失敗から学んだ投資家ケインズの足跡

現代マクロ経済学の基礎を築いた経済学者、ジョン・メイナード・ケインズは熱心な「投資家」でもあった。株式投資で成功したケインズに学べとの声が強まり、関連する著書が出版されている。投資家としてのケインズの歩みは順風満帆ではない。破産の危機も何度かあったケインズは苦い経験から何を学んだのか。

1883年生まれのケインズは20代から投資に熱を上げた。「ケインズと株式投資」(西野武彦著、日本経済新聞出版社)、「ケインズ 投資の教訓」(ジョン・F・ワシック著、町田敦夫訳、東洋経済新報社)などを参考に、投資家・ケインズの足跡をたどってみよう。

英ケンブリッジ大学キングスカレッジに入学したケインズは1905年ころに株式を購入し始め、卒業後に本格的な売買に乗り出した。根井雅弘・京大教授は「ケインズは株式投資を知性のゲームとして楽しんでいた」と解説する。

為替や商品取引も

多彩な趣味や交友関係にかかる費用を教職による収入だけで賄えず、不足分を補う意図もあったようだ。当初は、気に入った銘柄を短期売買する手法で金融資産を増やした。08年時点で約300英ポンドの資産は19年に約1万6千ポンドに膨らむ。

15年、英大蔵省に入ったケインズは、第1次大戦後のパリ講和会議で同省首席代表となった。ドイツに巨額の賠償金を求める連合国の方針に反対するが、受け入れられずに辞任した。30代後半で「気晴らし」に始めたのが外国為替取引だ。

支払い能力を超える賠償金を求められたドイツに注目し、大量のマルク売り・ドル買いを仕掛ける。ところが、予想に反して一時的にマルク高が進み、20年に約1万3千ポンドの資産を失う。父からの援助や銀行借り入れで破産の危機から脱出し、為替取引を再開した。

20年代には商品取引にも乗り出す。綿花から鉛、銅、ゴム、小麦などに対象を広げた。世界の経済情勢を予測し、大量の売買注文を出す投機的な取引に手を染めていく。金融資産は27年に約4万4千ポンドに増えた(グラフA)。資産運用の能力を評価され、この時期から母校の基金や生命保険会社の資産運用も担った。

2度目の大波は29年の世界大恐慌だ。株価暴落とともに物価も下落し、40代半ばにして個人資産の約8割を失った。マクロ経済の動向を踏まえて相場全体の流れを予測し、差益を狙う投資手法の限界を悟る。30年代以降、鉱業、商工業などの株式中心の投資に改めた。

ケインズは晩年、仕事仲間に送った手紙の中で株式投資で重視する点を明らかにしている。(1)将来性が高く、企業の本質的な価値に比べて割安な銘柄を選ぶ(2)経営陣への信頼(3)自信を持てる銘柄への集中投資(4)短期の相場変動に左右されない長期投資、などだ。

これは割安株に長期投資する「バリュー投資」の手法。「バリュー投資の父」と呼ばれるベンジャミン・グレアムの弟子である米著名投資家、ウォーレン・バフェット氏はケインズを評価し、手本にしている。

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