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復元進む家康ゆかりの名城、没後400年イベントも開催

2015/9/9

徳川家康公顕彰400年祭が開催中だ。家康が生まれ、出世し、隠居暮らしをしたゆかりの居城3城を訪れ、天下取り最後の勝者の人生を振り返りたい。

2016年は、徳川家康の没後400年に当たる。大坂夏の陣で豊臣家を滅亡させ、徳川家の安泰を手に入れた家康は、安堵したように翌1616年に世を去った。享年75。戦乱の世に終止符を打ち、日本の基盤をつくった功績が、改めて注目されている。

家康は、人生のほとんどを東海地方で過ごしている。松平広忠の長男として三河(愛知県東部)の岡崎城で誕生。8歳から19歳までは人質として駿府(静岡県中部)で暮らし、その後岡崎に戻り三河を平定すると、29歳で岡崎城を長子・信康に譲り、遠江(とおとうみ、静岡県西部)の浜松城に移った。

遠江を平定すると織田信長から駿河一国を与えられ、45歳のとき駿府城を築いて移転。4年後の1590年に秀吉の命で江戸へ移ったが、秀忠に将軍職を譲ると、1607年に駿府城に戻って大御所政治を開始。亡くなるまでの9年間をそこで暮らし、亡きがらは遺言に従って久能山に埋葬された。

現在、「徳川家康公顕彰四百年祭」が静岡市、浜松市、岡崎市および静岡県内周辺市町で開催されている。イベントやスタンプラリーのほか、講演会やシンポジウムも目白押し。家康が住んだ城を訪れ、礎を築いた徳川時代を再考しながら家康の功績に触れてみよう。

■浜松城 家康が苦渋の時代を過ごした「出世城」

浜松城の天守と2014年3月に復元された天守門。19世紀の絵図などを基に復元された。 静岡県浜松市中区元城町100-2 JR浜松駅からバス「市役所前」下車、徒歩約10分

1570年、家康が29歳のとき、武田信玄の侵攻に備え駿府・遠江の2国統治の拠点とすべく築かれた。遠江一帯を見渡せる好立地で、天守最上階からは浜松市街地を一望。北には、家康が生涯で唯一大敗を喫したことで知られる三方ヶ原古戦場も見える。

家康の在城期間は、29歳から45歳までの17年間。1570年の姉川の戦い、1575年の長篠の戦い、1584年小牧・長久手の戦いも、この城から出陣している。天下統一の足がかりとなった試練の時代を過ごしたこと、後の浜松城主が江戸幕府の重役に出世した例が多いことから、「出世城」との呼び名も。

現在の天守は再建されたものだが、土台となる天守台は往時のまま。自然石を積み上げた荒々しさを感じさせる野面積(のづらづみ)の石垣で、400年の風雪に耐えて当時の面影を残している。

■駿府城 当時の家康の権勢を物語る大城郭

2014年に復元された坤櫓
1996年に復元された東御門。駿府城は建造物の復元にも力を入れている。 静岡県静岡市葵区駿府公園1-1 JR静岡駅から徒歩約10分

武田氏の滅亡後、駿府を拝領し東海5カ国(三河・遠江・駿河・甲斐・信濃)を支配下に置いた家康が、拠点として新築。1586年に浜松城から移ったが、江戸転封のためわずか4年の在城で、未完成のまま後にした。1607年に徳川秀忠に征夷大将軍の座を譲ると、「大御所政治」の舞台とすべく大改造。安倍川治水工事や町割りを行い、新たな駿府城と城下町を造り上げた。

本丸・二の丸・三の丸が同心円状に配され、三重の堀に囲まれる。現在の駿府城公園には、本丸・二の丸に加えて、中堀と外堀の約3分の1と、広範囲にわたる石垣が残存。再建された東御門と巽櫓(たつみやぐら)の内部は資料館で、展示が充実しており必見だ。2014年には、二の丸南西隅に坤櫓(ひつじさるやぐら)が完成。史料を基にできる限り忠実に、伝統工法で再建された。

イベント 駿府天下泰平まつり(9月18日~27日、駿府城公園ほか)
家康公400年祭のメインとなるイベント。独創的なデジタルアートで知られる「チームラボ」の手になる、最新技術を駆使したさまざまな映像を本丸堀に映す試みなどのほか、今ではなかなか目にする機会がない「鷹狩り」も見ることができる。天水桶や大八車などの小道具を使い、かつての駿府城下を再現したコーナーも登場。当時の雰囲気や町並みを知ることができる。

■岡崎城 神聖視された将軍出生の城

岡崎城の天守は戦後に築かれた 愛知県岡崎市康生町561 名鉄東岡崎駅から徒歩約15分

岡崎城は、家康生誕の城だ。1547年に今川氏の人質に出されるまでの5年間をここで過ごしている。織田氏、今川氏と人質としてたらい回しにされたが、織田信長が桶狭間の戦いに勝利したことで、今川氏から独立。1560年に19歳で岡崎城に戻った。この後、信長と同盟を結ぶと頭角を現し、浜松城に移るまでの10年間、主に三河支配に奔走することになる。松平から徳川に改名したのも、在城中のことだ。

西側には家康の産湯の井戸が残る
本丸には家康を祭神とする龍城(たつき)神社がある

江戸時代には「神君出生の城」として神聖視され、歴代城主も譜代大名が務めた。現在は岡崎城公園として整備され、桜の名所としても有名。城内には、東照公産湯の井戸や胎盤を埋めたと伝わる東照公えな塚など、家康ゆかりの地も。二の丸にある三河武士のやかた家康館は、ジオラマや映像が充実している。

(ライター 萩原さちこ、かみゆ歴史編集部)

[日経おとなのOFF  2015年6月号の記事を再構成]

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