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 「きつい、汚い、危険」という3Kの印象が若者を遠ざけていた中小製造業。しみついたイメージの刷新をねらうプロジェクトが大阪から全国各地に広がり始めた。名付けて「ゲンバ男子」。町工場で働くかっこいい若手工員の姿をネットなどで紹介して女性やものづくりを志す若者にアピールする試みで、写真集の出版も決まった。

 8月4日、金属加工会社マツダ(大阪市城東区)での撮影に同行した。

ゲンバ男子の撮影には大阪産業創造館の山野千枝チーフプロデューサー(左)らが立ち合う(大阪市住之江区のフジムラ)

ゲンバ男子の撮影には大阪産業創造館の山野千枝チーフプロデューサー(左)らが立ち合う(大阪市住之江区のフジムラ)

「工場で働くかっこいい若者」

金属を削る旋盤から油煙が上がる。機械を操る出口裕大さん(24)の額や鼻に汗が光り、あごから流れ落ちる。先ほどまで笑顔で雑談していたのとは別人のような真剣な表情に、プロカメラマンの福永浩二さんが立て続けにシャッターを切った。何枚か撮影しては、大阪市の外郭団体が運営する大阪産業創造館の山野千枝チーフプロデユーサーらと出来栄えを確認する。

産創館は2013年秋から「大阪の中小製造業の製造部門で働く、原則35歳以下のオトコマエな男性、女性」という条件でゲンバ男子を公募し、すでに73社134人(女性2人含む)を取り上げた。

ホームページ(http://bplatz.sansokan.jp/archives/category/genba)を見てみよう。イージス艦でも使われるワイヤロープを生産する会社、ロケットの空調設備を作る会社など、様々な業種が登場する。飛び散る溶接の火花や油で黒ずんだ手袋にフォーカスするかと思うと、数ミクロンの微細加工もある。盛り上がった筋肉と機械や製品の機能美が交錯し、まさに現場感たっぷりだ。

一人ひとりの説明文には会社の案内や、入社したきっかけ、趣味が記されている。「ものづくりをしたい」と、一流ホテルやアパレル業界から転職した若者。「現場を明るく、イケイケにしたい」という若手社員の提案を受け、作業中にヒップホップ音楽を流す工場もある。

産創館がゲンバ男子を始めたのは中小製造業の採用難を少しでも改善したいという思いからだ。同館が発行する月刊誌「Bplatz Press(ビープラッツプレス)」で中小企業の社長インタビューを連載していた山野さんは「若者の採用難は企業存続に直結する問題」と訴える経営者の声をあちこちで聞いた。

「工場で働くかっこいい若者の姿をネットで紹介すれば、まず女性の間で話題になり、それをきっかけに若い男性も製造現場に目を向けるという何段階もの作戦」と、仕掛け人の山野さん。話題を呼んだ佐川急便の集配担当者「佐川男子」の町工場版というわけだ。

ゲンバ男子のホームページに掲載されている作業の写真(大阪市住之江区の九飛勢螺、ネジの検査作業、福永浩二氏撮影)

ゲンバ男子のホームページに掲載されている作業の写真(大阪市住之江区の九飛勢螺、ネジの検査作業、福永浩二氏撮影)

作戦は的中した。ホームページを見た女性がブログなどで紹介。出版社の幻冬舎は11月に写真集を発刊する。同社編集本部の有馬大樹氏は「草食男子とはまったく逆の路線。まずは女性をターゲットに、町工場で働く若者の美しさ、かっこよさを届けたい」と語る。販売目標は5万部だ。

冒頭のマツダの撮影は写真集用の追加取材。この日は3社を巡り毎日放送(MBS)の取材陣も同行した。再び取材現場に戻ろう。

「見つめ合って下さい」「笑顔でないバージョンもほしい」。山野さんらから次々と注文がつく。配管部品メーカーの三元ラセン管工業(大阪市城東区)。従業員の山田心さん(22)がリーダーと恥ずかしげに顔を見合わせる。同社のゲンバ男子は3人目。以前取り上げられた眞部優さん(30)は「もっと上を目指そう」と溶接の資格を取った。

同社は1ミリ単位で生産できる技術を生かし、大学、研究機関など約1200の取引先を対象に特注品のみを扱っている。高嶋博社長は「世界に通用する技術を持っているなら町工場も情報発信しないとだめ。ゲンバ男子はそのきっかけになる」と話す。グーグルやヤフーなどの検索エンジンで上位に表示され、ネット受注で効果があったという。

ゲンバ男子が巻き起こす変化

実際、ゲンバ男子に登場した企業ではいろいろな変化が起きている。「地図と電話番号程度だった会社のホームページをビジュアルに変える企業が目立つ。注目されることで会社の発信が変わる」と山野さん。

板金部品メーカーのナルオ(大阪市平野区)は14年の社員募集に応募者がほとんどなかったが、求人情報サイトのPRをゲンバ男子風に変えたところ、今年は40人以上の応募があったという。「ゲンバ男子に参加するような柔軟で面白い会社だ」と女性事務員の応募が増えた企業もある。

ゲンバ男子の素顔に迫ろうと、8月7日に大阪市内の居酒屋で開いた座談会をのぞいた。

冒頭で紹介したマツダの出口さんは大学でデザインを学んだが、「デザインだけでなく一から全部、自分でつくりたい」と、今の会社を選んだ。「工場の扇風機は通称ドライヤー」などと笑わせながら、先輩が指先でさわるだけで0.1ミリの違いを見分けるのを「神様のよう」と驚嘆する。

ゲンバ男子を応援する女子チーム「チアーズG」も7月に発足した

ゲンバ男子を応援する女子チーム「チアーズG」も7月に発足した

プラント設備メーカー、フジムラ(大阪市住之江区)の高井裕太さん(31)は「お客さんからありがとうと言われるのが一番うれしい」という。ガールフレンドやバイクの話をする普通の若者たちだが、「やらなくていい部分までやり、120点取ろうとしている自分がいる」と言うほど職人意識を持っている。

134人のほとんどを取材した山野さんは彼らの魅力をこう語る。「失礼ながら最初はそこまで向上心を持って働いているとは思わなかったが、コンマ数ミリの精度を上げるのに何カ月もかけている。『今日より明日』という地味な向上心が緻密で信頼性が高い日本のものづくりを支えていることがわかり、これからも日本は負けないと思った」

ゲンバ男子プロジェクトは新たな段階に入っている。成功には女性へのPRが欠かせないと、産創館は7月、同館の女性スタッフや町工場で働く女性社員、女子大生、従業員の妻で応援団「チアーズG」を発足させた。メンバーがフェイスブックなどでゲンバ男子一人ひとりを紹介していく。

全国展開へ、次は映画化?

全国展開に向けては、無償でロゴやノウハウを提供する。賛同した川崎市産業振興財団は4月から公募を開始し10社20人を取り上げた。「今後は工業高校を巡り、紹介してもらった卒業生を取り上げれば、後輩が関心を持ち就業につながるのではないか」(同財団)。愛知県春日井市は10月1日にホームページを開き広報誌でも紹介する。まず5社11人を予定し公募も始める。北九州市が検討中のほか、静岡県や愛媛県新居浜市も関心を示している。

ゲンバ男子に触発され、作業環境を変える動きも出てきた。

太洋マシナリーは若手社員で新しい作業着を決めるコンペを開いた

太洋マシナリーは若手社員で新しい作業着を決めるコンペを開いた

産業機械製造の太洋マシナリー(大阪市大正区)では20~30代の若手社員でチームを作り、作業服の刷新企画が進む。地味なベージュの作業服を長年使ってきたが、営業、設計も含め約100人の作業服をアパレルに公募するコンペ方式で決めることにした。

「生産、設計、営業に統一感を出したい」「営業はさわやかに、設計は賢そうに」。8月11日、工場の会議室で開いたアパレル3社による3回目のプレゼンテーション。統一感とそれぞれの現場での機能性、コストなどを巡って議論は沸騰した。秘書の中山智永子さんは「こんな活発な議論になるとは思わなかった。社員がかっこいいゲンバ男子になれば、仕事も変わっていくと思う」とみる。

コンペに出品した作業服製造販売のアイトス(大阪市中央区)はゲンバ男子に協賛し、胸ポケットをなくし難燃性の反射テープをつけた溶接専用の作業服を開発した。四国の造船会社などにヒアリングし、OLの意見も入れてかっこよくまとめた。「今後はこうした専用作業服の需要がありそうだ」と、大谷雅洋・企画制作室長。作業現場からのファッション改革を意識し、物流用など3種類の専用作業服を開発した。

外部の目を意識して情報発信を始めた町工場。ゲンバ男子プロジェクトと作業服・工具メーカーや人材募集サイトとの連携も進む。さらに大きな流れになるかは、これからが正念場だ。「為替変動の影響など悪いニュースでしか取材が入らなかった町工場が、いいニュースで取り上げられるようになった。その積み重ねが大きい」と山野さん。「次は映画化?」との質問に「ますます妄想が広がってしまう」と笑った。

(編集委員 宮内禎一)

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