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相続トラブル百科

日本のルールが通用しない 資産フライトの落とし穴 司法書士 川原田慶太

2015/9/25

 日本の財政破綻リスクを避けるため、海外に資産フライトを試みる人々がいます。いま、そのような層に予想外のトラブルが起こり始めています。資産を「離陸」させる際には想定していなかった、「着陸」の問題が発生しているのです。

 その問題とは、投機性の高いハイリスクな資産に大きな損失が出たというような話ではありません。投資をする上での収益性や安全性が問題ではないのです。定期預金のような、為替リスクを除けば安全性が比較的優れているはずの資産でも、いざというときに「自由に使えない」などのトラブルが生じ、当事者たちを困惑させているのです。

日本で作成した遺言書が海外でも有効だとは限らない

 代表的なトラブルが、例えば、認知症などによって意思表示ができなくなったケースです。海外の銀行に口座を開設したものの、送金や入出金の手続きをとるはずの名義人本人が意思をはっきりと表示できなくなってしまったような場合です。

 もし、日本国内の金融機関だったとしても、こうなると簡単には対処できません。ただ、国内ではこの問題に関しては一定のルールが標準化されています。2000年にスタートした「成年後見制度」が、今では金融機関の窓口でも浸透しはじめました。「裁判所で正式に選任された後見人=本人に代わって財産を管理する権限を持つ」という認識が共有されているので、ある程度の時間はかかっても、きっちり手続きをすることでいずれ解決の糸口が見えてくるでしょう。

 しかし、この成年後見制度はあくまで日本国内の法制度に基づいた制度です。日本の裁判所で選ばれた後見人がいれば、たしかに国内では心強い存在となりますが、それが海外の金融機関でもそのまま通じるかというと、残念ながらそう容易ではありません。海外資産の場合、準拠するのがその国の法律となることもあり、日本の制度をそのまま適用するのが難しいケースも出てくるのです。

 日本の制度が通用しないという「誤算」が生じやすい、もう一つの具体的なケースとして、遺言書に関するトラブルがあります。「海外に資産を持っている人が日本国内のルールに基づいて遺言書を作ったとして、その遺言は海外でも有効なのか?」という問題です。

 国ごとの独自ルールというのは厄介なもので、それぞれの地域によって遺言書の形式や内容についての決まりが異なるのが常です。とはいえ、約束事がバラバラだからといって国をまたいだ遺言がすぐに無効になるようでは、遺言書を準備する意味も薄れてしまうでしょう。

 そこで、ルールの違いによる混乱を避けるため、お互いに特別な約束を交わしている国々も少なくありません。「われわれの国のルールを厳密にあてはめると、あなたがたの国の遺言書は無効ですが、お互いさまだから、なるべく有効にするような取り扱いにしましょう」と、形式の細かい違いなどは多少ゆるやかに見てもらえる場合もあります。

 世界にはこういった相互の了解に基づく特別ルールがあり、日本はこのうちの「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約」というものを批准しています。ですから、日本独自のルールで作られた遺言の中に海外資産のことが書かれていた場合、資産が属している国も同じ条約を批准しているなら、遺言の内容は有効です。

 ただ、世界中のすべての国がこれらの条約などに合意しているわけではありません。ですから、特定の定めがない新興国などの資産に投資している場合は要注意です。「資産を引き継いでおく人を決めておきたいから、遺言書を作っておこう」と思ったときに、日本ではなく現地のルールに従って作成しておかないと、効果が出ない可能性があるのです。

 いずれにせよ、日本のルールが適用不可となる場合は、どのような分野にせよ「現地対応」が求められます。自然と現地の専門職などの力を借りる必要があり、こうしたコストが高くつく場合もあります。1つの海外口座を解約するのに、そこに入っている残高と同じ程度の額の報酬を向こうの国の弁護士などに支払わなければならず、手元にほとんど残らなかった――などという笑えない事態も起こりかねません。

 海外にフライトした資産をうまくランディングさせるためには、それぞれの国のルールの違いに敏感になる必要があります。民法をはじめ、日本国内での相続や遺言などの体系が現地でどこまで通用するかを見極めないと、いくら海外に資産を移したとしても、最終的にはリスクの回避とはいえないケースも出てくるでしょう。

川原田慶太(かわらだ・けいた) 2001年3月に京都大学法学部卒。在学中に司法書士試験に合格し、02年10月「かわらだ司法書士事務所」を開設。05年5月から「司法書士法人おおさか法務事務所」代表社員。司法書士・宅地建物取引主任者として資産運用や資産相続などのセミナー講師を多数務める。

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