「山開き」「海開き」… シーズン終了は何と呼ぶ?

秋分の日を迎え、夏のレジャーも一段落。ところで、夏のレジャーシーズンの始まりを示す「山開き」「海開き」という言葉は広く知られているのだが、シーズンの終わりを示す言葉はあまり知られていない。いったいどんな言葉があるのだろうか。
吉田の火祭りは山じまいとして400年以上の歴史がある(ふじよしだ観光振興サービス提供)

毎年8月26、27日に開かれる山梨県富士吉田市の「吉田の火祭り」。10万人以上が訪れる大きな祭りだが、これは400年以上の歴史を持つ富士山の「お山じまい」の祭りだ。一方で、佐賀県唐津市の海岸では「海閉じ式」も行っている。いずれも「山開き」「海開き」とペアだが、終わりを示す言葉は一定していない。そういえば「プール納め」という言葉を小学校の時に使ったような記憶があるが、思えばこれは「プール開き」に対応する言葉だった。終わりの言葉にはかなりバリエーションがあるようだ。

富士吉田市に尋ねてみたところ、「お山じまい」の祭りである「吉田の火祭り」は観光イベントになったのは戦後だが「昔から山じまいと呼ばれていた」(ふじよしだ観光振興サービス)とのことだった。富士山をかたどった神輿(みこし)は400年以上前から運行されていたという。70本以上の高さ3メートルの松明(たいまつ)に火がかけられ、燃えさかる炎に町中が盛り上がるのが祭りの見どころだ。

「お山じまい法要」や「山納め祭」も

一方、北海道では「お山じまい法要」を行っている寺院がある。「厳しい冬には雪で道内各所の『霊峰』が閉ざされるため、その年最後のお参りとして行っている」(北海道八十八ケ所霊場会事務局)という。同じ北海道の樽前山では「山納め祭」が行われているが、昭和に入ってから始まったという。日本の山には信仰と結びつく場所も多く、古くから信仰の対象となっていた山は「しまい」がつけられているようだ。山を閉じるといえば「閉山」という言葉もあるが、これは炭鉱を閉鎖するときなどに使われるように、「これで終わり」感が強く、毎年のイベントとしてはそぐわないせいか、あまり使われていない。

夏のレジャーは山だけでなく海も代表格。海の場合「海開き」という言葉は広く知られているが、実はこれは「山開き、川開きにならった造語」(日本国語大辞典第2版)。「開く」方が比較的新しい言葉だからか、閉じる方の言葉はとくに定まっていないようだ。静岡県伊豆市では「海じまい式」があるが、集客のためのイベントとして昭和の末ごろになってから開催を始めたもの。「命名の由来は判然としないが、行政や観光協会が責任を持って海水浴場を運営するシーズンの区切りとしての意味があるのではないか」(同市観光協会土肥支部)という。一方、唐津市の海岸では毎年8月末に「海閉じ式」を行っている。「海開きとセットにして自然に使っている言葉。違和感はない」(唐津観光協会浜玉支所)そうだ。

歴史をひもとくと「開く」言葉としては海よりも川の方が古い。江戸時代にはすでに「川開き」という言葉があった。川涼みの開始を祝うイベントで、東京・両国の隅田川で行われたものが最も知られていた。7月末の、東京を代表する花火大会「隅田川花火大会」はこの名残だ。しかし、閉じる方については「『川じまい』は江戸時代からあり、昔は芸者さんなども参加して祭りをやっていたというが、いつからか行われなくなった」(台東区役所文化産業振興部)。

ただ、長良川の鵜飼(うかい)で有名な岐阜市には「鵜飼じまい」という言葉が残っている。古くから漁師言葉として使われていたといわれる。昔は鵜飼に「解禁」の概念がなく、秋にアユがいなくなれば鵜飼は終わりだった。「道具を片付ける、という感覚で『店じまい』と同じようなニュアンス」(同市観光コンベンション課)。山梨県笛吹市の鵜飼は1976年に復活した。同市では「鵜飼納め」と呼んでいる。その昔、禁漁区で鵜飼をしていた人が霊によって川に沈められる事件が多発していたところ、日蓮上人がこの霊を退治したのだという伝説にのっとり、「霊を『おさめる』にかけた呼び名だ」(同市観光商工課)そうだ。

プールは「納め」が一般的?

プールについても、言葉は様々。記者が通った千葉県と東京都の小学校では「プール納め」と呼んでいた。小学校などのプールについて文部科学省に聞いてみると「国がなにか呼び方を決めているということはなく、開く方も閉じる方もそれぞれの地域で使われている言葉を使っているのだろう」(スポーツ振興課の体育担当)とのこと。今年3回目の「プール納め」を迎える鎌ケ谷スタジアム(千葉県鎌ケ谷市)はイベント名を考える際、いちばん自然な呼び方だと思ったとしている。一方、和歌山県那智勝浦町の円満地公園オートキャンプ場は「プールじまい」を開催している。「08年にイベントを始めた際、語呂の良いネーミングを選んだ。開始当時は『仕舞い』と漢字で表記していて、『舞』という漢字のイメージもぴったりだった」という。「じまい」を使っている例もあるものの、プールについては「納める」が目立つのは「『見納め』『聞き納め』のような用法で、ある動作や行為を終わりにするという意識の表れではないか」と早大の笹原宏之教授は語る。

こうしてみると、終わりの行事に使う言葉の主流は「じまい」だ。「すでに存在する山や川などで行われることを、その年はひとまず終わりにするといった意味合い」(笹原教授)で、明治以前からの日本人の自然観からきており、必ずしも「開き」との対応は意識されていない。その一方、「開き」に対して「閉じ」を使うというのは明治時代からの傾向のようだ。終わりの行事に名前を付ける必要が出た場合、「開き」との対応を意識してもっとも違和感のない言葉だからだろう。「納め」はさらに後、「動作や行為を終える」という意味合いから付けられることが増えたようだ。

歴史的に見ると信仰に関連する行事から始まった「閉じる」行事。それは川や鵜飼、海やプールなどに広がっていき、レジャー性が強まるにつれ言葉も多様になったといえそうだ。情報技術が発展した現代は、あらゆる言葉が統一されやすくなっているが、「閉じる」行事はあまり注目されないため、いまも多様なバリエーションを残している。今後さまざまな「閉じる」行事がさらに増えていき、もっと脚光を浴びるかもしれない。そして、そのネーミングは名付ける側が抱いている意識やイメージによってこれからもさらに多彩になっていくのだろう。

(石川雄輝)