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希少な畳表「七島藺」復活へ 次代が担う伝統産業

2015/9/7

 「七島藺(しっとうい)」をご存じだろうか。カヤツリグサ科の植物で「しちとうい」とも呼ばれる。イグサによく似ており、琉球畳など縁のない畳表に使われる。かつては日本各地で栽培されていたが、現在は大分県の国東半島だけで栽培される希少な天然素材だ。七島藺を使った伝統産業の復活へ向け奔走する若手農家らの姿をビデオカメラとともに追った。

 九州・大分県北東部。瀬戸内海に突き出た国東半島で七島藺の栽培が始まったのは1660年ごろ。トカラ列島(鹿児島県)の7つの島から伝わり、この名がついたという。高さ2メートル近くまで成長し、茎の断面は三角形だ。イグサよりも丈夫で燃えにくいのが特徴。1957年(昭和32年)には年間550万枚の畳表を全国に出荷した。しかし、栽培や刈り取りの機械化が難しく生産に手間がかかることから、農家は激減。高齢化も進み、今では国東市内の農家10軒が年間約3000枚の畳表を生産するだけだ。

 その七島藺がここにきて再び脚光を浴び始めている。2013年、生産する国東半島宇佐地域が国連食糧農業機関(FAO)の「世界農業遺産」に登録されて注目を集めたのをはじめ、この3年間で30~50代の新規就農が相次いだ。一度やめた農家が生産再開を検討する動きもある。

 新規就農した淵野聡さん(33)は最年少の七島藺農家。妻とともにふと立ち寄ったイベントで七島藺に魅せられ、サラリーマンからこの世界に飛び込んだ。認定工芸士の岩切千佳さん(38)はバッグやアクセサリーなど、今までになかった商品を次々と生み出している。腕につけるブレスレットは大人気商品。店頭に並ぶとあっという間に売り切れてしまうという。海外からの引き合いもあり、今年5月には米ロサンゼルスの商店主と共同で商品開発も始まった。

 2010年に設立された「くにさき七島藺振興会」も行政とともに新規就農や技術伝承を後押しする。廃校を利用して畳表の織機を整備したり工芸品制作の場を用意したりするなど、経験の少ない農家や工芸士が気軽に利用できる環境を整えている。最近では畳表などの問い合わせが増え、生産が追いつかない。「これからは安定的に生産できる体制を整え、産業としてしっかり成り立たせることが重要」と振興会の細田利彦事務局長は話す。難しいとされる機械化への取り組みも進める。

 若い世代の参入で、広がりを見せ始めた七島藺産業。以前は「貧乏草」と揶揄(やゆ)されたこともあったというが、今では新たな仲間を引き寄せる「宝の草」となっている。(湯沢華織)

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