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「N響は世界クラス」初の首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィが語る

2015/8/24

 NHK交響楽団の首席指揮者に9月、パーヴォ・ヤルヴィ(52)が就任する。「首席指揮者」は前身の新交響楽団に遡るN響の89年の歴史の中でも無かったポストであり、彼が初代となる。世界トップ級の指揮者が次々に客演する中で、N響とどんな音楽をつくっていくのか。10月の就任記念の定期公演を前に抱負を聞いた。

■全員が均等な実力を持つ

NHK交響楽団の首席指揮者に就任するパーヴォ・ヤルヴィ氏

 世界的指揮者ネーメ・ヤルヴィを父に持ち、エストニアの首都タリンで生まれた。米国で育ち、レナード・バーンスタイン、ユージン・オーマンディ、ゲオルク・ショルティら名だたる巨匠たちに学んだ。2001~11年に米シンシナティ交響楽団の音楽監督、06~13年に独フランクフルト放送交響楽団の音楽監督、10年から来年までパリ管弦楽団の音楽監督を務める。今後は04年から芸術監督の地位にあるドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンとN響の活動に注力するという。N響には02、05年と今年2月に客演している。

 ――N響を指揮した印象、期待する点は。

 「たいへんポジティブな印象であり、期待を抱かせてくれる。10年前に共演した時にも世界クラスだと感じた。木管、金管、弦を含め、各楽器のセクションのソリストが優れている。しかも全員があるレベル以上の均等の演奏力を持っている。全員が均等な力を持つ大きなオーケストラは世界的にもまれだ。響きの力強さ、リズムの正確さ、丸みのある音色は素晴らしい。N響は東京を拠点とする大都市のオーケストラであり、メディアへの露出度の高さや多くの聴衆に関心を持たれることに慣れている。米国の大都市の有名オーケストラに似た性格がある。加えて、N響はドイツ音楽を得意とする偉大な指揮者たちと共同作業をしてきた伝統がある。ドイツ的な響きを持っている」

 N響は名誉音楽監督シャルル・デュトワ、桂冠指揮者ウラディーミル・アシュケナージ、名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテット、名誉客演指揮者アンドレ・プレヴィン、正指揮者外山雄三、尾高忠明というそうそうたる指揮者たちによる陣を敷いている。一流の指揮者たちの客演も頻繁にある。さらに新設ポストの首席指揮者としてパーヴォ・ヤルヴィを迎えることで、世界クラスのオーケストラとしての新たな時代の幕が開くと期待されている。

 ――世界クラスのオーケストラの条件とは何か。

 「ある一定の演奏レベルに達していないと世界クラスとはいわない。演奏技術に限界がないこと、楽団員一人ひとりが確固とした自信を持っていることが条件だ。その点でN響は楽団員の個人のレベルが高い。世界を見渡しても、アプローチがユニークだったり、特殊なレパートリーを得意としたり、面白いところがあっても、楽団員全員が本物の実力を持つオーケストラは少ないものだ」

 「N響はこれまで非常に個性のある伝説的な巨匠たちの指揮のもとで演奏してきた。ウォルフガング・サヴァリッシュやホルスト・シュタインらをはじめ、日本の朝比奈隆も含め、多くの巨匠たちから精神的に学び、彼らの期待に応えてきた。N響には音楽的に非常に厳しく取り組む姿勢がみえる。楽譜に書いてある音符の一つ一つに誠実だ。楽譜が言っていることを実現するためにものすごい努力をするし、やろうとすることに限界がない。これが世界クラスの証拠だ」

 ――課題は何か。

 「オーケストラは常に次のステップを目指す余裕を持つべきだ。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は今よりももっとうまくなる可能性がある。さらに高次元へと向かうステップが常にあるのが芸術の性質だ。このため、現状に満足せず、さらに次を目指すために、楽団員にインスピレーションを与え、モチベーションをどう高めていくかが課題となる」

 

■北欧色をつけるつもりはない

 

 N響はサヴァリッシュやオットマール・スウィトナーら、ドイツ人やオーストリア人の指揮者のもとでドイツ的といえる響きを長年育んできた。だが1996年にスイス人のシャルル・デュトワが常任指揮者になってからは、フランス風の響きも備わったといわれる。

 ――どんなN響にしたいか。

 「指揮者が音楽をどう捉えるかはそれぞれ異なる。経験や年齢、出身国の文化や伝統など様々な要素から指揮者の個性が出てくる。デュトワはフランス色、サヴァリッシュはドイツ的、アシュケナージはロシア風と、国籍だけでは割り切れない。例えば、サヴァリッシュは(旧ソ連、ロシアの)ショスタコーヴィチの作品の指揮も素晴らしかった。だからレパートリーで個性が決まるわけでもない。当時のN響はサヴァリッシュの経験や信念を演奏していた。指揮者が代わるということはその人の音楽への理解に伴う変化として捉えられる。サヴァリッシュとアシュケナージでは全く個性が違う。しかし2人の解釈はどちらも有効なのだ」

 「私はサヴァリッシュらが生きた20世紀前半を知らないし、第2次世界大戦も経験していない。しかし私は彼らが経験したことがない時代を生きている。だからN響が長年得意としてきた作品でも、私の視点から見たその曲の解釈を演奏してもらいたい。私は(バルト3国の)エストニア出身だが、国籍の色を残したいとは思わない。北欧諸国のニールセンやシベリウスの作品を取り上げる機会がやや少ないと思うが、そうした作曲家ばかりを取り上げて北欧色を付けるつもりもない」

 ――日本の作曲家の作品を取り上げる考えは。

 「私は日本人の作曲家を知る段階にある。残念ながら武満徹のほかはあまり知らない。藤倉大の作品をはじめ、日本人の作曲家の楽譜を入手して研究を始めている。日本の作品を世界中で演奏し、後押しするのは重要だが、時間がかかる。しばしお待ち願いたい」

■悲劇的な状況下でも音楽が必要

 「パーヴォ・ヤルヴィ首席指揮者就任記念」と称して10月には東京での3種類の定期公演をすべて指揮する。3、4日のマーラーの「交響曲第2番ハ短調《復活》」(NHKホール)から始まり、14、15日にはリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「歌劇《ばらの騎士》組曲」(サントリーホール)、23、24日には五嶋みどりを独奏者に迎えてショスタコーヴィチ「バイオリン協奏曲第1番イ短調作品77」(NHKホール)などを指揮する。

 ――東京公演のほか、10月17日にはいわき芸術文化交流館アリオス(いわき市)での「いわき定期演奏会」も指揮する。いわきは東日本大震災の被災地だが、大震災や戦争などどんな局面でも音楽を演奏できるという信念はあるか。

 「大いにある。音楽は永遠に続くものだ。大事なのは、どんなに悲劇的な状況下でも音楽が必要だと信じられることだ。戦争や天災などの悲劇が起きると、音楽なんて悠長なことを言っていられないという風潮が出てくる。しかし、音楽があるからこそ人間への信頼が保てる。マーラーやモーツァルトの音楽を聴くと、人間性や魂が存在するという確信を持てる。癒やしは大きな力を発揮する。人間は重大な局面で言葉ではなく音楽を使ってきた。ナチス・ドイツの占領下、アウシュヴィッツ強制収容所にも楽団があった。翌日に処刑されるような事態にあっても、人々は音楽を通じて人間的なものに触れていたかったのだ」

■世界に実力をアピール

 「R・シュトラウス交響詩チクルス」と称したCDシリーズをソニーから出す。第1弾は2月18、19日に客演指揮した「ドン・ファン」「英雄の生涯」の録音で、9月に発売する。10月定期公演の「ドン・キホーテ」、来年2月定期の「ツァラトゥストラはかく語りき」なども続編として出していく予定だ。

 ――R・シュトラウスの作品についてはN響との録音が初めてのCDとなるが、これまで録音してこなかった理由と、N響と組んでCDを出す意義は。

 「R・シュトラウスはN響にとてもよく合っている。N響はドイツ・ロマン派の音楽に大きな共感を持って演奏してきた伝統がある。今まで共演してきた偉大な指揮者たちの影響だ。N響が演奏するR・シュトラウスの作品の音には実がある。R・シュトラウスは非常に複雑な音楽を書いた。だから演奏にはオーケストラの力量が問われる。楽団員一人ひとりが密な音の作品に負けない演奏力を備え、この複雑な音楽をはっきりと明確に表現できなければならない。N響とともにR・シュトラウスの交響詩を順番に録音していくのは理にかなっている。私はR・シュトラウスが大好きだ。録音に適したオーケストラとの出合いを待っていただけであり、それがN響だった」

 ――N響を世界に向けてどう発信していくか。

 「私の父、ネーメ・ヤルヴィは日本でN響を指揮するとき、『非常に情熱的になるオーケストラだ』と指摘していた。彼はよくN響のことを『東洋のベルリンフィル』と言っていた。父ほどの指揮者がそう言っていたのは、よほどN響を気に入っていた証拠だ。クラシック音楽はヨーロッパで生まれたものだから、例えば、米国人の演奏でも眉唾物だと思っている専門家は残念ながらまだいる。しかし、N響の演奏水準が欧州のオーケストラに引けを取らないのは事実だ。CDの発売のほか、海外ツアーを通じて連帯意識を育みながら、世界にその実力をアピールしていく努力も必要になる」

(聞き手は文化部 池上輝彦、生活情報部 関優子)

パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンによるブラームス「ハンガリー舞曲第1番、3番&10番 他」のCD(ソニー)
パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団によるデュティユー「交響曲第1番、メタボール 他」のCD(ワーナー)
パーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団によるブルックナー「交響曲第4番《ロマンティック》」のCD(ソニー)
パーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団によるブルックナー「交響曲第6番」のCD(ソニー)

ブラームス:ハンガリー舞曲第1番、3番&10番~パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィルの世界

演奏者:パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン
販売元:SMJ

デュティユー:交響曲第1番、メタボール、他

演奏者:ヤルヴィ(パーヴォ)
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン

ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック 」

演奏者:フランクフルト放送交響楽団 ヤルヴィ(パーヴォ)
販売元:SMJ

ブルックナー:交響曲第6番

演奏者:パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)フランクフルト放送交響楽団
販売元:SMJ

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