安心して資産を残す仕組み 家族信託を考える弁護士 遠藤英嗣

「老後の安心設計」という言葉を聞いて、皆さんは何をイメージするでしょうか。問題はお金だけではありません。自分が認知症になったり亡くなったりしたときに、残された配偶者や子どもに迷惑をかけないように対策を講じる。これが、本来の「老後の安心設計」の意義です。そして、この安心設計の中心にあるのが、「遺言」です。超高齢化社会のいま、本格的な相続、遺言の時代に突入しています。

遺言では埋められない「隙間」

遺言、成年後見制度、見守り財産管理契約など、多くの人が、老後に備えてさまざまな対策を講じ始めています。しかし、これらの制度では「埋められない隙間」があることをご存じの方は少ないのではないでしょうか。

実は、この隙間を埋める現行の民法では実現できない「新しい相続のかたち」があるのです。それが「家族信託」です。具体例を見てみましょう。

「もし私が死んだら残された妻はどうなるのか」。このような心配をしたことがある人は少なくないと思います。特に、ともに年を重ねて身体的なハンディを負い、さらに認知症という問題と向き合わなくてはならなくなった場合には、必ず考えることではないでしょうか。

Sさん(85)は、妻Bさん(87)と2人暮らしです。4年前に妻Bさんがアルツハイマー型認知症を発症し、最近では買い物で道に迷ったり、電話で人と話す際につじつまの合わないことを言ったりするようになり、ひとりで留守番をさせるのが心配になってきました。

Sさんにはお子さんが2人いて、独立して別々に暮らしていますが、ときどき長男Cさんが家にやってきては、妻Bさんの所持金を持ちだしています。長男CさんはSさんから多額の事業資金の援助を受けたにもかかわらず、2年前に事業に失敗して以来、ますますSさんの財産を当てにするようになっていたのです。

「もし私がいなくなったら、2人で築いてきた財産は長男が浪費してしまうのではないだろうか。妻の生活はどうやって守ればいいのだろうか」。こう不安に思ったSさんは、自分の死後、自宅の土地・建物を妻Bさんに相続させ、預貯金などの金融資産を堅実な長女Tさんに相続させ、その代わりに長女Tさんには妻Bさんの老後の世話をお願いするという内容の遺言を作成しようと、わたしの元に相談に来ました。「負担付遺贈」と呼ばれる遺言の形式です。

もし妻が遺言を作成できなくなったら

もしSさんが亡くなった場合、遺言によれば自宅の土地・建物は妻Bさんのものになり、預貯金は長女Tさんのものになります。堅実な長女TさんはSさんの遺言どおり妻Bさんの世話をするでしょう。しかし、もし長い介護期間が経過するうちに、長女Tさんの生活状況に何か変化があった場合、妻Bさんの介護をそのまま継続できるという保証があるでしょうか。

さらに、妻Bさん名義となった自宅の土地・建物の管理は誰がすることになるのでしょうか。もし妻Bさんの認知症がさらに進行した場合、成年後見制度を使うことになります。ところが最近は、親族は成年後見人に選任されるのが制限される傾向にあります。そうなると、長女Tさんは母親の財産管理から外されてしまいます。

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信託によって財産の帰属が変わる
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