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法廷ものがたり

「がん隠した」、生保が支払い拒否 その真相は

2015/10/28

法廷ものがたり

裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

がんで亡くなった男性の遺族が保険会社に死亡保険金を請求したところ、支払いを拒まれた。保険料の滞納でいったん失効した保険契約を復活させる手続きをした際、がんの手術をうけたことを保険会社に告知しなかったというのが理由だった。だが、復活手続きの書類でがんを隠したのは実は男性ではなかった。

植木職人だった65歳の男性が4年にわたるがんとの闘いの末に亡くなった。直腸がんが見つかり、摘出手術を受けたが転移。再手術を受け、抗がん剤や放射線の治療も続けたが、病魔を退けることはできなかった。

男性はがんが見つかる4年前、58歳の時に生命保険に入っていた。付き合いの長い保険代理店の社員に勧誘され、死亡時の保険金が800万円、保険料は毎月1万5千円という契約を結んだ。

男性の死後、遺族は保険金を請求。ところが、保険会社は「保険契約の復活手続きの際にがんの手術を受けたことを隠した告知義務違反があった」とし、保険契約の解除を通知してきた。

保険料滞納で契約失効、がんの手術後に復活

男性は植木職人の仕事の収入が安定せず、保険料の支払口座の残高が足りなくて契約がストップしたことが何度かあった。その場合も3年以内に必要な手続きを取れば、契約を復活できる。停止するたびに男性は代理店社員を自宅に呼び、復活の手続きを取っていた。

保険会社が問題とした3回目の失効と復活手続きは、がんの転移が見つかって再手術を受け、抗がん剤などの治療を受けていた時期のことだった。その時点で代理店社員はすでに男性のがんを知っていた。最初に直腸がんが見つかったとき、男性から「がんで入院することになったが保険金は下りないのか」と問い合わせを受け、死亡時でなければ保険金は出ないと伝えていたのだ。

復活手続きのために訪れた代理店社員に対し、男性は「おまえのは痛くなくていいな。おれのはものすごく痛い」と顔をしかめた。社員はB型肝炎を患って治療を受けており、「おれのは痛くないけど、こんなに足がむくむ」とズボンの裾をまくって見せたうえで「おれはもう保険には入れません」と言った。

そんな話をしながら、2人は手続きの書類を机に広げた。告知書の記入欄に男性が手を伸ばすと、社員は「そっちは書かなくていいです」と遮り、署名欄のサインだけを求めた。契約書の「告知部分はありません」という欄には、社員が自分でチェックの印を付けた。

手続きが終わり、契約は復活。男性はその翌日に再び入院した。退院後も病院に通いながら治療を続けたが、抗がん剤の影響で体重が落ち込み、体力も回復しなかった。やがて歩くのも困難になり、1年後に息を引き取った。

死亡保険金の支払いを拒まれた遺族は保険会社を相手取って訴訟を起こした。「がんだと告知していたのに、代理店社員による『告知妨害』が原因で保険会社に伝わらなかった」と主張。「保険法は代理店社員による告知妨害の責任は保険会社が負うとしている」と訴えた。

対する保険会社側は「告知妨害はなかった」と反論。証人として出廷した代理店社員も「がんだとは知らなかった。足がむくむなどの世間話をした事実もない」と告知妨害を否定した。

保険代理店の社員は、部活の後輩

地裁の判決は代理店社員の証言の信用性を認めず、遺族の主張通り、保険会社に保険金800万円を支払うよう命じた。裁判官は判決理由で「一般個人は保険契約についての知識が乏しく、復活時の告知義務違反が契約解除の理由になると知るには、社員など専門家からの情報提供が必要だ」と指摘。「社員から『書かなくていい』と言われれば、信じてもやむを得ない。それを理由に保険金の支払いを拒むのは信義誠実の原則に反する」と判断した。判決はそのまま確定した。

代理店社員と男性は高校時代の野球部の先輩後輩。かつて共に白球を追って汗を流した仲だった。告知欄に記入しようとした男性を止めたのは、がんの痛みに苦しむ先輩を思っての行動だったのかもしれない。しかし、告知妨害ということになれば、保険業の登録取り消しだけでなく刑事罰の可能性もある。社員は法廷で「がんと知ったのは亡くなってから」と言い張り、遺族の怒りを買うことになった。

(社会部 山田薫)

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