エゾオオカミ絶滅の悲劇を忘れないために
オオカミは,高度な社会性のある群れ(パック)を作り生活します。ずば抜けた殺傷能力を持たないオオカミは集団で大きな獲物を狩り生活します。強力な殺傷能力を持ち単独で生活し狩りをするトラなどのネコ科動物とは対照的です。
群れには高度な秩序とチームワークがあります。昔モンゴルではオオカミを手本として軍隊をつくり,軍隊の訓練としてオオカミ狩りを取り入れていたといいます。オオカミに裏を取られてオオカミの狩りに失敗した隊長は厳罰に処される程厳しい訓練だったといいます。そうあのチンギスハーンの時代のことです。
■明治開拓期から北海道で起きたこと
日本人が絶滅させた初めての種はエゾオオカミです。明治に入り開拓が始まってからの悲劇でした。ヒトの一方的な都合による殺戮(りく)の歴史です。
北海道ではオオカミの絶滅も要因となり、増えすぎたエゾシカを年間10万頭以上殺処分しています。その多くは産業廃棄物として処理されています。命に向き合う根本的な姿勢に一石を投じられればと思い、旭山動物園では2008年(平成20年)に「オオカミの森」を整備しました。飼育しているのはカナダのシンリンオオカミです。
オオカミは最上位の雄と雌を中心として厳格な上下関係のもと10頭前後のパックという単位の群れを作ります。繁殖するのは最上位のペアだけで基本的には雌雄とも2位以下の個体は繁殖可能年齢になっていても繁殖することはなく最上位ペアの子を群れ全体で育てます。
子供は生後半年もするとじゃれ合いの中から優劣がつき始め大人との挨拶などの社会的な行動も学び始めます。それは競争して上を目指す、あるいは上下、優劣と言うよりも、自分のポジション「分相応」を見つける過程に思えます。そんな社会性のある動物の仲の良さだけではない厳しさも含めて、しっかりと見てもらいたいと考えました。
シンリンオオカミの繁殖は2011年、12年と順調でした。施設の改修が重なり母親のみ隔離しての出産でしたが、14年はいよいよ群れの中での初めての出産となりました。
旭山には父ケン、母マースのペアと、その子供たちが4頭いました。当時3歳のヌプリ(雄)とレラ(雌)、同2歳のカント(雌)とノンノ(雌)の計6頭の群れでした。
野生でも群れの基本的な単位は同じで、群れに残っている子供たち(といっても3歳は繁殖可能年齢だし、体格も大人と同じです)は母親の子育てを手伝います。旭山での発情期は2~3月で、子供にも発情が来るのですが、父のケンはマースとしか交尾しません。ヌプリもケンの目があるので妹たちと交尾しようとはしません。群れの秩序やルールは厳格です。
動物園ではお客さんにも見える放飼場の小山の中腹に巣箱を設置し、そこで出産できるようにしてあります。5月のある朝、マースの姿が見当たりません。さらにレラの姿も見当たりません。マースの出産は交尾から逆算して予想していて、ケンがマースに吐き戻した餌を与えるなど出産の兆候はありました。でもレラの姿が見当たらないことにちょっと胸騒ぎがしました。
繁殖期や出産の時期は群れの状態が不安定になる時期でもあります。レラは子ども同士の中でも自分のポジションを見つけるのが苦手な個体でした。もしやレラが不用意な行動をとり、攻撃を受け動けなくなっているのでは。放飼場内をくまなくみたのですがやはりレラの姿はありませんでした。
しばらく巣箱の入り口をみていたらレラが顔を出しました。巣の入り口から顔を出しあたかも巣を守っているかのようです。精神的に高ぶっているようで、妹たちが近づいても威嚇の姿勢をとっています。そのうちレラを押しのけるようにマースが巣箱から顔を出しました。
マースはおなかの膨らみがすっきりとしています。やはり出産したのです。ケンをはじめ他の4頭もマースの出産は察しているらしく、普段よりも物音などに敏感に反応します。
野生では巣に子供がいるときは群れの誰かが巣に残ります。動物園では普段の寝室で餌を与え、そのまま放飼場に戻れるようにします。放飼場で餌を与えないのは寝室まで餌を食べに行くことで擬似的な狩りの状況に近づけたいからです。
出産の日はマース、レラ共に餌を食べに寝室に行きませんでした。次の日、マースは寝室に行き餌を食べさらにケンの口元をなめケンからはき戻した餌をもらいました。レラは巣から出てきませんでした。その次の日はいったんはマースもレラも巣からでたのですがレラは引き返して巣に入りました。子守はレラの役割のようです。それもレラが買って出たように見えます。
■数もたくましさも増すファミリー
新たな命の誕生が群れの結束を高めたくましくなっていくのでしょう。そしてそれぞれの個体が役割を果たし、助け合うことで自信やいたわりの心をはぐくみ将来自分の群れを持つ資質につながっていくのだと思います。
そして今年もまた、雄と雌の2頭の子が生まれました。7月ごろからでしょうか、10頭になったファミリーは夕方いっせいに遠吠えをするようになりました。4歳になった雄のヌプリは群れとは距離を置くようになってきました。そろそろ群れを出る時期です。新たな飼育地を見つけてあげなければいけません。
ほんの100年ほど前には旭山でもオオカミの遠吠えが聞こえていたのかもしれません。きっとケンとマースのように命をつないでいたはずです。彼らを見ていると「なぜ最後の一頭まで。誰かが共に生きる折り合いをつけよう」と思わなかったのか、悔やまれてなりません。
ヒトは残酷な習性を持つ生き物、でも学習や反省、修正もできる生き物、ここ数年日本中で急激に野生動物との折り合いがつけれなくなってきました。今一度、過去に自分たちのしてきたことを真摯に受け止めなければいけないのではないでしょうか。同じことを繰り返さないために。
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