失敗から学んだ投資家ケインズの足跡

ケインズは37年の株価下落で痛手を被ったものの、この手法を守り、立て直しに成功する。46年に62歳で死去するまで個人資産と大学基金の運用で高い実績を上げた(グラフB)。

ケインズは金融資産よりもっと大きな遺産を残した。岩井克人・国際基督教大客員教授は「投資家としての経験が、新たな経済理論を生む原動力になった」とみる。その集大成が「雇用・利子および貨幣の一般理論」(36年)だ。同書の第12章で、投機的な色彩を強める株式市場を批判的に描写している(表C)。

「ババ抜き」の場に

株式市場はプロ同士が競争する市場であり、大衆心理を予測し価値の下がる株を他人に押しつけるトランプの「ババ抜き」のようになっている。自分が一番美人だと思う顔を選ぶのではなく、他の参加者たちがよいと思う見込みが高い顔を選ぶ「美人投票」にも似ていると分析している。

「株式相場が経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)から離れ、不安定になる原理を解明した」と岩井氏は説明する。投機的な株式市場は実体経済にも影響を及ぼし、不安定にする。同書で提唱した、財政出動による不況対策は、投機的な株式市場を安定させる処方箋でもあった。

29年の株価暴落で資産を失った経験を糧に、後世に残る経済理論を生み出した経済学者はもう1人いる。米エール大教授のアーヴィング・フィッシャーだ。株式投資で資産を形成し、会社の役員も務めていた。株価暴落後も「株価下落は一時的な現象だ」と唱えて信用を失った。

金融機関からの借り入れで株式を購入する人が多い場合、株価下落と債務返済が連鎖し、資産の投げ売りによって物価下落が加速するとみる「負債デフレ理論」(33年)は実体験に基づく理論だった。フィッシャーは投資家としては復活できず、自宅を大学に買い取らせ、家賃を払って住み続けたという。

ケインズは、市場の働きを万能視する主流派経済学と決別し、「ケインズ経済学」と呼ばれる新しい体系を生み出した。資産運用では、マクロ経済の見通しを重視する手法から、個別株の分析を重視する手法に切り替えた。藤田康範・慶大教授は「厳しい現実に直面しても諦めず、新しいことに挑戦し続けた結果、理論家としても投資家としても成功したのではないか」と話している。(編集委員 前田裕之)

[日本経済新聞朝刊2015年10月21日付]

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