なぜ「地魚」と聞くと、うまそうに感じるのか言葉のルーツは江戸時代に

漁港近くの鮮魚店の店頭だけでなく都市部の居酒屋のメニューでも、「地魚」という文字を見かけることが増えてきた。単に「真鶴産の魚」というより「真鶴の地魚」と聞くと、一段とうまそうな感じがするから不思議だ。地魚の言葉のルーツは江戸時代にあるようだが、身近に使われるようになったのはつい最近のこと。実は、衰退が懸念される我が国の漁業と魚食文化の救世主の言葉としても期待されている。
「地魚でお食事できます!」の木札の前に並ぶミノカサゴ(左)と舌ビラメ(神奈川県三浦市の「まるいち魚店」)

「えっ? ミノカサゴって食べられるのですか」。魚図鑑などで、ひれに毒針があり危険と紹介されている魚が、神奈川県三浦市の鮮魚店「まるいち魚店」の店先に並んでいた。おかみさんが「磯の白身魚で、煮付けにするとおいしいですよ」と食べ方を説明してくれる。店先のまな板の上で毒のある胸びれなどを包丁で落とし、うろことわたを取り除いて家ですぐ調理できる状態にしてお客に渡す。三崎の地魚を扱っており、これを目当てにした観光客も多く足を運ぶが、「海が時化(しけ)ると漁師が出漁できないので、店に並ぶ魚の数は天候次第」という。

ここ4~5年前から、各地で地元の魚を「地魚」として売り出す取り組みが目立ち始めている。茨城県日立市の飲食業者十数店が2008年に「ひたち地魚倶楽部」を立ち上げ、地元のゲンゲやヒメジと呼ばれる地魚を使ったメニューを企画し売り物にしている。静岡県熱海市では漁師と市場、飲食店が協力し14年から「今日の地魚って何?」と記したのぼりを掲げるなどして、「熱海の地魚」をアピールする「魚祭り」を始めた。数カ月に1回程度開催し、地元客や観光客に向けた「イワシ詰め放題大会」や、地元の「メヒカリ」と呼ばれる深海魚などを、調理方法を説明しながら販売している。

海が時化ると出漁できないので、まるいち魚店に並ぶ魚の数は「天候次第」

海に囲まれ古くから魚食に親しんだ日本で、「地魚」という概念が生まれたのは江戸時代からとされる。当時の人々は、年貢を収めるための農地など用途が限定された土地とは別枠で、居住地の地続きで自分たちのために自由に使える共有の土地を「地先」と呼んでいた。漁村の人々は、目の前の海を「地先の海」と呼び、そこで取れた魚を「地先の魚」として親しみ、殿様にも献上した。

年貢扱いではないため「地元のうまい魚をぜひ食べてみてほしい」という気持ちからだった。現在も、漁協などで住所の末尾に「地先」とつくところは多く、「『地先の魚は自慢の産品』という意識が、現代の地魚のとらえ方につながっている」(東京学芸大学の橋村修准教授)という。

「地魚」を前面に押し出したのは高度成長?

「地魚」という考え自体は江戸時代からあるものの、では、いつから言葉として「地魚」が使われるようになったのか。冷蔵技術・流通網が発達していない昔は、地元の魚を地元で食べるのは当たり前のことだから、消費者が自分の口にする魚をあえて「地魚」と呼ぶ必要は無かったはずだ。

高度成長期以降、日本が豊かになるに従い、食卓を満たすには地域の天然の魚だけでは足りず、大型船が船団を組み太平洋や日本海で取って「近海物」として国内で大量に流通するようになった。また、養殖魚や輸入魚も魚食文化に急速に浸透していった。これと対比するため、地域で取れた魚を「地の物」などとして区別するようになった。そうした中、06年の水産白書で肉の消費量が初めて魚を上回り、国や自治体、各地の漁協が、漁業と魚食文化の衰退に危機感を持ち消費者の魚離れを食い止め策を模索した。まずは身近な魚に親しんでもらおうと、「地魚」を前面に押し出し、実地で料理する販売会などのイベントを開催するようになった。

こうして08年ころから着目された「地魚」という言葉だが、定まった定義があるわけではない。茨城県などは「地元の漁師がとっている魚」などを「茨城の地魚」として定義している。カニ漁の外道として取れる深海魚「ゲンゲ」や、毒針を持つ「ゴンズイ」など、商品として安定的に大量出荷できるわけではないが、「実は味がとってもよく、漁師だけが自家消費していた未利用魚」を「地魚」として売り込む例もある。

通常、国や自治体など「官」が音頭をとって売り込むものは、押しつけられ感もあり、なかなか浸透しないことのほうが多い。それでも、各地の居酒屋やすし店でも地魚を売りにするようになったのは、「地魚」という言葉自体に、漁業者から消費者までをも引き付ける独特の魅力があるからだろう。

養殖で消えた「旬」を連想させる最適語

「地魚は魚の『旬』を感じさせるには、うってつけの言葉」と指摘するのは鹿児島大学の大富潤教授だ。大人から子供まで人気のある回転すしでは、一年中いつでも、脂ののったサーモンやタイが食べられる。養殖技術の発展のおかげではあるが、魚食文化が画一化された面もある。

一方、漁師やその妻である「浜のお母さん」たちは、土地で取れる魚が、いつ脂がのって食べ時であるのか、どれくらいの大きさが一番うまいのか、刺し身や焼きにするかなど最適な料理方法を長らく伝承されよく知っている。漁師など漁業関係者が、こうした魚の魅力を最大限に引き出す方法をしっかり説明して売り出すことで、消費者にも「地魚=旬」というイメージが定着し、期待を込めるようになった。

熱海で水揚げされたシイラ。照り焼きや刺身で食べるとおいしい(静岡県熱海市の「宇田水産」提供)

水産大学校の鷲尾圭司理事長は、消費者が「地魚」という言葉に飛びつく理由として、「うまさのお墨付きを求め、ネット上の口コミなどを重視するようになったこと」が関係すると指摘する。「『地魚』と聞けば、プロの漁師がおいしいと太鼓判を押したものと感じるのだろう」という。

「地魚という言葉は、日本の漁業の衰退を食い止める、切り札になる」。こう指摘するのは、NPO法人秋田水生生物保全協会の杉山秀樹代表だ。地元の魚を地元民がしっかり知るきっかけづくりとして、11年から毎年「地魚・旬の魚検定試験」を実施している。毎回、漁師から魚好きの食通、釣り好きの子供まで100人近くが受験している。

漁師の高齢化と後継者不足から、全国の漁師の数(約18万人)が医師の数(約30万人)を下回るようにもなった。消費者も「よく知らない魚は口にしない」など魚離れも進む。こうした深刻な事態に陥ったのは、杉山氏によれば、長らく漁師と消費者の間に接点がなかったからだ。漁師は魚を取る技術の研さんには努力するが、魚を水揚げしてしまえばそれで仕事は終了し、「自分たちの魚が、消費者にどう受け止められるか」に思いをはせることはなかった。消費者側も、魚はスーパーで切り身状態で買うのが当たり前になった。自宅で魚をさばいたりすることもなく、骨付きの魚をわずらわしく思う風潮もある。

消費者が魚や海に興味を持てば、漁師もしっかり売れる魚をそろえるようになる。逆に、だれも魚に関心を持たなくなれば、漁業も成り立たなくなる。「地魚は漁業者と消費者をつないで一体化するキーワード」(杉山氏)という。

ここにきて関心を集め始めた「地魚」だが、最近は、地魚をかたり輸入物を売る不正も横行している。「地魚」という言葉は意外に歴史が浅いだけに、まずは、漁師も消費者も魚に愛情をこめて「地魚」を育て上げたいところだ。

(伊藤敏克)