作家・中川李枝子さん「叱り方もお母さんの個性です」
息子は10カ月です。いろんなものをおもちゃにして、口に入れます。触ってはいけないものは子どもの手の届かない場所に移して対応していますが、広くない家なのでつい物が出しっぱなしのことも。慌てて「(それは触っちゃ)ダメよー」と止めに入るのですが、ふと「この、してはいけないかどうかの判断って大人の都合ではないか、ほんとうにダメなのかな」と迷ってしまいます。
A. 意識して「ダメ」を止められないのはあたりまえ。母親の本能の勘みたいなものだから、何をダメと捉えるかもお母さんそれぞれの個性よ。
──今回は、「ダメの良きタイミングはあるのか」についての質問です。
「ダメ!」って思わず出てしまうものでしょう。意識して「ダメよ」なんて言っている暇はない。お母さんの勘みたいなもの。気づいたときにはもう出ちゃったあとだから、仕方ないですよ。いつも理性的になんて、やっていられないもの(笑)。
いいのよ、いいのよ。子どもを守ろうとするお母さんの愛情表現でしょ。お母さんは、子育てに一所懸命で夢中なのよね。
──「ダメ」って言葉って、強いし、きつい印象があるじゃないですか。私もつい息子に声を張り上げてしまいます。
ダメ、の言い方にもよるでしょう。大声で短い「ダメ!」と、ゆったり落ち着いての「だーめ」では全然違うもの。お母さんの性格によるところも大きいでしょう。細かいところまで目を光らせるお母さんもいれば、子どもが何をやってもニコニコしてわれ関せずとしたお母さんもいる。
どういう状況を「ダメ」と判断するかも含めて、それぞれのお母さんの個性です。そのお母さんなりの基準とやり方でいいんじゃないかしら。
──お母さんの個性。そう言ってもらえるとホッとしました。声を張り上げた直後に反省することも多いので。
口に出したあと、お母さん自身が「今の叱り方はどうだったかな」と反省するのはいいことだと思いますよ。反省できるのは自覚しているわけだから、何も心配しなくて大丈夫。
小さな子どもがいたずらするのは、その子が悪いんじゃなくて手が悪い
──みどり保育園では、園児たちに対してどのようにダメの線引きをしていたのですか。
大事なお子さんをお預かりしている私たちは、子どもの命を守ることが第一条件です。だから、ケガや病気に関わる危険なことは絶対にダメ。子ども自身にも、自分の身は自分で守らなくてはいけないと教える必要もありますよね。
みどり保育園ではガスストーブを使っていたのだけれど、ガス栓は危険だから絶対に触れてはいけない。夏でもストーブのガス栓のそばには近づかないよう覚えさせました。
──まだ言葉で説明しても分からないような小さな子どもに、どうやって教えたのですか。
「おててピン!」という教え方をしていました。これは効果絶大でしたよ。
──どういう教え方なんですか。
子どもがいたずらしたとき、悪いのはその子じゃなくて、いたずらをした手、かみついたら口が悪いんです。だからいたずらをしたら手を注意する。
「め!」「こら!」「これ、いけません!」と怖い顔をして、「おててピン!」と声に出して、子どもの悪い手をなでるんです。
────怖い顔をして、手をなでるのですか?
そう。力は入れません。でも声は厳しく「ピン!」と叱ります。すると、子どもは「うえーん、痛いよぅ!」と泣くんです。痛いはずはないのに。
そのうちに、実際に手に触れなくても、「ピンよ!」の響きを聞いただけで泣くようにもなる。でも、ここでの"泣く"は本気では泣いていない、子どもの演技のようなもの。先生から「め!」「おててピン!」されて、「うぇーん」と泣くふりをする。今にして思えばごっご遊びみたいになっていました。
「ダメ」を教えるにも、そんな遊びの余裕があると楽しいですよね。
2歳、3歳の子は、自分の伝えたいことがうまく言葉にできないから、つい手が出てしまう。してはいけないことだと教えるのに、1回の「ピン!」では分からないことも多いけれど、繰り返していると、「ああ、いけないんだな」と分かっていきます。
家と保育園の基準が違うのは当然。それが「社会性」というもの
──子どもから、「家ではママは叱らないのに、保育園ではなぜダメなの」と言われるようなことはなかったですか。
保育園に一歩入ったら、すべてこちらの責任。園を出れば、お家でのことは関知しない。それがみどり保育園の方針でした。子どもは、誰に教わらなくとも、家と保育園はちょっと違うと心得ていたんじゃないかしら。
──そう聞きましたのは、わが家のルールではOKだけれど、ほかの母子が関わったとき、そのお母さんの手前「こら」と叱っていることがあるなと…。子どもは、家と外での統一感がないことに戸惑ったりしないでしょうか。
家と外で全く同じにはならないのは、「社会性」でしょう。誰しも社会生活を送っているのだから、外に出れば家の方針も少々変化することは当然のこと。遠慮したり、我慢したり。そんなもんですよ、世の中(笑)。
相手の子どもがどういう子で、どんな考えを持ったお母さんかでも、対応は違ってくるでしょう。相手のお母さんや子どもの個性を無視して言えることでもない。
──家庭内での基準と、外での基準は同じようにはならないと。
そうですよ。すべてを教科書通りにしようとしても無理。それぞれの育児の方針はあっても、臨機応変、大人の世渡り(笑)。
子どもだって分かっていますよ。家の中でだって、父親と母親で意見が違い、対応が変わることがあるでしょう。むしろ、父親と母親の意見が別であるほうが子どもに逃げ道があって都合のいいこともある。
わが家の場合は、3人家族、父、母、息子で三権分立です。誰か2人の間で揉め事やケンカが起きても、もう1人は加勢しないし知らん顔。2人のことは2人で話し合うなりして解決するしかありません。夫と息子が決めたことなら、私は胸の内では違うことを思っていても我慢します。
3人それぞれが独立していて、尊重されるべき存在であることが大切だと思うんです。
教科書を求めず、目の前にいる子どもを見つめる
──教科書通りにはいかない。分かっていても、現代人は、なんでも"原則論"を欲しがるのかもしれません。「こういう場合はこう」「このときはこう」と、ある程度マニュアルがあれば判断が楽なのです…。
今のお母さんって、頭だけで考える人が多い気がしています。何歳何カ月になったら本を与えなさい、と育児書に書いてあるのにうちの子は興味を示さない、なんて心配したり。
もっと純粋に、素朴に、育てる楽しみを味わってほしい。
そんなお母さんには、「あなたのお子さんをよく見てごらんなさい」と勧めます。見れば見るほど、面白くてかわいいじゃないですか。
子育てに不安を抱えているお母さんは、ベテランの保育士に気軽く相談したり、お母さん同士でおしゃべりしたりするといいと思います。
児童文学を読み返すのもおすすめ。子ども向けの物語には、いたずらする子やマイペースの子、いろんな子が出てきます。そして、彼らを見守る賢い大人もちゃんと出てきます。
私の場合は、『小さい牛追い』(マリー・ハムズン/岩波少年文庫)のお母さんが大好きで、いつも憧れていました。
作者であるハムズン夫人が若い母親であったころ、自身の子どもたちの生活をもとに書かれたお話。ノルウェーの農場で豊かな自然の中で暮らす家族には、4人の子どもたちがいます。男の子2人が年上で10歳と8歳、下の女の子2人は5歳前後。
のびのびと生きる子どもたちは、自作ボートを使っての川遊び、森に忍び込んでするインディアンごっこなど、ハラハラするような遊びばかり。大人にとっては心配の連続なのね。
でも、このお母さんは、畑仕事から家畜の世話まで家業を一手に引き受けていて大忙しなのだけれど、いつも泰然自若としているの。ヒステリックには決してならない。見て見ぬふりを貫いて子どもを見守り、手出し、口出しはほとんどしない。
大変なことがあって子どもが頼ってきたときは、きちんと話を聞き、適切なアドバイスをして、最後はギュッと抱きしめる。私もかくありたいと、何度も読みました。
ほかにも、『大草原の小さな家』(ローラ・インガルス・ワイルダー/岩波少年文庫)、『あらしの前』『あらしのあと』(ドラ・ド・ヨング/岩波少年文庫)、『ツバメ号とアマゾン号』(アーサー・ランサム/岩波少年文庫)などにも、素敵なお母さんが登場します。
私は子ども時代、岩波少年文庫に魅せられ、古今東西の名著をたくさん読みました。いいお母さんって世界共通。子どもの本の中には、お手本にしたくなるお母さんがいっぱいいます。
生身のお母さんじゃなくたって、フィクションの中で、「こういうお母さんになりたい」と思える女性に出会えたら必ず良い指針になるでしょう。
児童文学作家。札幌に生まれる。東京都世田谷区にあった「みどり保育園」に勤務しながら、創作を始める。1962年に出版された童話『いやいやえん』は、厚生大臣賞などを受賞。1963年に雑誌「母の友」に「たまご」という題名で掲載され、同年末に絵本として刊行された『ぐりとぐら』は、シリーズ化され、累計発行部数は2400万部。主な著書に『かえるのエルタ』『ももいろのきりん』など多数。戦争のため小学校を3回転校した体験をもとに、1971年、教科書向けに執筆した「くじらぐも」は現在も小学校1年生の国語教科書に掲載されている。映画『となりのトトロ』の主題歌「さんぽ」の作詞も手掛けた。
(ライター 平山ゆりの)
[日経DUAL 2015年7月1日付記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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