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豪華スイーツ列車で水戸岡デザインの神髄を味わう

2015/10/21

日経デザイン

2015年8月8日、JR九州に新たな豪華列車が登場した。ドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治・代表がデザイン、設計を担当した「或る列車」は、クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」に次ぐラグジュアリーな内外装を目指した。その徹底したモノづくりの現場から、水戸岡デザインの神髄に迫る。
「或る列車」の走行区間は大分-日田(2015年8月~10月)と佐世保-長崎(2015 年11月~2016年3月)の2路線

九州旅客鉄道(JR九州)が8月8日に運行を開始した「JRKYUSHU SWEET TRAIN『或る列車』」は、豪華クルーズトレインとして名高い「ななつ星 in 九州」に次ぐラグジュアリーな列車デザインと、名パティシエによるスイーツのコースを車内で楽しめるという話題性で、早くも人気を博している。

8月から10月までは大分駅と日田駅の間、11月から2016年3月は佐世保駅と長崎駅の間を1日1往復、午前便と午後便の2コースを設定。およそ2時間半の列車旅行にスイーツをメーンとする料理が付いて、大人1人2万1500円(個室車両2人利用の場合)。決して安価ではない価格設定にもかかわらず、すでにJR九州主催分の大分コースは満席、各旅行会社の企画旅行もほぼ予約で完売している状況だ。

或る列車は2両編成で、40年近く前に実際に走っていた車両がベースになっている。ゼロから新車両を開発するほど予算をかけられないが、手に入るものを可能な限り改善して新鮮に見せることができるのがデザインの力だ。

「或る列車」は旧JR唐津線を走行していた車両キハ47形(写真右手)がベース。列車の心臓部とも呼ばれる車輪などの駆動部分を整備し直して活用した

■旧列車をデザインでよみがえらせる

「古いものを大勢の人が手間と時間をかけ、技術を尽くしてよみがえらせれば、上質なサービスは後から付いてくる」。ななつ星で最高のおもてなしに欠かせない舞台装置を作り上げたドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治・代表は、或る列車のデザインでも徹底して職人技を取り入れた。

主にメープル材を使用した明るい印象の1号車
ウオールナット材で落ち着いた雰囲気の2号車

内装は木が中心で、1号車は明るいメープル材、2号車はウオールナット材が異なる雰囲気を醸し出す。組子細工の格子には、或る列車のために水戸岡氏がデザインしたエンブレムが彫り込まれ、コンパートメントの引き戸には、雪見障子の要領で上下する小さな窓を工夫した。この小窓は、通路からコンパートメント内にスイーツをサービスする際に活躍する。小窓には、列車の振動で閉まってしまわないように小さな木製のピンを取り付けてある。これらの細かな気配りはすべて職人の手技によるものだ。

窓やコンパートメントの扉は組子細工
車内に設置された家具類を、削り残しや危険な箇所がないかどうか手で触って確かめる水戸岡鋭治氏

カーペットやカーテン、椅子の布地は、ブドウやアイビーなどさまざまな植物をモチーフにした華やかな柄が施されている。あえて柄を合わせず、統一しないことで、懐かしい温かみのある空間を創出している。

通路やトイレの壁、床、天井に異なる柄のタイルを組み合わせたり、バイオリンにも使われる高級材のホワイトシャモアをトイレに貼り込んだりと、目を奪うような装飾は細部まで徹底している。

わずか2両の列車だから、どのパーツも大量生産とはいかない。各製造会社は試行錯誤を繰り返しながら、水戸岡デザインの実現に全力で応じている。「経済性をデザインに組み込む時代に逆行しているかもしれない。でも、職人技を使うことで日本の技を守りたい。美しいけれど物語性のない質素さよりも、飾り立てて、かつての列車が与えてくれた楽しさを体験してもらいたい」(水戸岡氏)。

家具は基本的にすべて無垢材。アシンメトリーな肘かけは、通路から出入りしやすくする配慮
座席を仕切るパネルやテーブル脚なども含めて開発を担当した鎚絵の大野浩介氏。列車正面の顔となる唐草模様は6mm厚の鉄板を抜いてから溶射加工した

ななつ星の印象的なフロントグリルを担当した鎚絵(本社 北九州市)は、今回も座席を仕切るガラス張りのパーティションやテーブルの金属製脚部、エンブレム類のほか、列車の顔となる正面の唐草模様のパネルを手がけている。

6mm厚の鉄板を唐草模様にカットし、風合いを出すための溶射加工を施したパネルの表面は、独特な質感を放つ。開発を担当した鎚絵の大野浩介・東京営業所所長意匠部部長兼任は「真ちゅうで作るときれいに輝きすぎてしまう。水戸岡さんがイメージする光らせ方には、この方法がベストだった」と振り返る。

列車のフロント部に立体的に張り巡らせるため、実寸大の模型を用意し、模様を抜いた後に車体のカーブに合わせて曲げた。板の状態では1枚63kgあった重さが、抜いて唐草模様にすると30kgを切った。「『表面積に対して1/3くらいの模様の密度にしたから重さも同じくらい減るよ』と水戸岡さんに言われたとおり」(大野氏)。豪奢な装飾の数々は、計算し尽くされたデザインの上に成り立っているのである。

座席を仕切るパネル
テーブル脚の開発も鎚絵が担当した

■地元の元気を伝える存在

或る列車の外観デザインは、横浜市にある「原鉄道模型博物館」の創設者で、鉄道模型愛好家として知られる故・原信太郎氏が制作した模型に由来する。明治時代、当時の九州鉄道が発注して製造されたものの、活躍する機会がなかった幻の客車を、模型の姿から水戸岡氏がよみがえらせた。

鉄板製で凹凸のあった旧車体は手作業で何度も磨かれ、金色と黒色で塗装。鏡面仕上げを施した黒い窓には、エンブレムをいくつも貼ってある。これは、胸にバッジをたくさん付けた子供のように、走っている場所を誇らしく思う気持ちを込めたものだ。「1往復でもいいから毎日走行させて、話題になることが大切。観光列車は、地域の魅力や地元の元気なパワーを伝える存在でなければならない」(水戸岡氏)。

だからこの列車は「がんばって街おこしをしている地域だけを走る」(同)。乗る人にとっても、地元の人にとっても、いわば「ご褒美」のような存在なのだ。

列車をきっかけに、沿線や駅に人が集まり、さらに駅から街へ広がる。列車が走る風景をひと目見ようと、大勢が注目する。そうしたエネルギーから、鉄道と地域が密着して生まれる新しい街づくりの可能性も開ける。水戸岡氏が描く鉄道と街のデザインだ。

(ライター 高橋美礼)

[日経デザイン 2015年9月号の記事を再構成]

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