女性ホルモンの真実 女性活躍社会の必須知識に日経BPヒット総合研究所 黒住紗織

日経BPヒット総合研究所

エンターテインメント、トレンド、健康・美容、消費、女性と働き方をテーマに、ヒット案内人が世相を切るコラム「ヒットのひみつ」。今回のキーワードは「女性ホルモンの教育」です。女性ホルモンが体に与える影響について知らないだけで、実は多大な労働損失が発生しているという調査結果もあります。
(写真:小野さやか)

「女性が子供を産み育てたいと思える環境」、そして「女性が活躍できる環境」の実現――。日本の重要課題である少子化問題も労働力問題も、女性の意欲とその実現にかかっている。これらをクリアするには何をすればいいのか。

女性をもっと積極的に管理職に登用する。保育園や学童施設を増やす。夫の育休を義務化する。不妊治療に助成金を出す…。

確かにこうした対策は悪くはない。しかし、それと合わせて力を入れるべきことがある。「女性の健康教育(女性ホルモン教育)」だ。女性ホルモンが体に与える影響について知らないだけで約5000億円の労働損失を招いているとの研究調査があり、産みたい人が産む機会を逃がしている現実もある。キーワードは「女性ホルモンの教育」。その重要性に気づいた大企業が、企業や学校への啓発活動に積極的に取り組み始めている。

健康やライフプランと密接に関係

女性は毎月の生理、また生殖期や更年期といった一生のスパンで、女性ホルモンに体調や気分、妊孕性(にんようせい:妊娠しやすさ)などを支配されている。しかし、今の日本では学校教育をはじめ、そうした知識をきちんと学ぶ機会はほとんどないといっていい。

だから、多くの女性が自分の健康やライフプランと女性ホルモンが密接に結びついていることを深く知らない。まして男性は、その関係を知ることの重要性にすら気づいていない。

女性に長く働いてほしい、かつ、子供も産んでほしいという課題を双方ともに実現するには、まずは「何が自分にいつ起きるのか。なぜ起こるのか」という知識を正しく伝える必要がある。

月経や更年期不調で昇進辞退は2~5割も

実際、知らぬがゆえに、学業や仕事面で不利益を被っていたり、妊娠・出産の機会を逃したりてしまう女性が数多くいる。例えば、毎月の生理前にイライラしたり、気分が落ち込んだりして、友人や家族、職場での人間関係が悪くしてしまう人がいる。これは女性ホルモンが引き起こす月経前症候群(PMS)と呼ばれる症状のせいである場合が多い。

各人の「性格」のせいではないし、対処法もあるのだが、PMS症状のある5人に1人(21.2%)は、仕事を辞めようと考えたり、実際に仕事を辞めたりしているという調査結果がある(2014年12月、ホルモンケア推進プロジェクト調べ。35~59歳の500人の女性対象)。昇進を辞退したという女性も17%いる。

ホルモンのバランス変化で起こる月経前症候群(PMS)で仕事や昇進をあきらめる女性もいる(ホルモンケア推進プロジェクト調べ:35~59歳の女性500人対象)

また50歳前後に体調が悪くなり、イライラしたり、活力が落ちたりして、疲れやすくなるのは女性ホルモンが激減する更年期の影響である場合が多い。こうした症状のせいで仕事を辞めたり、辞めようと悩んだことがある女性は4割弱もおり、「昇進を辞退したことがある」と答えた人は50%にのぼる。

更年期障害に悩み、50%の女性が昇進を辞退(ホルモンケア推進プロジェクト調べ、同上)

国は女性管理職が増えるよう推進しているが、女性が管理職になるピーク年齢の35~50歳ごろは、ちょうど、女性ホルモンの波の変動や、潮目自体の大きな変化の影響を受けやすい時期(PMSや更年期の症状に悩まされる時期)と重なっている。

女性が自分の体に起きる変化とその対処法についてあらかじめ知識を持っていれば、生活の見直しや治療を受けるなどの方法で症状の軽減や回避ができる。だが実際には仕事を辞めたり、昇進を断わったりする女性がいる。これは本人にとっても雇用企業にとっても国にとっても大きな損失だ。

バイエル薬品が行った研究結果[注1]では、通院費や市販薬の費用、欠勤や仕事の能率の低下などの労働損失を合わせた月経随伴症状による社会経済的負担の年間推計は6828億円に上ることが分かった。このうち、症状に適切な対処ができていないことによる欠勤や生産性の低下などの「労働損失」は72%を占め、推計額は4911億円となる。

「妊娠しやすさ」に関する正答率はわずか40%

一方、妊娠についての知識の低さも、国際的に際立っている。世界18カ国の男女に対し「妊娠しやすさ」についての質問への正答率を調べた研究論文では、日本人女性の正答率は40%を下回り、下から2番目だった[注2]

いつまでも妊娠ができると思い込んで仕事を優先してしまい、いざ、出産を考えて病院に相談に行くと、もうほとんど妊娠は難しい年齢だという事実を告げられた…。実際、そうした女性が筆者の周りに何人もいる。現実的には、女性は35歳を過ぎたら妊娠力は衰え、40歳で高度な不妊治療をしても出産にこぎつけるのは8%程度、45歳では1%以下になるという。これだけ生殖医療の技術が進んでも、自然の摂理には抗えないのだ。

日本人男女の「妊娠しやすさ」に関する知識は先進国でも最低レベル(グラフは女性の平均スコア)

「早くこの事実を知っていたら、もっと若いうちに出産計画を立てていた。私も子供が産めたかもしれない」。こんな後悔を抱く女性を減らすためにも、広く男女に向けて「女性の健康教育(女性ホルモン教育)」を行うことが望ましい。もちろん、すでにこの問題点に目を向け、草の根的に啓蒙活動を続けてきた人々は少なくない。

そんな中、注目したいのが、最近になって大企業が積極的に「女性ホルモンの教育」啓発活動に乗り出してきている点だ。

高校に婦人科医を派遣

バイエル薬品では、国内の高校を対象に婦人科医を派遣し、授業を行ってもらう『かがやきスクール』プロジェクトを立ち上げている。希望する学校を募り、女性の体と妊娠のメカニズム、月経トラブルへの対処法、婦人科の病気の基礎知識、避妊の仕方や妊娠適齢期などの話題の中から、学校側と相談して話題を選び、趣旨に賛同したその地域の婦人科医に出前授業をしてもらう。

6月11日に奈良女子高等学校で実施したバイエル薬品の出張授業『かがやきスクール』。このプロジェクトは、生徒だけでなく教師からの反響も高い

地元医師を派遣するのは、生徒が実際に相談事を抱えたとき、医師の顔を思い出してもらいたい、婦人科受診の敷居を下げたいとの思いが込められている。出前授業の資料はバイエル薬品が作成し、医師が希望すれば提供する。

「知識は行動をサポートする。だからなるべく早く、一定の年齢までに月経や妊娠などの正しい知識を持ってもらうことが重要。ワークライフバランスを考える際に役立つだけでなく、月経痛がつらいときは婦人科医に相談できるなどの現実的な対処法も知ってもらえるし、望まない妊娠を防げる可能性も高まる。高校生なら、より自分事としてこの問題をとらえられる年齢であり、必要なら行動に移せる年齢だから影響力が大きいと考えた」と話すのは、バイエル薬品で『かがやきスクール』プロジェクトを推進する木戸口結子さんだ。

2014年12月の沖縄の高校を皮切りに、2015年は11都市25カ所で実施する計画で、すでに7月までに7校で授業が終了。「予定数の倍の応募があった。女子生徒だけ、男子生徒も、親も一緒に、と受講者は学校によって様々。生徒からは「受験日に月経をずらせる方法があると分かって安心した」「ずっと生理がないのは、良くないと分かった。婦人科に行こうと思う」などの声が挙がっている。

先生や親からも、「この話を自分が高校生の時に聞けていたら違っていたのに」「キャリアプラン=ライフプランと思っていたが、妊娠・出産の概念が抜けていた。今後は出産も入れて教えたい」といった声が寄せられ、手ごたえを感じているという。「実施前と後の調査結果を積み上げ、何年後かに、“正しい知識を持っているだけで、貢献できることがある”ことを証明したい」と木戸口さんは話す。

セミナー後、月経周期の乱れや月経痛の裏に、子宮内膜症などの病気が隠れている場合があることを9割以上が認識(データ:出張授業の前後の知識の変化について、三重県、千葉県、奈良県、東京都2校、埼玉県、兵庫県の7校の高校生2000人余りを対象にバイエル薬品が2015年6~7月に実施した調査)

企業向けの出前講座も

一方、要望がある企業向けに『ホルケア(ホルモンケア)サロン』出張セミナーを始めているのは、大塚製薬が主体となって立ち上げた『ホルモンケア推進プロジェクト』だ。「女性が長く働き続けるために向き合うべき女性ホルモンについて、女性自身の健康リテラシーの向上と、男性の理解促進への貢献」を目的に2014年にプロジェクトはスタート。大学生や一般女性を対象にセミナーを実施してきたが、2015年7月から新たに企業への出張セミナープログラムを開始。産婦人科医、管理栄養士、キャリアカウンセラーなど、話者やテーマは企業が希望に合わせて選択できる。

出張セミナーの第一弾は7月に実施したサイバーエージェントの社員向け講座だ。IT(情報技術)企業の同社は、女性社員が出産・育児を経ても長く働ける職場環境づくりに熱心な企業として知られる。

当日は、就業後の夜7時から渋谷の同社会議室に女性社員が集まり、月経と妊娠の話や更年期の症状や対策、更年期以降に気を付けたい生活習慣病などとホルモンの関係、食生活の注意点などを、データをもとに婦人科医が解説した。

「大人になってからきちんと体のことを聞ける機会がなかったので、貴重な機会だった」「閉経前後の話は普段の生活では耳に入ってこない。その情報が聞けて有用だった」など、アンケートでは全員が前向きに評価。「女性は責任ある職責を任せられやすい社会環境になってきているが、女性ならではの不調や悩みについての情報が圧倒的に不足しており、不調や悩みを解決できていない。健康の意味が女性と男性で異なることをまずは女性が、次に現在の経営陣の多数派である男性の理解が得られることがカギだと感じる」と、このプロジェクトを推進する大塚製薬の黒木久美子さん。

まずは足元から、との思いを込め、黒木さんは10月から社内の男女を対象に、女性の健康をテーマにしたセミナーの実施も進めている。

7月、渋谷のサイバーエージェント会議室行われた女性ホルモンの出張セミナー「ホルケアサロン」では、女性社員が熱心にメモを取っていた

両社のプロジェクトの背景には、バイエル薬品はホルモン剤などの婦人科薬の、大塚製薬は大豆イソフラボンという健康成分の進化形である「エクオール」という成分のサプリメント市場を拡大する地ならしという目的がある。

しかしプロジェクトを率いる女性たちに共通するのは、その目的以上に「女性がもっと伸びやかに生きられるように、知ってほしい」という強い使命感だ。企業、政治を含む社会全体が「女性の健康教育」の重要性に目を向け、実際に動き始めてこそ、少子化・女性の活躍推進の解決の知恵や支援の推進力が生まれてくる。女性の健康をサポートする製品の市場拡大もそこから始まる。

[注1]15~-49歳の2万1477人の女性を対象に2011年に行ったオンライン調査。Tanaka E, Momoeda M, Osuga Y et al. Burden of menstrual symptoms in Japanese women: results from a survey-based study. Journal of Medical Economics 2013; Vol. 16, No. 11 :1255-1266
[注2]Human Reproduction, .28, .2. 385~397, 2013
黒住紗織(くろずみ・さおり) 日経BPヒット総合研究所主任研究員。日経BP社ビズライフ局プロデューサー。サンケイリビング新聞社を経て、90年、日経BP社入社。『日経レストラン』『日経ベンチャー』などの記者を経て、2000年より『日経ヘルス』編集部。その後『日経ヘルスプルミエ』編集部 編集委員など。女性の健康、予防分野の中で、主に女性医療分野を中心に取材活動を行う。女性の健康とワーク・ライフ・バランス推進員
[参考] 日経BPヒット総合研究所(http://hitsouken.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見を基に、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。