ナショジオ

睡眠

知ってるようで知らない時差ボケ対策

2015/11/3

ナショナルジオグラフィック日本版

三島: さて、今回は時差ボケについての補講です。時差ボケは奥が深くて難解なテーマの一つなので、もっとわかりやすく解説しながら、時差ボケを軽くする対策について、ヒツジ君やトリ君と一緒に考えてみたいと思います。

ヒツジ&トリ: よろしくお願いしまーす!

三島: 前回解説したように時差ボケの原因は大きく3つに分けられます。

時差ボケの原因
(1)環境要因:機内での睡眠不足、低気圧による酸素不足、アルコールによる睡眠の質の低下、揺れによる乗り物酔い、疲労など
(2)外的脱同調:睡眠担当の子時計と渡航先の昼夜リズム(生活時間)のズレ
(3)内的脱同調:渡航先時刻に同調する速さが異なることで生じる子時計同士の時刻のズレ

三島: まず、1の環境要因は感覚的に分かるよね。睡眠医学的にはあまり「面白くない」部分なんだけど、旅行先での体調管理という点では影響が大きいんだ。普段の生活でも寝不足で体調を崩すことあるよね。旅行に向かう高揚感から軽い乗り物酔いに気づかない人もいるよ。2人は何か機内で時差ボケ対策してるかな。

ヒツジ: はい、私は青竹踏みでリラックス。高性能耳栓で雑音をシャットアウト。水分を十分にとって脱水対策です。

トリ: ヒツジ、青竹って何だよ、年寄り臭いな(笑)俺はね、飛行前日にバリバリ徹夜。溜まった仕事をガーッとやる。そして眠気を溜めて機内で寝続ける! でもこの前は成田に向かう電車内で熟睡しちゃったんだよな、あれは大失敗だった。

三島: みんないろいろと工夫してるんだね。少し冷たい言い方に聞こえるかもしれないけど、この環境要因については自分で効果を実感できるメソッドを経験的に見つけ出すしかない。というのも、少し堅苦しく言えば、多くの人にキチンと効果があると実証された、機内でできる時差ボケ対策法がないんだ。青竹だって効果が出る人もいる、心理的効果も含めてね。トリ君も他人の時差ボケ対策を一概に効果が無いと決めつけちゃイカンよ。

トリ: なんか、「鰯の頭も信心から」みたいな話だなぁ…。

三島: いや、睡眠不足や低酸素、乗り物酔いなどは時差ボケのリスクを高めることは間違いないので、後は各自で対策をとってください、ということです。

 次は本題の外的脱同調と内的脱同調だ。この区別は難しいので頑張って勉強して欲しいな。

ヒツジ: 外的脱同調は「睡眠担当の子時計と渡航先の昼夜リズム(生活時間)のズレ」ってことですが、親時計とかほかの子時計は影響しないんですか。

(C)PIXTA

三島: ナイスクエスチョンです。もちろん他の子時計のズレも影響します。ただ、睡眠担当の子時計のズレが旅行者にとって一番悩ましいってこと。

 体内時計のシステムは二段構造になっていて、最初に親時計である視交叉上核が時刻情報を発して、次いで子時計たちが受け取った時刻情報に合わせてさまざまな生体機能リズムを作り出していることは前回も説明したね。オーケストラで例えれば指揮者と演奏者の関係です。

 子時計が担当する生体リズムの中には睡眠のほか、血圧や脈拍、消化吸収、免疫、ホルモンなど臓器や生体機能ごとに担当する子時計がある。どの子時計がテンポを乱しても演奏が台無しになるけど、旅行先で一番辛いのが眠気や不眠なので、一般的には時差ボケと言えば睡眠調節担当の子時計(睡眠子時計)と現地の昼夜リズムのズレによって生じる睡眠問題のことを指すことが多いんだ。

ヒツジ: じゃあ、胃腸症状が一番苦しい旅行者にとっては胃腸子時計のズレが原因ってことですか。

三島: その通り! 時差ボケの症状やその原因は人それぞれ異なるってことです。

トリ: 睡眠子時計っていう名前は分かりやすいんだけど、具体的には何なのかな。

三島: 睡眠調節に関わる生体機能には、自律神経、ホルモン、脳内神経伝達物質、ひいては特定の神経細胞の活動など多数あってそれぞれ日内リズムを刻んでいるんだ。その1つ1つが睡眠子時計なんだよ。これら睡眠子時計が現地時刻からズレている限り、すなわち外的脱同調が解消されない限り不眠や眠気は続くんだ。

トリ: 睡眠子時計はどうやって計るんだろ。

三島: 睡眠子時計をすべて計るのは不可能だし、現地時刻への同調速度もまちまちだけど、一番重視されている睡眠子時計はメラトニンと深部体温リズムだね。人でも測定することが可能で、睡眠に与える影響も大きいからなんだ。オーケストラで言えば第一バイオリンのコンサートマスターといったところかな。

 外的脱同調のメカニズムと対処法を理解するために、1周24時間の陸上競技用トラックを走るウサイン・ボルト、ヒツジ君、トリ君を想像してみて(図)。ボルトが親時計だとすると、ヒツジ君が睡眠子時計、そしてトリ君がその他の子時計って役割分担だね。

(イラスト:三島由美子)

 スタートラインを日本時間としよう。飛行機で到着すると同時に現地時刻に向けて一斉にスタートだ。たとえば、時差が13時間のニューヨークの場合は半周とちょっと先あたりがゴールになるね。ゴールインすれば渡航先の現地時刻に同調したと考えます。では、ヨーイ、……

トリ: ちょ、ちょっと待って。 俺っち、羽ばたいてもイイっすか。小走りじゃ、圧倒的に不利なもんで。

三島: あはは。だから鈍足の子時計役をやってもらうんだよ。じゃあ、準備はイイかな。ヨーイ、スタート。

(ボルトがあっという間にゴールインして、次いでヒツジ君がゴールイン。トリ君は未だ必死で走行中)

三島: お疲れさま。睡眠子時計役のヒツジ君がゴールした段階で不眠や眠気は改善だね。ヒツジ君のスピードはいつも同じなので、外的脱同調が解消するまでの期間は走らなきゃならないトラックの距離、つまり時差の大きさで決まる。ハワイに行くのとニューヨークに行くのでは時差ボケの程度は全然違います。これは分かるよね。

 ただ、外的脱同調の持続期間を決めるもう2つ大きな要素があるんだ。これは時差ボケ対策の上でも大きなポイントになります。

 答えを言っちゃうと、その2つとは、トラックを「どちら向きに走るか」、そして、トラックに吹く「風向き」なんだ。

ヒツジ: 「どちら向きに走るか」の走る向きというのは、ヨーロッパに向かう西行き飛行と米国に向かう東行き飛行のことですか。

三島: 惜しい! それは昼夜リズムがズレる方向だね。正解は海外旅行で昼夜リズムがズレたときに、睡眠子時計(体温やメラトニンリズム)が走る方向のこと。

ヒツジ: えっ? 同じ方向に進むんじゃないんですか。

三島: ふ、ふ、ふ、それはどうかな。

三島: じゃあ、具体例で説明しよう。ロンドンとロサンゼルスはともに日本時間から8時間昼夜がずれているけど方向が違うよね。ロンドン(西行き飛行)では日本より8時間遅れで夜がやってくる(これを時差8時間と呼ぶ)。一方、ロス(東行き飛行)では日本より16時間遅れで夜がやってくる(時差16時間)。言い換えれば、24時間マイナス16時間イコール8時間、夜が早くやってくる。

 ここで再度ヒツジ君に質問です。16時間遅れのロス時刻に同調するため睡眠子時計は24時間トラックをどっちの方向に走る?

ヒツジ: え? 普通に3時、6時、12時方向へと右回りに走って……

三島: えー、ヒツジ君は真面目だなぁ(笑)

トリ: 鈍くさいなー、左回りの方が近いだろ!

三島:抜け目なさではトリ君に軍配かな(笑)。実際、ロスに渡航した人の7、8割は左回りで同調するようです。でも、少数派だけどヒツジ君のように右回りで同調しようとする人もいて、この場合はゴールまでかなりかかるため、時差ボケが長引くんだ。でも、どうして同調する方向に個人差が出るのかはよく分かっていません。

 対策として、渡航の数日前から現地時間に睡眠スケジュールをできるだけ合わせようとする人もいるよ。睡眠子時計を少しでも動かしておこうという狙いで、西行きでは遅寝を、東行きでは早寝をするなどね。

 日本で遅寝をして夜間照明を多めに浴びる、朝寝坊をして午前中はできるだけ遮光をするなどの工夫で、睡眠子時計は遅れてロンドン時刻に近づく。でもロス向けに早寝をするのは第21回でも話題になった「睡眠禁止ゾーン」の影響もあってかなり大変なんだ。少しでも午前中の日光を多めに浴びて時計を早めておくのは一定の効果があるよ。

 「どちら向きに走るか」はこのくらいにして、今後はトラックに吹く「風向き」とは何か分かるな。

 体内時計の周期は平均すると24時間より長いので、体内時計は遅れる方向に動きやすい。24時間トラックで例えると右回りに追い風が吹いていることを「風向き」と表現したんだ。しかも、夜型傾向の強い人には強めの風が吹いている。

 ロンドン行きよりもロス行きの方が時差ボケが長引きやすいのは、どちらもゴールまでの距離は8時間だけど、追い風を受ける右回りの方が早く到着できるためなんだ。実際、ロンドン行きでは5~6日で睡眠子時計が同調するのに対して、ロス行きの場合は8~9日かかるんだよ。

トリ: 渡航前の光の浴び方は分かったけど、現地に着いてからはどうすればいいんだろ。

日本、ロサンゼルス、ロンドンでの睡眠時間帯はいずれも現地時刻で0時~7時に該当する。渡航先でどの時間帯に太陽光を浴びると睡眠子時計が睡眠時間帯と同調しやすいか図示した。ただし、この時差ボケ解消に有効な日光浴の時間帯は渡航直後の数日間のみ成り立っており、渡航後は日々変化していく(本文参照)

三島: ロス行きの場合を例に説明すると、時差ボケ解消のためには親時計に合わせてできるだけ早く睡眠子時計を8時間前進させるといいよね。そのためには、渡航してから数日間、計画的に光を浴びる時間帯を調整すると効果的なんだ。

 まず渡航初日。まだ睡眠子時計は日本時間だから、光を浴びると睡眠子時計のリズムが大きく前進する日本時間の朝6時、12時あたり、ロス時間では14時、20時あたりで太陽光を浴びるといいよ。ただ、ロス時間で午前から昼過ぎにかけての太陽光はリズムを逆に大幅に遅らせるので外出の際は濃いサングラスを着用した方がいいね。

 2日目以降は体内時計システム全体が徐々に前倒しになって、光を浴びる時間とそのリズムシフト効果も連動して前倒しになるので、それに合わせて光を浴びる時間も早めにしていくんだ。2日目はロス時間で午前12時ころから、3日目は10時頃から、4日目からは起床時から太陽光を浴びてもOKだよ。

トリ: ロンドンの場合は。

三島: 逆に時計を8時間遅らせるとよいので、渡航初日は光でリズムが後退する日本時間の16時、深夜あたり、ロンドン時間で朝8時、夕方あたりで太陽光を浴びる。つまり現地の昼間に合わせて気兼ねなく光をたっぷり浴びてOKです。この意味からも西向き飛行での旅行は時差ボケが軽くて済むんだよね。

 でも、ここまで話しておいて何だけど、現地に同調すればするほど帰国後に苦労するってことは忘れないでね。だから3日程度の短いビジネス出張なんかの時は、むしろ体内時計を日本時間から動かさないようにして、現地での眠気はカフェイン等で対処する人もいます。これも一つの考え方です。

ヒツジ: 先生! もう字数が目一杯で内的脱同調を説明する時間がありません!

三島: うーん、困った…。内的脱同調はトリ君がゴールするまで解消できないんだけど、先にも説明したように体の臓器や機能ごとに子時計の足の速さが違うんだ。消化器なんか1カ月かかってもゴールできないようで、それだとゴールする頃には帰国しちゃってる。となると、トリ君はゴールする前にまたスタートラインに逆走する羽目になるよね。

 正直なところ、1、2週間程度の海外旅行の場合には内的脱同調については効果的な対策法がないんだ。鈍足の子時計には渡航中もスタートラインでじっとしてくれていた方が帰国後に助かるというか……。

 ここら辺のお話はややこしい内容になるので、別の機会にしようかな。トリ君、走っている途中で恐縮だけど、お疲れ様!

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2015年9月17日付の記事を再構成]

8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識

著者:川端 裕人, 三島 和夫
出版:日経BP社
価格:1,512円(税込み)

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