会社人生は「敗北主義」で構わない経済コラムニスト 大江英樹

藤岡和賀夫さんという電通出身の広告プロデューサーの方がいます。残念なことに今年7月に鬼籍に入られたのですが、大変素晴らしい方でした。国鉄時代に「ディスカバー・ジャパン」という広告キャンペーンをやったり、「モーレツからビューティフルへ」というコピーで一世を風靡したりと、私ぐらいの年代の方であれば覚えてらっしゃる方も多いと思います。

その藤岡さんが1989年に出された「オフィスプレーヤーへの道」(文芸春秋刊)という本があります。私が自分の会社人生において仕事を考える上で最も影響を受けた一冊でした。オフィスプレーヤーというのはオフィスワーカーに対する言葉で、仕事を苦役ととらえず、自分が面白いと思う仕事をやって楽しむべきだという意味が込められています。この本の中で藤岡さんは仕事に対する考え方を色々と述べられているのですが、中でも私の心にしみたのは、「会社において“出世する”というのは社長になることだけだ。後は副社長まで行こうが、取締役になろうが、平社員で終わろうがみんな一緒なのだ」というフレーズです。

確かにそうかもしれません。会社のトップである社長はあらゆる経営の権限を掌握します。社長からみると、その他の人は部下。出世というのは一つひとつ階段を上っていくものですが、社長になることだけが「出世」であるならば、あとはただの人です。専務も部長も課長も組織の中では単なる一つの役割に過ぎません。副社長ですら社史に名前はあまり載りません。

昔聞いたサラリーマン川柳に「一人ずつ友を減らして出世する」というのがありましたが、もし社長になれるのだとしたら、友を無くしても勝負をかけていいと思う人もいるでしょう。それも一つの素晴らしい人生です。しかし、社長というのは実力だけでなれるわけではなく、運も大きく左右します。

だとすれば、極めて確率の低い賭けに挑戦するよりも、「自分が本当に面白いと思える仕事をやってみるほうがいいのではないか?」。私はそう思いました。もちろん、私は自分が社長になれるなどとはみじんも思っていませんでしたが、正直いうともう少し昇格したいというくらいの気持ちはありました。

ところがこの藤岡さんのひと言が私の会社観を変えたといっても過言ではありません。当時私は管理職になっていましたが、この頃から気持ちの上では部下を管理するラインの長よりも職人として自分の仕事を全うする専門職に強い魅力を感じるようになったのです。

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