アート&レビュー

アート

大地の芸術祭2015 土石流がアートに姿を変え、茶碗のような茶室が現れる

2015/8/17

新潟県十日町市および津南町の約760平方キロメートルにおよぶ地域で、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015」が開催されている(9月13日まで)。山あいの農業地域を舞台に展示された新作は約180点。2000年の第1回以来制作された約1000点のうち撤去されずに残された約200点も見ることができる。

「大地の芸術祭」は棚田風景が美しい新潟県十日町市および津南町で開かれている

「アートはどこにあるのですか」

津南エリアで作品を制作した美術家の磯辺行久は、芸術祭の来場客から現場でこう尋ねられたという。磯辺が作品を設置したのは、2011年3月12日に起きた長野県北部地震で大規模な土砂崩れが発生した場所である。津南町でも震度6弱を記録する大地震だったが、前日の東日本大震災の陰に隠れて、被害に関する情報が埋もれた経緯を持つ。しかし、ここでは深い積雪が土石流を大きくする要因になったうえ、地震で地盤が緩んだことからその後さらに2度の土砂崩れが起きたという。

国土交通省は土砂災害の再来に備えて、この地で砂防ダムの建設を始めた。鉄鋼板の壁を外周としてしつらえ、中に土砂を詰めた円柱状の構造物による「鋼製セル式堰堤(えんてい)」という方式のダムだ。

磯辺が「土石流のモニュメント」と題した作品を設置したのは、このダムの周辺である。地震で土砂が崩れた跡を高さ3メートルの黄色い木製ポール約230本で囲み、分かるようにしたのだ。地元住民との「協働」でポールに色を塗り、立てたという。現場を訪ねると、ダムの上からこの辺り一帯を眺められるよう、見学者用の通路があった(公開は金、土、日曜日のみ)。設置には、「国交省が積極的に協力してくれた」と磯辺は話す。

磯辺行久「土石流のモニュメント」
建設中の砂防ダム

近年は、絵画や彫刻といった従来の形式とはあり方の異なるアート作品が増えており、「アートとは何か」を一言で表すのが難しくなっている。特に地域の活性化を目指す「大地の芸術祭」のような場では、住民とのかかわりや地域との結びつき自体が作品成立の要素となることも多く、表現方法は多様化している。

磯辺の作品で大切なのは、まず人々に現場に来てもらい、土石流の跡を五感で認識してもらうことだ。ポール1本1本に芸術性や美術家ならではの職人的な仕事の成果が表れているわけではない。鑑賞者は現場を歩いたり眺めたりすることにより、土砂崩れや、新しく建設されたダムと地域との関係などに思いをはせることになる。磯辺が設置したのはポールだけだが、ダムを含めたこの一帯を表現媒体としていると見るべきだろう。「アートはどこにあるのか」「アートとは何か」という問いへの答えもそこにある。

宿泊施設のロビーに美術家が作った茶室を外から運んできて置く。こんな展示をしたのは、古郡弘の作品「うたかたの歌垣」だ。松之山エリアの「じょうもんの湯 おふくろ館」の正面玄関を入るといきなり、小さな「建物」が目に飛び込んでくる。全体は庵(いおり)の風趣をなし、屋根はなぜか鳥の羽で覆われている。さらに特徴的なのは、厚紙か何かをはさみで切ってフリーハンドで組み立てたような手作り感が漂っていることだ。芸術祭の総合ディレクターの北川フラムの言葉から、理由の一端が分かった。「こよりを材料にしている」というのだ。水を含ませるなどして粘土状にしたうえで漆喰(しっくい)のように使ったのだろうか。北川はさらに言葉を続けた。

宿泊施設のロビーに設置した古郡弘「うたかたの歌垣」 
古郡弘「うたかたの歌垣」。屋根の部分はカラスの羽で覆われている

「古郡はこの芸術祭に2000年の初回から参加してきたが、2009年には出品に見合う作品プランが出てこなかったため、参加が見送られた。ところが今年1月、新作を見てほしいという連絡があり、作家のスタジオまで行くとこの茶室ができていた。5年かけて作ったという」

2メートルほどの高さを持つ構造物を作るために使ったこよりの量や、作家が黙々と作業する姿を想像するだけで、気が遠くなりそうだ。屋根を覆っているのは、作家が20年かけて集めたカラスの羽だという。「建物」というよりも、美術家手作りの立体作品というほうが的を射ているかもしれない。形のゆがみを味わいとするのは、桃山時代以降の茶碗(ちゃわん)のようでさえある。壁の肌合いも陶器に通じる。

おふくろ館のロビーは天井高が少し足りなかったため、天井板の一部を外して設置されている。この茶室には物として愛(め)でたくなるような魅力がある。ロビーは以前とは全く違う空間に生まれ変わったのではないだろうか。

築250年の古民家の随所に日本画を展示した田中芳「けれども、たしかにある光」
田中芳「けれども、たしかにある光」

この芸術祭では、廃屋を再活用する例が少なくない。川西エリアの築250年の古民家に日本画家、田中芳の複数の絵画や立体物を配した「けれども、たしかにある光」もその一つだ。展示された絵画には、点や直線、曲線、比較的シンプルなシルエットによる造形表現が多く見られる。ある部屋の壁の2面にL字状に配した大作絵画では、陰影なく描かれた草のモチーフを全面にちらしていた。別の一画には、立てた板に雨のような筋が引かれ、組み合わせて床に置いた板に池の波紋のような円を描き重ねた作品も。シンプルな線と円で表したのが雨の情景、すなわち風景であることは明白なのに、あか抜けたデザイン画のような趣を見せている。

田中芳「けれども、たしかにある光」

田中は2013年に病気で急逝、約半世紀の生涯だった。北川によると、「もともと花鳥風月をテーマにしていたが、次第に雨や水などのモチーフを描くようになり、シンプルで抽象的な方向に作風が変化した」という。晩年のテーマ「塵(ちり)」はその極みだ。眼球に付着した塵のようなものを線で描いている。塵のリアリティーではなく、浮き出す模様に美を見いだしたのだろう。具象の中から普遍的な抽象を抽出し、美に落とし込んでいる。表現はモダンなのに、日本の伝統絵画の歴史をも思わせる。

廃屋を再活用した新たな取り組みの例として注目すべきは、津南エリアの「上郷クローブ座」という演劇の拠点である。廃校となった中学校の校舎をリノベーションし、劇団員が一定期間居住しつつ、日々のリハーサルおよび公演ができるようにした施設だ。もとは校舎だった建物ゆえ、体育館や教室を転用することで、本番用の劇場も稽古場も、団員が居住するための部屋も準備することができるわけだ。稽古場を都会で確保することが難しい劇団を恒常的に呼ぶことができれば、創造と発信の拠点になりうる。

廃校中学校の校舎を再利用して演劇の拠点にした「上郷クローブ座」外観

7月25日のこけら落とし公演では、森をさまよう兄妹のグリム童話に想を得た現代劇「ヘンゼルとグレーテル~もう森へなんかいかない~」を、松井周の演出で「劇団サンプル」が上演した。山あい地域での上演は、森と人間との関係を深く考えさせる内容だった。ところで、上郷クローブ座のレストランで食事をすると、地元の女性たちがウエートレス兼女優として、物語仕立てで地元産の食材を主体としたコース料理がふるまわれる。実はこれも作品だ。作者は、食をテーマにしてきたアーティスト、EAT&ART TAROである。

芸術祭の拠点として十日町駅近くに立つ施設、越後妻有里山現代美術館「キナーレ」の中庭には、2008年の北京五輪開会式を花火で演出した美術家、蔡國強の「蓬莱山」と題した巨大なインスタレーション作品が展示されている。緑の木々が覆う山はユートピアを表すが、裏に回ると張りぼてであることが分かる。周囲の通路には、藁(わら)で作った小さな鳥や飛行機や船が宙づりになっている。よく見ると、軍艦や空母を模したものもたくさんあった。それらを認識した途端に、心は揺さぶりをかけられる。なぜユートピアを表すのにそんなものが必要なのか。蔡は、中国に生まれ、日本でアートを学び、世界に花開いた作家だ。現代世界のユートピア観を改めて問いかけているのだろうか。答えを押しつけず、見る側の思考と想像力を呼び覚ます。

越後妻有現代美術館「キナーレ」中庭に作った蔡國強「蓬莱山」は巨大な島のような趣を見せる
蔡國強「蓬莱山」より、藁でつくった空母

7月25日夜「キナーレ」の中庭で開かれた前夜祭で蔡は、「爆発絵画」の公開制作を披露した。作品の全幅は16メートルほど。火薬を絵の具のように配した4枚の紙の上を別の紙で覆い、レンガのような重しで飛ばないようにするなどの準備をして、一端に火をつける。火の動きは素早く、1秒かかったかどうかという短い時間で「爆発」を終えた。

残り火を消して覆った紙を取り除くなどした後、予定の展示スペースに運んで4枚を並べると、全像があらわに。そこにも蓬莱山=ユートピアと思しき島の像があった。蔡が火薬をコントロールするすべを熟知していることにまず感心する。だが、魅力はむしろ綿密にコントロールできない部分、火薬の爆発の跡を絵の具代わりにした独特の筆触にあることを確信した。

(多摩美術大学教授 小川敦生=写真も)

7月25日の前夜祭で爆発絵画の制作パフォーマンスを披露した蔡國強の作品。写真は壁に掛けられた26日の展示風景

アート&レビュー 新着記事

ALL CHANNEL