大野和士指揮都響ほか「ある若き詩人のためのレクイエム」巨大編成、電子音…今年最大級の現代音楽の“事件”

ドイツの作曲家ベルント・アロイス・ツィンマーマン(1918~1970年)の晩年の大作「ある若き詩人のためのレクイエム」が8月23日、ドイツでの世界初演から46年を経て日本初演された。大野和士の総指揮の下、東京都交響楽団と新国立劇場合唱団、独唱者や朗読者、ジャズコンボまで加わる巨大編成。もう一つの主役は電子音。ヒトラーの演説やマヤコフスキーの詩、ビートルズ、各国の政治デモなどの音声を収めた録音テープだ。20世紀を65分間に凝縮した破格のレクイエムが、戦後70年の東京を震わせた。

大野和士指揮東京都交響楽団、新国立劇場合唱団らによるツィンマーマン「ある若き詩人のためのレクイエム」の日本初演(8月23日、サントリーホール)=提供 サントリー芸術財団

今年最大級の現代音楽の事件といえよう。会場のサントリーホール(東京・港)に足を踏み入れた途端、尋常でないスケールの音楽が始まるのが分かった。1階席と2階席にはそれぞれ8個のスピーカーが大ホールを取り巻くように据え置かれている。舞台の正面上方に字幕を流す白いスクリーンが掛かる。1階席の中央にはPA(電気的音響拡声装置)調整卓が設けられた。ここで録音テープによる音声やノイズなどの電子音が操作されるのだ。「テーマは声。ツィンマーマンの生きた時代のあらゆる言葉が録音テープで流れる」と同公演をプロデュースした東京大学教授で音楽学者の長木誠司は言う。管弦楽と録音テープ、合唱、独唱、ナレーター、ジャズコンボが混然一体となって繰り広げる20世紀の証言としてのレクイエムである。

舞台上には指揮台の前にストップウオッチの電光掲示板、それにピアノが2台。指揮台のそばにはマンドリンとアコーディオンの奏者もいる。向かって左手後方にジャズコンボ「スガダイロー・クインテット」のメンバー5人が陣取る。正面の高台にはパイプオルガン奏者。異様なのは都響の管弦楽にバイオリンとビオラの奏者たちがいないことだ。弦楽器は低音域のチェロとコントラバスのみである。「バイオリンなどの高音弦は旋律を弾いて音楽を規定しがちだ。高音弦を省くことで、ツィンマーマンは曲の暗い色調、重い性質を求めた。バイオリンとビオラの楽団員たちの今年の夏休みは長い」と都響の音楽監督の大野はユーモアを交えながら話していた。

重要なのは新国立劇場合唱団による男声合唱だ。彼らは管弦楽の後方と会場の左右側面、それに会場の後方に分隊配置され、スピーカーからの電子音と同様に会場を取り囲むようにして「死者のためのミサ式文」を歌う。最初の十数分間こそ左右側面の合唱団らが続けて歌うが、その後の約20分間は合唱が全く登場しない。ソプラノとバスの独唱2人に至っては演奏開始から約40分後まで出番がない。このレクイエムは前半の約40分間がほぼ録音テープとナレーター2人の朗読で占められ、後半25分間でようやく管弦楽と合唱が本格的に活躍し、独唱とジャズコンボが登場するという異常な全体構造になっているのだ。

大野が指揮台に立ち、タクトを振り始める。同時にストップウオッチの電光掲示板の赤い数字が秒を刻み始めた。「前半はほとんどオーケストラを鳴らさないが、録音テープの中のどこにいるか分からなくなってはいけないので、ストップウオッチに合わせてひたすらくまなく指揮棒を振ります」と大野は語っていた。「大野さんには前半は基本的に録音テープに合わせて指揮してもらうしかない」とエレクトロニクスを担当した帝塚山学院大学准教授の有馬純寿も言っていた。録音テープはもちろんツィンマーマン自身が作成したもので、今回の上演のために有馬がドイツの放送局から取り寄せた。「ツィンマーマンは抽象ではなくリアルを強調するために、様々な音声を盛り込んだ録音テープを作った」と有馬は指摘する。

字幕にも意味性から離れた言語の遊び感覚があるツィンマーマン「ある若き詩人のためのレクイエム」日本初演(8月23日、サントリーホール)=提供 サントリー芸術財団

低音弦による重苦しい序奏に乗って、ドイツ語の音声が聞こえてくる。同時に舞台上方の白いスクリーンに日本語の字幕が流れ始める。ヴィトゲンシュタインの「哲学探究」の一節だ。さらに、微細な音程差を持つトーンクラスター(密集音群)風の男声合唱が左右側面から湧き上がってくる。ツィンマーマンがこの作品を書き進めていた1968年、ソ連軍主導のワルシャワ条約機構軍によるチェコスロバキア侵攻が起きた。チェコの民主化を進めたアレクサンダー・ドゥプチェク第1書記がその当時、チェコ国民に向けて演説した音声が流れる。

続けて法王ヨハネス23世の講話。さらにはジェイムズ・ジョイスの小説「ユリシーズ」の一節。スクリーンの上下左右が文字の流れでいっぱいだ。ドイツ語、チェコ語、ラテン語、英語、ギリシャ語……。合唱と相まって多言語による同時多発の音声は早くも聞き分けられないし、字幕も読み切れない。「ホールのどこからその声が鳴っているかを意識してスクリーン上に字幕を配置していった」と字幕映像を担当した原島大輔は話す。「情報が集積して一つ一つは分からないが、全体として受け止めるしかない。社会自体がそういうものだから」と有馬は指摘していた。

「ドイツ基本法」を朗読する塩田泰久(左)と「毛沢東語録」を朗読する長谷川初範(8月23日、サントリーホール)=提供 サントリー芸術財団

ナレーターの2人が立ち上がった。塩田泰久が旧西独の憲法に相当する「ドイツ基本法」を読み上げる。国民の主権や自由、基本的人権を訴える民主主義の憲法だ。これをかき消すかのように長谷川初範が「毛沢東語録」を朗読し始める。こちらは階級闘争を肯定し、社会主義が資本主義にとって代わるのは客観法則にして必然と主張する。「冷戦時代の傷痕が出てくる」と長木は指摘していたが、「ドイツ基本法」対「毛沢東語録」は東西に分裂していた当時のドイツの傷痕でもあろう。世界初の日本語訳のナレーションによる上演となった。

合唱がいったん収まり、管弦楽も鳴らず、静まりかえった中を電子音声だけが流れ続ける。字幕を読み切れないので、パンフレットに載っているテキスト案内を見ながら辛うじてどんな言説や音楽が放送されているのかを知る。ジョイス「フィネガンズ・ウェイク」、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」、「ドイツ放送布告、ヒトラーのチェコ侵攻の演説」、カミュ「カリギュラ」……。果てはツィンマーマン自作の「1楽章の交響曲」まで様々な作品の断片が濁流となって時間を飲み込む。「整合性のない世界のすべてを取り込む」(大野)という作曲姿勢が表れている。

テープ音声の中でも重要な位置を占めるのが、スターリン独裁体制が強まる1930年に自殺に追い込まれたソ連(ロシア)の詩人マヤコフスキーの詩だ。「独裁の犠牲となった詩人」(長木)は「作曲家ショスタコーヴィチの無二の親友」(大野)でもあった。ショスタコーヴィチが粛清の恐怖に打ちのめされていたとき、「彼を励ましたのがマヤコフスキーの詩だった」と大野はいう。

一方で「マヤコフスキーは言葉を意味性の中に埋没させずに解き放した詩人」(大野)でもあった。言語を強力な意味性によって政治の道具にするのではなく、言語ゲームとして音楽のように自由に扱う。意味性を宙づりにして言語の戯れを現出させることによって、ツィンマーマンのレクイエムはポストモダン音楽の先駆けとしての地位を得ることになる。その作曲姿勢の根底にあるのは、人間の自由な発想を押しつぶす文化弾圧への抵抗とその犠牲者たちへのレクイエムという発想だ。

ストップウオッチの電光掲示板を前に指揮する大野和士(8月23日、サントリーホール)=提供 サントリー芸術財団

「人間には芸術を享受する権利がある。しかし全体主義体制の中で創作することもままならず、不遇の死を遂げた人々がたくさんいる。現代の日本でさえも、自ら諦める形で芸術を享受できない環境に置かれる人たちが圧倒的多数に上る」と大野は主張する。全国の病院を無償で回って音楽を届ける「大野和士のこころふれあいコンサート」もこうした問題意識に基づく。8年目の今夏は戦後70年にちなみ、広島市の原爆病院をはじめ長崎や沖縄の病院を回った。「病院でのコンサートとツィンマーマンのレクイエム公演は私にとってこの夏、同じ思いによる音楽活動の両面だった。ツィンマーマンはヒューマニズムの作曲家。どちらも人権にかかわる問題を扱った」。大野がこのレクイエムの指揮にかける思いには強烈なものがあったのだ。

突然ラジオ放送のCMが入ったような気がした。そのサウンドの存在感に驚く。ビートルズの「ヘイ・ジュード」だ。一瞬だったため、歌のどの部分が鳴ったのかはよく分からない。重々しい気分から希望の光が見えてくるのか。

このレクイエムがドイツのデュッセルドルフで初演された1969年、ツィンマーマンよりもビートルズの方が大衆には圧倒的に人気があっただろう。ベトナム戦争が続くなか、反戦の学生運動が先進各国で広がりを見せたこの年、ビートルズは若者文化を象徴する存在だった。アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」などでノイズや音声を使ったコラージュ作品を入れるなど、「前衛的な音楽作りを志向していたビートルズは、ツィンマーマンにとって親近感のある存在だった」と長木は話す。

ビートルズを契機に合唱が息を吹き返す。ついに独唱の森川栄子(ソプラノ)と大沼徹(バリトン)が立ち上がり、マヤコフスキーの詩「セルゲイ・エセーニン追悼」などを歌い始める。これと前後する時間帯でジャズコンボがフリージャズ風の即興演奏を始めていた。盛りだくさんですべてを把握しきれない。合唱が「違う!違う!」と叫ぶ。ベートーベンの「交響曲第9番」の第4楽章冒頭が流れる。そして再びビートルズの「ヘイ・ジュード」だ。都響の管弦楽が本格的に鳴り始め、トーンクラスター風の最強音が何度もさく裂する。異様な高揚感に満ちた巨大な合唱が浮かび上がる。字幕には「我等ニ平和ヲ与エ給エ」。

独唱の森川栄子(ソプラノ、左)と大沼徹(バリトン)(8月23日、サントリーホール)=提供 サントリー芸術財団
客席に混じるように会場の4カ所に配置された新国立劇場合唱団(8月23日、サントリーホール)=提供 サントリー芸術財団

この合唱による感動は何かに似ている。「第九」あるいはマーラーの「交響曲第2番《復活》」の合唱だ。エレクトロニクスやジャズ、ロックなど現代のあらゆる技術やアイデア、多言語を駆使して創造された「20世紀の《第九》《復活》」なのだ。しかし曲はここで終わらなかった。不気味な静けさの中から各国の政治デモの音声が立ち上がってくる。大衆の叫びの洪水。民主主義や福祉国家、全体主義や独裁国家を生み出した大衆の時代を象徴するようだ。そして最後の合唱と管弦楽の高揚がやって来る。「我等ニ平和ヲ与エ給エ」の合唱が崩れ落ちるようにして全曲が終わる。この結末は「第九」や「復活」にはない疑念や不安を抱かせる。「とてもやりきれない曲」と大野はいう。

ジャズコンボ「スガダイロー・クインテット」が即興演奏で加わった(8月23日、サントリーホール)=提供 サントリー芸術財団

拍手喝采に包まれるなか、スガダイロー・クインテットがジャズの即興演奏をした。レクイエムにアンコールは似合わないが、公演の成功を祝ったのだろう。プロデューサーの長木がステージに上がり、ジャズ演奏に合わせて少しだけ踊ったのが印象深い。ツィンマーマンの自殺後に来る時代を象徴しているように思えたからだ。1960年代の「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」(大江健三郎)から80年代の「ダンス・ダンス・ダンス」(村上春樹)のポストモダン的時代への移行だ。ツィンマーマンが作品で扱った人類の問題を根本的には解決できないまま、消費社会の中で踊り続ける時代だ。「だからこそツィンマーマンのレクイエムを演奏する意義がある。未来へと残すべき作品だ」という大野の言葉は重い。

(文化部 池上輝彦)

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