オーチャード・バレエ・ガラ世界で活躍する日本のダンサー勢ぞろい

真夏にバレエが真っ盛りだ。オーチャードホール(東京・渋谷)では8月1、2日、海外で活躍する日本のバレエダンサーが集結し、様々な演目による「オーチャード・バレエ・ガラ」が催された。同ホール芸術監督でダンサー兼振付家の熊川哲也が「日本の素晴らしいアーティストたちをもっと知る」ために世界中から呼び集めた。2日の公演を見るとともに、出演者の1人で2015年ローザンヌ国際バレエ・コンクール受賞者の金原里奈に欧州での活動などを聞いた。

熊川哲也の総合監修による「オーチャード・バレエ・ガラ」。オープニング「レ・プティ・リアン」を踊る2015年ローザンヌ国際バレエ・コンクール受賞の金原里奈(中)、Kバレエスクールの赤名進太郎(左)と田中美羽(右)(8月2日、オーチャードホール)=提供 東急文化村

猛暑の東京に涼しげなバレエの天使たちが一斉に舞い降りたかのようだ。東京文化会館(東京・上野)では第一線で活躍する外国人ダンサーらを集めて3年に1度の「世界バレエフェスティバル」が開かれている。第14回の今年は7月29日の「ドン・キホーテ」全幕から始まり、8月16日のガラ公演まで続く。ボリショイやシュツットガルト、パリ・オペラ座など世界トップ級のバレエ団のダンサーが目白押しだ。

意外なところでもバレエを見た。41年の歴史を持つ日本フィルハーモニー交響楽団の子供向け演奏会「夏休みコンサート」。7月20日、東京芸術劇場(東京・池袋)の公演では、ベートーベンの「交響曲第5番《運命》」第1楽章などを演奏した後、チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」を進行役入りの特別の演出で上演した。園田隆一郎指揮の日本フィルとスターダンサーズ・バレエ団がファンタスティックな舞台を生み出し、バレリーナたちが華やかな衣装で踊る光景が子供らの脳裏に焼き付いたことだろう。「やはりバレエは親子に人気が高い。満席の公演も多かった」と日本フィル理事長の平井俊邦はいう。

バレエ激戦地の様相を呈した真夏の東京。Kバレエカンパニー芸術監督でもある熊川は「日本の優れたダンサーに日本で踊ってほしい」と考え、世界各地で活躍する精鋭をオーチャードホールに集めた。

最初にことわっておこう。一部を除いて音楽は録音放送である。7月29日の「世界バレエフェスティバル」では、東京文化会館でワレリー・オブジャニコフ指揮東京フィルハーモニー交響楽団の生演奏によるバレエ「ドン・キホーテ」全幕の豪華な舞台を見た。英国ロイヤル・バレエ団の元プリンシパル、アリーナ・コジョカル(現在はイングリッシュ・ナショナル・バレエ所属)ら世界トップ級のダンサーの演技に魅了されたばかりだ。予算的に難しいのは分かるが、録音放送による舞台で大丈夫なのか、やや心配にもなる。

1組目、白い衣装のダンサーが3人、舞台に登場した。細部まで明快に聞こえるかなり高音質の録音放送で流れたのはモーツァルト作曲「レ・プティ・リアン(K299b)」。モーツァルトの数少ないバレエ音楽の一つであり、「バレエとして上演されること自体が極めて珍しい」とオーチャードホールの関係者はいう。アダンの「ジゼル」などロマンチックバレエやロシアのクラシックバレエとは時代も趣も異にする典雅な踊りだ。今年のローザンヌ受賞者の金原里奈が1人で踊り、Kバレエスクールの田中美羽と赤名進太郎がパ・ド・ドゥ(男女2人の踊り)を主に演じる。3人一緒に戯れ踊る場面もあり、山本康介演出の舞台はロココ風やモーツァルト風としか言いようのない古風な優雅さを醸し出していた。

「素晴らしい、清い踊り。僕にも清い時代があったんです」。1組目の演技が終わった後、真っ赤なシャツに黒いズボンの熊川がマイクを握って舞台に1人登場した。ここで観客が拍手喝采。なんとプログラムの前半早々に熊川のトークが入ったのだ。「今日はうれしいことにソールドアウト!」と言って満席の会場を見渡しながら、「今日のテーマは教育なんです」と話し始めた。「日本にバレエがやって来て100年。日本はバレエ大国なんです。年間150公演。うち3分の2は来日公演ではありますが。バレエスクールは約5000校。40万人もの子供たちが習っている」。確かにバレエ大国といえる。「なのに子供たちは平均1回しか公演をみたことがない」。少ない。バレエが好きならなぜもっと見ないのか。

熊川のトークは15分くらい続いただろうか。「今も昔も日本には素晴らしいダンサーがいっぱいいる」と熊川は日本のバレエ史100年の厚さを強調する。だからこそ「日本の最高のアーティストの素晴らしさをもっと見てほしい」と観客に訴えかけた。

この日のテーマの「教育」は、もしかして観客の教育でもあるのか。欧米のダンサーの来日公演だけでなく、日本のバレエ団の公演をもっと見てもらうための「教育」なのかもしれない。「海外から帰国したダンサーが日本について『遅れている』とか『なっていない』とか言うのを聞くのは悲しい」とも。「こんなに立派な劇場がある」。オーチャードホールのことを言っている。「寂しい。日本でもっと踊ってほしい」とダンサーに向けても熱いメッセージを発した。

「ラ・シルフィード」のジェームズ役を踊るノルウェー国立バレエのプリンシパルの松井学郎(8月2日、オーチャードホール)=提供 東急文化村

講演を聞きに来た気分だが、再び公演が始まった。前半と後半に5つずつある演目の前半2つ目の「ラ・シルフィード」。ロマンチックバレエの定番だ。ともにノルウェー国立バレエで活躍するダンサー2人が登場した。プリンシパルの松井学郎はスコットランドの民族衣装のタータン・キルト、アーティストの野村千尋は白い清楚(せいそ)なドレスで踊った。

スローなテンポの音楽による舞台の方がなぜか印象に残る。3番目の演目「アスフォデルの花畑」より「第2楽章のパ・ド・ドゥ」だ。ピアノと弦楽によるロマンチックな旋律が流れる。フランシス・プーランク作曲「2台のピアノのための協奏曲ニ短調より」とパンフレットにある。緩やかな第2楽章だ。フランス新古典主義のシンプルで洗練された曲と相まって、全演目の中でこの踊りが最も魅力的に映った。出演はともに英国ロイヤル・バレエのファースト・ソリストの崔由姫と平野亮一。振り付けは英国のリアム・スカーレット。ピアノ曲を効果的に使い、音楽性の高い振り付けをする人のようだ。

「アスフォデルの花畑」より「第2楽章のパ・ド・ドゥ」を踊る、ともに英国ロイヤル・バレエのファースト・ソリストの崔由姫(前)と平野亮一(8月2日、オーチャードホール)=提供 東急文化村

崔と平野の衣装は小豆色の部屋着風だ。「ラルゲット」と指示された緩やかなテンポの音楽に乗って、2人がスローなダンスを繰り広げる。普通のコンサートなら居眠りをする客が増えがちな静かな緩徐楽章が、男女2人の愛の身体表現によって魅力を増す。プーランクの協奏曲はバレエ音楽ではないが、音楽とはそもそも踊るものという気がしてくる。踊りによって音楽がストーリーを生み出す。レオス・カラックスやジャン=ジャック・ベネックス監督のフランス映画を見る気分だ。2人の深みのある表現力を確かめることができた。

前半最後はヨハン・コボー振り付けの「レ・リュタン」。舞台にダンサー以外の人が2人。バイオリニストの成田達輝とピアニストの高橋望だ。この演目だけは生演奏だった。踊るのは奥野凜と堀内尚平、吉田周平。3人ともルーマニア国立バレエのファースト・ソリストだ。成田が弾いたのはヴィエニャフスキ作曲「カプリース イ短調」のクライスラー編曲版と、アントニオ・バッジーニ作曲「妖精の踊り」。いずれも超絶技巧の速い曲調が特徴だ。成田はダンサーに挑みかかるような演技をしつつ、笑いも取りながら演奏を続けた。録音放送による正確を極める音楽に比べて揺らぎがあり、踊りもライブ感が増した気がした。

「海賊」より「グルナーラとランケデムのグラン・パ・ド・ドゥ」を踊る元ヒューストン・バレエのソリストの飯島望未(左)とイングリッシュ・ナショナル・バレエのファースト・アーティストの猿橋賢(8月2日、オーチャードホール)=提供 東急文化村
「レ・リュタン」の一場面。右からともにルーマニア国立バレエのファースト・ソリストの吉田周平と堀内尚平、バイオリニストの成田達輝、ピアニストの高橋望(8月2日、オーチャードホール)=提供 東急文化村

後半もケネス・マクミラン振り付けの「『コンチェルト』より第2楽章」というスローテンポの演目が印象深い。英国ロイヤル・バレエのファースト・ソリストの平野亮一と同ソリストの金子扶生の2人が黄色い衣装でしなやかなダンスを繰り広げる。ここで使われた音楽はショスタコーヴィチの「ピアノ協奏曲第2番ヘ長調」の第2楽章。彼の作品の中でも特にロマンチックでムード音楽風の曲である。

圧巻はシューベルトの「交響曲第8番《ザ・グレート》」のリズム感あふれる第4楽章を使ったウィリアム・フォーサイス振り付けの「精密の不安定なスリル」。日本のダンサーだけで上演するのは初めてという。ウィーン国立バレエのソリストの橋本清香と木本全優、ヒューストン・バレエ(ソリスト)を6月に退団してフリーになったばかりの飯島望未、ロイヤル・ウィニペグ・バレエのソリストの三野洋祐と同アーティストの椿井愛実の5人がスピード感のあるシャープな踊りを次々に披露した。フランス現代思想家ロラン・バルトの言葉にヒントを得たタイトルにふさわしく、精密なジャンプとステップの間にダンサー同士の不安定な関係性が見える。5人のダンスの差異がスリルを生む。シューベルトの交響曲が新たな視点を得て生命力を増す。舞踊と音楽との差異の戯れから原初的なエネルギーが生まれる。

「『コンチェルト』より第2楽章」を踊る英国ロイヤル・バレエのソリストの金子扶生(左)と同ファースト・ソリストの平野亮一(8月2日、オーチャードホール)=提供 東急文化村
「精密の不安定なスリル」を踊るウィーン国立バレエのソリストの橋本清香(8月2日、オーチャードホール)=提供 東急文化村

締めくくりはダンサー全員によるフィナーレ。チャイコフスキーの「管弦楽組曲第3番」を使っていた。熊川も登場して客席に手を振った。客層はクラシック演奏会よりも比較的若く、女性客が多い。一部の女性客たちは立ち上がって熱狂的に手を振っていた。

インタビューに応える2015年ローザンヌ国際バレエコンクール受賞の金原里奈(7月23日、オーチャードホールの楽屋で)

最後に、今年2月に17歳でローザンヌ国際バレエコンクール5位入賞を果たした同公演出演者の金原里奈に話を聞いた。

――バレエを始めたきっかけは。

「5歳の時に母に連れられて軽い気持ちで水野弘子バレエ学園(京都府城陽市)に通った。小学1年の時には将来の夢はバレリーナになることだった。真剣にコンクールに出場し始めたのは小学校高学年から。ワークショップにも積極的に参加して先生に師事した」

――2012年にモナコのプリンセス・グレース・バレエ・アカデミーに留学したきっかけは。

「ニューヨークで開かれたユース・アメリカ・グランプリという大会で奨学金を得て、14歳になったらきなさいと校長先生に声をかけてもらったから。3年間学んで6月に卒業した。日本とはすべてが違った。日本では午前中は勉強。モナコではバレエが授業。全体で36人くらいしかいない少人数の学校で、各クラス5~6人。朝から晩まで好きなバレエに取り組めるのがうれしかった。3年くらい前までソリストとして踊っていた先生に毎日みっちり教えてもらった」

――ローザンヌ国際バレエコンクールに出場した経緯は。

「校長先生に指名されて出場した。校長先生は入賞できそうな生徒しかコンクールに連れて行かない。受賞しないと学校の名前を汚すという理由だ。今年は私が1人選ばれた。入賞できて本当に良かった」

――今回の公演で踊るモーツァルトの「レ・プティ・リアン」は上演が珍しいと聞く。踊りの手応えは。

「欧州では今回のモーツァルトの曲に限らず古典作品を踊る機会は少ない。モナコをはじめ欧州ではコンテンポラリー(現代作品)やネオクラシック作品の上演が多いからだ。今回はちょっと昔風のスタイルの踊りで、衣装もかわいい。私が幼い頃から夢見てきた典型的なバレエって感じ。踊る機会を与えられてうれしい。一緒に踊るダンサー2人の集中力はすごい。日本人の方が集中力を持って、先生の話をしっかり聞いて、覚えるのが速い感じがする。世界クラスのすごい方々ばかりの中でオープニングで踊らせてもらえるのは光栄だ」

――今後の進路と目標は。

「8月下旬にイングリッシュ・ナショナル・バレエに入団し、研修が始まる。これからロンドンで部屋探しです。(同バレエ団所属の)アリーナ・コジョカルさんが大好きで、彼女の踊りはDVDなどで『眠れる森の美女』『ドン・キホーテ』『ジゼル』など可能な限り全部見ている。すごいな、私もあんな風にジゼルを踊ってみたいと、ずっと憧れていた。まだ彼女の実際の舞台を見たことがないので楽しみです」

世界を舞台に活躍する日本の旬のダンサーを確かめた。日本ではフィギュアスケートが人気になって久しいが、バレエにもスター性のある世界クラスのダンサーが数多くいる。テレビ放映などで彼女たち一人ひとりの演技やビジュアル、活躍の動向に注目が集まれば、一気に人気が出て息の長いブームになるはずだ。役者はそろっている。もう一押しのマーケティングが求められる。

(文化部 池上輝彦)

「アスフォデルの花畑」より「第2楽章のパ・ド・ドゥ」のバレエ音楽として使われるフランシス・プーランクの「2台のピアノのための協奏曲」などを収めたCD「〈新フランス音楽のエスプリ・シリーズ〉田園のコンセール、2台のピアノのための協奏曲」。ジョルジュ・プレートル指揮パリ音楽院管弦楽団。ピアノはプーランク自身とジャック・フェヴリエが弾いている(ワーナー)

プーランク:田園合奏曲、2台のピアノのための協奏曲

演奏者:プーランク(フラシス) プレートル(ジョルジュ)
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン

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