象牙の密輸ルートをGPS内蔵レプリカで追跡
はく製師のジョージ・ダンテは米自然史博物館の展示に欠かせない職人だ。ガラパゴスゾウガメの「ロンサム・ジョージ」が死んだときも、彼がそのはく製を手がけた。そんな世界屈指の達人ですら、私の依頼した仕事は未経験だった。
押収された象牙を見本に、見た目も手触りも、本物そっくりの偽物を作ってほしい。それが私の依頼だった。これまで誰もやったことがない仕事だ。模造象牙の内部には、特製のGPS(全地球測位システム)装置と人工衛星による追跡システムを埋め込む。
「本物の象牙」と断定され、警察へ連行
犯罪組織にとって、象牙は重要な資金源となっている。そこで、偽の象牙を利用して密猟者を突き止め、象牙が通った道路や港、積み込まれた船、経由した国や都市、最終的な売却地を追跡する。それが私の計画だ。
密売人は象牙を調べるために、ナイフで表面をひっかいたり、ライターの火を近づけたりする。本物の象牙と違って、合成樹脂で作った偽物なら溶けるからだ。私が依頼した偽の象牙は、こうしたテストに耐える必要がある。「独特のつやを出す方法も考えてみましょう」とダンテは言った。「シュレーゲル線も入れてください」。象牙の断面に見える菱形模様もつけるよう頼んだ。
偽の象牙を闇取引のルートに乗せるため、私はいくつかの国を偵察した。その一つ、タンザニアのダルエスサラーム国際空港では、税関のX線検査で私の荷物が引っかかった。
「これを開けてください」
私は2本の偽の象牙が入ったスーツケースを開け、これらが模造品であることを示した米魚類野生生物局とナショナル ジオグラフィックの証明書を見せた。
周りに人だかりができた。税関職員たちは象牙を指さして、何やら話し合っている。象牙に目をつけた職員は私が密売人だと疑っていたし、象牙に仕込んだ追跡装置をX線の画面で見た職員は、私が爆弾を持ち込もうとしていると思い込んでいた。
1時間余りもめた揚げ句、空港の野生生物の専門家が呼ばれた。象牙を手に取ると、根元の断面に指を走らせる。「シュレーゲル線だな」
「その通りです。入れさせましたから……」
すると、専門家はいきなり私を指さし、「そんなわけないでしょう」と声を荒らげた。
10年間一度も間違えたことがないという彼は、有無を言わせぬ口調で断言した。これは本物の象牙だ。私は警察に連行され、取調室のデスクの上で一晩寝ることになった。
偽の象牙がたどる密輸ルート
絶望的な貧困にあえぐアフリカ諸国では密猟がはびこり、年間およそ3万頭ものゾウが殺されている。なかでもアフリカ中部では、武装集団やテロ組織が、国境を越えてゾウを殺している。密猟の拠点になっているのは、南スーダン、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、スーダン、チャド。世界でも特に統治が脆弱な5カ国だ。
象牙の密輸は、アフリカ中部の村々で残虐行為を繰り返す「神の抵抗軍」(LRA)など、テロ組織の重要な資金源になっている。密猟団は組織的なネットワークを形成し、治安が悪い地域に目をつける。アフリカの中継地から、中国や東南アジアの小売市場に向かう間に、象牙の価格は最高で10倍にも跳ね上がる。
市場に流すことに成功した2本の偽の象牙は当初、まったく動かなかった。パソコン画面に表示した地図では、中央アフリカ東端に涙形の青い点として表示されたままだった。
しかし数週間後、象牙は動き始めた。2カ月足らずで密林から砂漠まで950キロも旅をして、この記事を書いている時点では、スーダンの首都ハルツームから800キロ南西の町にある。グーグル・アースを使えば、象牙が置かれた家の空色の屋根までパソコン画面で確認できる。たどった経路は、テロ組織LRAの元メンバーたちが証言した、象牙の運搬ルートと一致している。読者がこの記事を読む頃には、象牙はハルツームにあるかもしれないし、違法象牙の最大の消費国である中国にすでに輸送されているかもしれない。
欧米と中東の指導者たちは、拡大の一途をたどる国際テロ組織のネットワークを封じ込めようと、必死で知恵を絞っている。そうしている間にもアフリカでは、レンジャーが使い古しの自動小銃とわずかな弾薬だけを頼りに、世界中の人々に代わって、ゾウを救う戦いの最前線を守っているのだ。
(文 ブライアン・クリスティ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2015年9月号の記事を再構成]
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