スナック菓子、なぜやめられない 「寸止めの味」とは
ある種の食べ物には、食べることをどうにもやめられなくなる不思議な魅力(魔力?)が宿っている。「♪やめられない止まらない~」というスナック菓子のCMではないが、実際、「なぜか手が止まらない」という感覚を、多くの人が実感しているだろう。
そしてそれがときに、ヘルシーな体形を目指す老若男女を悩ませることにも。
単なる「おいしさ」とはちょっと質が違う、あの「やめられなさ」の正体は、何なのか? これが、今回のテーマ。龍谷大学農学部教授で、食の嗜好研究センター長の伏木亨さんに、早速話を聞いてみよう。
「『やめられない味』現象は、ネズミを使った実験でも確認できます」。伏木さんは、こんなふうに話し始めた。
ほほぉー、そうなんですか。何を食べさせるとそうなるのですか?
「濃縮・精製された食用油や砂糖です」
快感を生み出す脳内回路の「報酬系」が働く
ネズミに普通の餌を好きなだけ与えると、カロリーが足りたところで自然に食欲が収まって、食べるのをやめる。ところが、濃縮された油や砂糖を与えると、食欲にブレーキがかからず、ぐんぐん食べて太るという。
「このとき脳を調べると、『報酬系』という神経回路が働いています」
報酬系は、中脳の「腹側被蓋野(ふくそくひがいや)」という部位から前脳の「側坐核(そくざかく)」へ伸びるドーパミン神経系の働きで、もっと欲しいという感覚を作り出す脳内回路のこと。これは、ニコチンや麻薬、アルコールなどの欲求を感じるときにも働くメカニズムだという。油や砂糖は、こういった嗜好品や薬物と同類の強烈な切望感を、脳内に生み出しているのだ。これに連動して、神経伝達物質の一つである「ベータエンドルフィン」の分泌も幸福感・満足感をもたらす。
「脂肪や糖質は、動物が生きていくための大事なエネルギー源になる成分。その味を際立っておいしくてもっと欲しいと感じるのは、生きていくうえでとても貴重な能力です」と伏木さん。
なるほど。食糧事情が厳しい野生環境を生き抜くには、栄養価の高い食べ物を目ざとく見つけ、食べられるときに食べられるだけ食べておく必要がある。脂肪や糖質の味に対して鋭敏に反応する脳内システムは、もともとはそんな生き残り行動のために働いていたと考えられる。
「だが人間は、味の快楽を追求するあまり、食材を濃縮・精製して食用油や砂糖を作り出しました。自然界には存在しないこれら高濃度・高純度の食品が、報酬系を激しく刺激したときに、"やめられない味"が生まれたと考えられます」(伏木さん)
うーん、これは人間の欲望が作り出した味だったのか。
人間は「4種類のおいしさ」を感じている
「人間が感じる『おいしさ』は4種類あると、私は考えてきました」。伏木さんはこう話を続ける。
一つ目は「生理的なおいしさ」。これは、体が求める栄養素の味をおいしいと感じる性質で、「運動をして疲れたら甘いものがおいしい」などというのが代表例。あらゆる動物はこの種の性質を持っており、生き物の基本的な能力といえるだろう。
二つ目は「文化的なおいしさ」で、幼いころから食べ続けた味をおいしいと感じる性質を指す。海外滞在中に和の味を食べると、やたらおいしく感じるのがこの例だ。
三つ目は、「情報によるおいしさ」。高級なワインの味、流行の味、珍味のようないわゆる大人の味などは、情報をもとに「こういうのがおいしいのだ」と学ぶことで、身に付いていく。情報によって覚える、後天的なおいしさ感覚だ。
「通常、大人の味というのは、生理的な感覚でいうとむしろ有害なサインといえる『苦味』や『酸味』が強いものです。そういう味を『これが"通の味"』などという情報をもとに味わい、達成感を楽しんでいるのですよ」と伏木さん。ふーむ、なかなか複雑なことをやっているものだ。人間だけが味わえる、手の込んだ味わいといえよう。
そして最後が、先ほど紹介した、脳の報酬系が働く「病みつきのおいしさ」。「ラーメン、お好み焼きのようなB級グルメやスイーツなど、油味と甘みが強く効いた刺激的な味が典型的です」
人間の「やめられない」には、ネズミと違うメカニズムがある?
「ただ、ここからは、最近改めて考えたのですが……」と、伏木さんは身を乗り出してきた。
「ネズミと違って、人間にとって本当にやめられない食べ物って、こういう刺激的な味よりも、ちょっと薄味に抑えたあたりのゾーンにあると思いませんか?」
ふむふむ。確かにいわれてみると、脂っ気が強いB級グルメや、砂糖と脂肪のダブルパンチが利いたコテコテのスイーツは、強烈な快感を得られるけれど、「やめられない味か?」と問われると、ちょっと違う気もする。むしろ、刺激が強い分、満足感も意外と早めに湧いてくる。
それに対して、本当に「やめられない味」というのは、それこそあのCMソングのスナック菓子のような、味はやや薄めで、風味が効いた感じ……。
「そうなんです。味はむしろ控えめで、ちょっと物足りないぐらい。その分、香りで郷愁がそそられるようなものの方が、よほどやめられないと思うのです。ポップコーンとか、おかきとか。ポテトチップも、濃厚なバーベキュー味よりも、実は"うす塩"ぐらいの方が止まらない」
うーむ。ポテチの話は個人の嗜好のような気がしないでもないが、でも分かる気もします。
「でしょ? 私はこのような、やや薄めで風味のある味を『寸止めの味』と呼んでいます。報酬系を興奮させるB級グルメ的な味は、実は飽きるのも早い。寸止めに抑える方が、飽きがこず、心地よさを長く持続させられる。ここにネズミと違う、人間特有の"やめられなさ"があるように思うのです」
飽きのこない味だから、やめられない
伏木さんによれば、「寸止めの味」の原形は、世界中の食文化の中に見つけられるという。イタリアンならペペロンチーノのパスタ、フレンチならオニオンスープなどがそうだ。「もともとは、毎日食べても飽きのこない、シンプルな家庭料理という位置付けで作られた味でしょう」
そして、「だしを多用する和食は、『寸止めの味』の宝庫です」(伏木さん)。
世界中で生まれた、家庭の味。飽きにくくて、控えめな優しい風味が、油味と甘みも効いているスナック菓子などに採用されると、飽きないゆえにかえって手が止まりにくい。だから「やめられない止まらない~」になる、ということだろうか。
「だからダイエットを考えるなら、薄味のスナック菓子はいつまでも食べてしまいやすい。むしろ、こってりと強烈な高級スイーツをしっかりと味わう方が、満足度が高く、『やめられないループ』にはまりにくいと思いますよ」
ほー、これはいいことを聞きました。みなさん、寸止めの味には注意しましょう。
(北村昌陽=科学・医療ジャーナリスト)
1953年、京都府生まれ。75年京都大学農学部食品工学科卒業、80年同大学院博士課程修了。85年から86年まで米イーストカロライナ大学医学部へ留学。94年より京都大学教授。2015年より現職。おいしさの脳科学、自律神経と食品・香辛料、運動と栄養など、幅広い研究を行っている。著書『味覚と嗜好のサイエンス』(2008年、丸善)、『おいしさを科学する』(06年、筑摩書房)、『コクと旨味の秘密』(05年、新潮新書)など多数。
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