この10年近く、毎年大型客船「飛鳥2」でステージに立つ。船旅は約1カ月。前回は南太平洋を巡り、その前は北欧を旅した。次は南米と南極を訪れる予定だ。「おかげで各国の美味に接する機会が増えた。なかでもエジプト料理とトルコ料理がおいしかった」
エジプト、トルコ料理に舌鼓
エジプト料理で印象的だったのはババガヌーグ。焼きナスや豆類をペースト状にしたもので、パンにつけて食べる。濃いめの香辛料を使い、スパイシーな味わいだ。トルコ料理では塩サバとトマト、タマネギ、西洋パセリなどをパンにはさんだ「サバサンド」だ。パイにハチミツ、生クリーム、アイスクリームをかけて食べるスイーツは世界一甘いと思えた。
ただ、旅も後半になると日本食が恋しくなる。「一番は和食、ご飯ですね。白米は産地の栽培方法で味が違う。ソバもいろんなタイプがありますよね」
おいしいものを探して食べ歩くのが好きだ。評判を聞いて訪れるだけでなく、自分で車を運転しているとき、気になった店があると入ってみる。「ハズレも多いが、おいしい店に当たると通い詰めるんです」
料理に興味を持ったのは、バンドを組んでいたミュージシャンの加藤和彦さんがきっかけ。料理好きだった加藤さんは「よく僕ら音楽仲間を自宅に招いてごちそうしてくれた」。自ら腕を振るう料理には驚かされた。「なかでも、ホウレンソウが入ったインドカレーがとてもうまかった。加藤さんに『男も料理する時代になる』といわれ、自分でも料理を始めた」
料理について一度興味を持つと、もっと広く深く知りたくなった。これは、音楽でも変わらぬ私の性分なのかもしれない。
生まれは福島県。家族の疎開先だった。生後4カ月のとき東京に戻った。実家は理髪店。8人兄弟の末っ子として育った。
家にはいつも歌が流れていた。母は毎朝、数人の弟子たちと歌いながら店内を掃除していた。小学生の自分は手伝いながらその歌を覚えた。兄たちはギターの弾き語り。映画好きの姉は劇中歌を歌っていた。
中学時代にドラムに興味
ドラムに興味を持ったのは中学時代。教室に通わせてもらうようになり、めきめき腕を上げた。高校在学中にジャズクラブなどで演奏。1967年に鈴木弘氏の「ハッピーキャッツ」でプロデビューした。70年には渡辺貞夫カルテットに参加。翌年、歌手として「メリー・ジェーン」を発表しロングヒットとなった。加藤さんとの出会いもこの頃のことだ。
ジャズからロック、他の歌手への楽曲提供と活動の幅もぐんぐん広がり、海外の大物との共演も続いた。「特定のジャンルのドラマーといわれるのはいや。ジャズでもロックでも、歌謡曲のバック演奏でも、全部できてはじめてドラマーといえると思うから」
公演から帰ると、自宅で料理をした。和洋中、なんでも作れるようになっていた。結婚したとき妻をびっくりさせたのは、キッチンにある調理道具の充実ぶり。包丁一つとっても柳刃、出刃はもちろん、牛刀まであった。当時の一般家庭では珍しかったガスオーブンや電子レンジもあった。
おいしい店探し、妻が再現
「結婚したら、妻が作る料理を食べるでしょう。妻においしいものを作ってもらおうと、自分がこれと思った店に連れて行って味わってもらうんですよ」。そば屋で住み込みの修業した経験のある妻は、どんな食材や調味料を使っているか吟味。家に帰ると見事にその味を再現してくれる。
友人の結婚披露宴で、とてもおいしいフカヒレのスープが出てきた。数日後、帰宅するとテーブルに1杯のスープ。一口飲んで驚いた。あのときの味だ。地鶏を1羽丸ごと使い、ショウガやネギなどと煮込んだ上湯スープ。もちろんフカヒレも入っていた。
還暦を超えた今も、あちこちのステージでドラムをたたき、熱唱する。8月には北海道でロックフェスティバルに出演し、今月は都内のホテルでディナーショーを催した。「50~60代が若い頃に聴いていたような音楽に帰ってきている」。公演のリハーサルでは弁当が欠かせない。お気に入りは「亀戸升本本店」(東京・江東)の弁当だ。「昔ながらの亀戸大根のたまり漬けがうまいんです」
82年にドラムスクールを開校
82年にドラムスクールを開校した。ドラムの魅力を知ってもらい、後進に自分が習得した技術を伝えたいとの思いからだ。これは後に総合音楽スクールに衣替えした。最近、生徒2~4人の少人数での講義を始めた。ジャズやブルースを教えるときは、黒人が奴隷としてアフリカから送られてきた歴史から始める。「自分が演奏する音楽の原点をよく知っておくことは大事だと思う」
読書家で、自宅の一室は本であふれている。海外では現地のCDなども買い込み、その地の音楽家と語り合う。そうして吸収したことも伝承していく。世界中の音楽も、食もずっと探究し続けたい。
(川鍋直彦)
こだわりそば粉で冷やしおばけ
最近よく訪れるのが都営新宿線岩本町駅近くのそば店「東神田 春日」(電話03・3865・9568)だ。もりそば(税込み540円)や夏季限定のチャーシュー(同702円)などを注文する。お薦めは「冷やしおばけ」(同1080円)。きつねとたぬきそばを一緒にしたもので、揚げと天かすのほか、チャーシュー、わかめなどをあしらっている。「和っぽいチャーシューが、そばによく合う」
店主の久保幸雄さんが使うそば粉は青森の在来種。そばは、そば粉10に対しつなぎ2の割合で打つ「外2」だ。8対2で打つものより少しそば粉の割合が高い。「夏はそばを正方形に切り、冬はやや幅を広げる」。熱いつゆで、すぐにのびてしまわないようにするため。「天ぷらはいつも揚げたてを出している」と久保さん。昼間は行列ができるほどの人気店だ。