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作家・辻村深月 出産したら母性が湧くは理想論

2015/9/25

 4歳の息子さんの母であり、第2子を妊娠中でもある直木賞作家・辻村深月さん。「自分の引き出しがどんどん広がっていく感じがある」との言葉通り、産後も執筆の勢いは増すばかりです。最新長編『朝が来る』では、不妊治療を経て特別養子縁組の道を選んだ女性と、子を手放さなければならなかった女性という、2人の母の葛藤を描いています。ご自身の出産と育児を経てたどり着いた境地とも言える『朝が来る』について、育児と仕事の両立について聞きました。

■出産直前も帰省した実家で打ち合わせ

―― 2011年に第1子を出産され、『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞したのが2012年。その後、今に至るまで毎年、小説をコンスタントに発表されています。そもそも、産休や育休はどういう形で過ごされたのですか。

 全く取ってないんです、産休も育休も。

―― えぇ できるものですか。

 里帰り出産をしたので母親も近くにいたし、一緒に仕事をしている編集者にも子育てしている人が多かったこともあってか、周囲に助けてもらえる環境だったからかもしれません。

 ちょうど雑誌連載は一段落していた時期だったこともありますが、単行本や文庫の刊行予定は決まっていて。実家の山梨に、毎週のように各社の編集者が来てくれていました。畑に囲まれた田舎のファミレスで打ち合わせしたり(笑)。

 陣痛が始まったとき、痛みの間隔が5分になったから産院に行ったんですね。それが、着いたら痛みが遠のいたので、1度自宅に戻ったら、母が届いたばかりのゲラ(校正刷り)を私のところに持ってきて。痛みでうずくまる私の横で「こんなときでも仕事はあるね~」と、のんきそうに笑っていました。

―― 本当にギリギリまで。では、産後は引き続き、ゲラになった小説の修正を?

 それだけじゃなくて。出産したのが7月で、一番早い締め切りが9月でした。産後すぐ、『鍵のない夢を見る』に収めている短編の最終話「君本家の誘拐」に取り掛かっていました。

―― すごい…。

 「いつ産んでいたんですか」と年賀状で出産を知り、驚いてくれる人もいたくらいでした(笑)。

 私自身は、無理したわけではなくて、産後すぐのタイミングだったからこそ、取り逃さずに書けた、という気持ちでした。「君本家の誘拐」は、赤ちゃんを連れてショッピングセンターに行ったお母さんがベビーカーを見失う話です。出産前の段階では、実は母親が子を虐待する話にするつもりでした。

 私は子育てについて、「子どもが生まれて自由がなくなった」「育児は大変」といったネガティブな情報のほうを多く取り込んでいて。「虐待をしてしまう母親の気持ちは自分も母親になればきっと分かるだろう」と、それまではこの話に手を付けずにいました。産んでから書きます、と。

 ところが出産してみたら、予想に反して、育児は大変だけどその分楽しいこともすごく多かった。虐待する気持ちがさらに遠のいてしまう感覚がありました。

■母親になって直後に抱いた「危うさ」から着想

 虐待となるとすごく特別なことのように思えるけど、例えば、赤ちゃんをお風呂に入れていて手を滑らせてしまいそうになるとか、一瞬目を離したらいなくなっていたとか。自分のふとした何かで子どもを見失ってしまうことがあるんじゃないか。そんな危うさや不安は私にもありましたし、多くのお母さん達もそれはきっとそうだろうと。「虐待」のような事件より、そうした不安と隣り合わせの日々を描きたいと内容を変えました。あの時期に出産をしなければ、「君本家の誘拐」は全然違う話になったと思っています。

―― そうやって、産前産後で向き合われた『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞されたとは感慨深いですね。

 直木賞を頂いたときに思ったのは、出産前後の時期でもお仕事があったのはとてもありがたかったということ。「こんな時期にお願いするのは申し訳ない…」と胸を痛めながらも依頼してくれた編集者の存在に感謝しています。常に締め切りがある状態だったからこそ、仕事復帰のタイミングも迷わずに済んだし、今の形で育児と仕事を両立していくこともできました。

■この子ががんばる時間をもらって仕事をしている

―― お子さんは、すぐに保育園へ通われたのですか。

 7月に生まれ、翌年の4月に入園しました。それまでの期間は、友人に紹介してもらったシッターさんが見てくれていました。執筆の間は私が仕事部屋に行き、別の部屋で子どもを預かってもらう方法で。ただ、どうしても集中しなければいけないときは、出版社の会議室を借りて書いていましたね。

―― 育児との両立はスムーズにいきましたか。

 保育園に通うようになった最初の1カ月は、ストライキのようにごはんを食べなくなりました。迎えに行くと、怒ったように泣かれて胸が痛んだことも。

 ただ、そのときも園の先生達から「大丈夫! おなかがすけば食べるから」と力強く励ましてもらって、どうにか乗り切ることができました。私が仕事をする時間は、子どもが保育園で先生達と一緒にがんばってつくってくれている時間をもらい成り立っているんだと思い知りました。

■背伸びをした感情は書きたくない

―― 母親になって、書きたいことは変わってきましたか。

 どうでしょうか。変わったこともあるし変わらないこともあると思っています。ただ、頭だけで考えた背伸びをした感情を書きたくないのは、昔から強くあります。その時々、自分は変わらないつもりでも、自分の経験を通じて新しいことに飛び込みたいと感じることがきっと変化なんでしょうね。

 自分が30代になるに当たって、『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』のようなものを書いたり。ただ、これまで書いてきたような10代の子の物語もまた新しい視点を含めながら書きたい気持ちがあります。出産を経て、今度は親の目線で彼らを見ることもあると思うし、自分の引き出しが新しく開くこともあると思います。

―― 『朝が来る』は、不妊治療や特別養子縁組を題材にするなど、社会派の側面も強いです。何がきっかけだったのでしょう。

 子どもができてからは、自分のペースでできる書き下ろし小説の仕事が中心でしたが、子どもの成長とともに、連載もできる体制に戻っていったんです。『朝が来る』の構想が持ち上がったのは、ようやく、いろんな出版社と次の連載の話をするようになった時期でした。

『朝が来る』  不妊治療との終わりの見えない闘いに終止符を打ち、栗原佐都子たち夫婦が選んだ道は特別養子縁組だった。家族3人で穏やかな日々を暮していたなか、「片倉ひかり」と名乗る女性から「子どもを返してほしい」電話がかかってくる――。(文藝春秋/1620円)

 2012年の春ごろでしょうか、「母になった辻村さんに、不妊治療をする夫婦の話を」と提案をもらいました。女性の体について女性ファッション誌などでも特集を組むことが珍しくなくなってきたころだったので、そこまでは予想の範囲内の提案でした。ところが、続けて「その後、授からず、養子をもらうという選択をするところまで書いてほしい」と言われて。養子という発想は私には全くなかったので驚きました。

 資料を読み、特別養子縁組について知るうちに、自分が何となく頭でイメージしていたことがいくつも裏切られていったんです。例えば、養子を迎えたらなるべく周囲にそのことを隠すのではないか、と思っていたら、実際には、園や学校の先生、近所の人にも話したうえで暮らしているご家族がたくさんいたり、また、血のつながりがないのであれば、血のつながりがある産みのお母さんに嫉妬や複雑な感情があるに違いないと思っていたら、そうではなくて、自分とこの子を会わせてくれた、大事な「私達のお母さん」と思っているお母さん達の存在に出会いました。調べていくうちに、とても引かれていくテーマでした。

 ただ、小説の世界というのは、悪意や残酷さを描くほうが「現実が書けている」と思われがちで、そうした優しさや善意、感謝をそのまま描くと、偽善的に映ったり、そんなに甘くない、と言われてしまう。しかし、現実は必ずしもそうではないのだから、いかに、人を信じたり、私が出会ったお母さん達の思いにリアリティーを与えていくか、それを心がけました。

■母親になっても、自分の譲れない部分はある

―― 特別養子縁組によって男児を授かった40代の佐都子。中3で出産するも育てられず孤立していく10代のひかり。2人の主人公を、辻村さんはどうご自身に引き寄せていったのでしょう。

 実感としてあるのは、出産したからといって、急に母親になれたり、母性が湧いてきたり、尊い何者かになれたりするわけではないということ。私の場合は、出産したら気持ちが優しくなってホラー映画が見られなくなったりするかな、と思ったら、変わらず大好きだし、殺人が起こるミステリーも相変わらず読みます。子どもが寝静まった後の楽しみでもあるし、自分の欲求だって、当然変わらずあります。

 子どもは大事な存在だしかわいい。だけど、すべてを子ども優先にできるかというと、自分の中で譲れないものだってある。親になったからって、まだまだ生身のままだと気づく瞬間って、どのお母さんにもあると思います。

 ただ、実際は出産してもそんな感じなのにもかかわらず、周囲からの、「産めば母になれる」と信じられている目線に苦しめられ、束縛を感じている女性もいると思うんです。小説の中で、若くして出産を経験したひかりは、出産はしたけれど世間一般で言われている母性像からはみ出し、中ぶらりんのまま追いつめられていく。佐都子は、産むことはかなわなかったけれど育児をするうちに、母親と呼べる存在になっていた。出産をしている、していないということを超えた母性について、書くうちにだんだん私の中で見えてくるものがありました。

―― この中には、辻村さんご自身が子育てで得たものが象徴として入っているわけですね。

 そうですね。今、自分が子どもと一緒に暮らしていることがすごい巡り合わせで、偶然の上に成り立っているものなんだということも思い知りました。

辻村深月
 1980年山梨県生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビューする。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞を、12年『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。著書に『島はぼくらと』『家族シアター』『ハケンアニメ!』ほか多数。

(ライター 平山ゆりの)

[日経DUAL 2015年8月5日付の記事を再構成]

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