さを復活させることに成功する。過去のような未来。未来のような過去。そんな混乱を、人々は楽しみながら共有したのだ。

ルーカスと同じことを、大江宏も目指していたのではないか。時代にも地域にも縛られない、建築の素型を探ること。そのひとつの答えが、あの不思議な建築的ミクスチャー、角館町伝承館だったのである。

(ライター 磯達雄、イラスト 日経アーキテクチュア 宮沢洋)

[日経アーキテクチュア『ポストモダン建築巡礼』を基に再構成]

(参考)日経アーキテクチュア『ポストモダン建築巡礼』では、模索期の「千葉県立美術館」、隆盛期の「つくばセンタービル」、爛熟(らんじゅく)期の「ホテル川久」など、日本全国のポストモダン期の名建築50をイラスト入りでリポート。旅のお供にお薦めの一冊です。

ポストモダン建築巡礼

著者:磯 達雄、宮沢 洋
出版:日経BP社
価格:2,376円(税込み)