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チュリュモフ彗星で新たな有機物、生命起源説を後押し

2015/8/23

ナショナルジオグラフィック日本版

2004年、欧州宇宙機関の彗星探査機ロゼッタが打ち上げられ、10年に及ぶチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の探査ミッションが始まった。(PHOTOGRAPH BY ESA/ROSETTA/NAVCAM)

彗星(すいせい)は、太陽系が誕生して間もない頃に形成された謎の多い天体だ。2014年11月、彗星着陸機フィラエはチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星への歴史的着陸に成功し、間近から見る彗星の写真を送信してきた。これにより科学者たちは初めて彗星の組成や形成過程を間近から検証することができたのだ。フィラエは短時間活動したあと、休眠モードに入った。

フィラエが送ってきたデータをもとに7本の論文が執筆され、その成果が2015年7月31付けの学術誌「サイエンス」特別号に発表された。それによると、彗星の表面には、アスファルトのように固いところも、砂浜のようにやわらかいところもあった。また、彗星の内部は「岩石だらけの雪玉」ではなく、実際にはちりと氷が均一に混ざり合っていることが分かった。さらに、これまで彗星では検出されたことがなかった有機化合物が発見され、数十億年前に地球に生命の素を運んできたのは彗星だという仮説を後押しすることとなった。

フィラエは着陸時に大きくバウンドしたため、これまで正確な着陸地点が分かっていなかったが、その範囲も絞り込むことができた。今回発表された論文の1本の著者でグルノーブル惑星・天体物理学研究所(フランス)のロデック・コフマン氏は、「もっと多くの情報を集められなかったのは残念ですが、私自身は今回の結果に満足しています」と控えめだ。

ロゼッタという名前は、古代エジプトのヒエログリフの解読の鍵になった石碑「ロゼッタ・ストーン」に由来する。ロゼッタは、地球と火星の引力を利用して軌道を変える「スイングバイ」を繰り返し、打ち上げから10年後の2014年8月6日にチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に到達した。(PHOTOGRAPH BY ESA/ROSETTA/MPS FOR OSIRIS TEAM)

ロゼッタは、初めて彗星の周回軌道に入った彗星探査機だ。フィラエは初めて彗星に軟着陸を試みる着陸機としてロゼッタに搭載されていた。この画期的なミッションは、計画どおりにはいかなかった。ロゼッタから切り離されて彗星に降下したフィラエは、着地した瞬間にもりを発射して機体を固定することになっていたが、これに失敗して数百メートルの高さまで跳ね返り、傾いてしまった。それからクレーターの端をかすめ、回転し、再び跳ね返り、崖の陰でようやく止まった。この場所では太陽電池パネルに光がほとんど当たらず、バッテリーを再充電することができなかったため、フィラエは約9時間後に電池切れで活動を停止した。

しかし停止する前に可能な限りのデータ収集が行われた。例えば、フィラエが最初に跳ね返った地点に脚で開いた穴の深さや形と、フィラエが計測した力から計算して、彗星の表面は粒状で、深さ30~60cmのところはもっと硬いことが分かった。

■アスファルトのような表面

フィラエの着地について詳細に分析した論文の筆頭著者であり、ドイツ航空宇宙センターに所属するイェンツ・ビーレ氏は、「私たちの予想が裏付けられ、ほっとしました」と言う。着地したフィラエがやわらかい粒状の表面に1mほども沈み込んでしまうのではないかという懸念も払拭された。

ロゼッタは、初めて彗星にロボットを着陸させた探査機となった。洗濯機ほどの大きさの着陸機フィラエは、7時間かけて降下し、数回跳ね返ったのち、彗星の表面に落ち着いた。フィラエから撮影されたこのパノラマ組み写真の何枚かにはフィラエの脚が写っている。(PHOTOGRAPH BY ESA/ROSETTA/PHILAE/CIVA)

フィラエが最終的に落ち着いた場所の表面は、アスファルトのような質感だった。これは、もともとあったちりが太陽の熱に溶けて固まったものと考えられる。太陽の熱はそれほど深いところまで伝わらないので、アスファルト状になっているのは表面から10cm程度かもしれない。今後、フィラエに搭載されているドリルを動かすことができれば、この層の厚さが分かるだろう。

ドリルが動けば、彗星内部の化学組成も調べられるが、ドリルが動かない現状でも、少なくとも表面上にある物質は調べられる。フィラエが最初のバウンドをしたときにちりを巻き上げ、「このちりが排気管の中に入ったと考えられる」からだ、とマックス・プランク太陽系研究所(ドイツ)のフレッド・ゴースマン氏は言う。

生命の鍵

排気管の中に入ったちりは、加熱されてガスを放出するので、フィラエの質量分析計で調べることができる。質量分析計は、サンプルに含まれる各種の分子を重さごとに分離する機械だ。科学者は、分子の重さを手掛かりに組成を推定することができる。この幸運なアクシデントにより、ゴースマン氏の研究チームは16種類の有機化合物を発見した。そのうちの4種類(イソシアン酸メチル、アセトン、プロピオンアルデヒド、アセトアミド)は、これまで彗星で検出されたことがない。この結果は「たまらなく魅惑的な質量スペクトルです」とゴースマン氏は言う。

それは、これらの化合物が特に意外なものであったからではなく、初めて彗星で直接サンプルを採取し、分析したものであるからだ。それだけではない。生命の進化に関して、地球に雨のように降ってきた彗星が生命の素をもたらし、やがて彗星に探査機を送り込むほど高い知能を持つ人類の誕生につながったとする長年の仮説があるが、今回の発見はこの説とも矛盾しない。地球にある大半、あるいはすべての水は彗星がもたらした可能性もある。水は、生命の誕生にとって有機物の次に重要な要素である。

暗闇の中で:彗星の表面で何度か跳ね返ったフィラエは、計画とは違い、画像右側の膨らんだ部分の崖の陰に着地してしまった。この場所では太陽電池パネルに十分に光が当たらず、フィラエは9時間しか活動できなかった。(PHOTOGRAPH BY ESA/ROSETTA/MPS FOR OSIRIS TEAM MPS/UPD/LAM/IAA/SSO/INTA/UPM/DASP/IDA)

フィラエに搭載されたレーダーを使って彗星の内部構造を探る実験も行われ、意外な知見が得られた。教科書にはよく、彗星の核では岩石と氷が不規則に入り混じっていると書かれているが、アヒル形をしたチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の頭にあたる部分の内部は、驚くほど均質だったのだ。

今回発表された知見はどれも非常に興味深いが、科学者たちがフィラエから得られると期待したデータのごく一部にすぎない。フィラエは6月に突然休眠モードから回復し、7カ月ぶりに地球に信号を送ってきたが、これに科学者たちは大喜びした。フィラエが目覚めたのは、彗星の向きが変わって太陽電池パネルに光が当たるようになったからだとされる。

フィラエとロゼッタの間の通信にはまだ問題があるが、今後、ロゼッタがもっと低い軌道に入れば、状況は改善するかもしれない。フィラエが完全に息を吹き返し、ドリルで彗星を掘削できるようになれば、彗星そのものや、彗星が太陽系や生命の誕生において果たした役割について、さらに多くの発見がなされるだろう。

フィラエは彗星の表面の様子や組成に関する詳細なデータを地球に送って、休眠モードに入った。写真にはフィラエの脚が1本写っている。(PHOTOGRAPH BY ESA/ROSETTA/PHILAE/CIVA)
直径4kmのチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸するのは至難の業だった。低温の表面には峡谷や崖や大岩がある。(PHOTOGRAPH BY ESA/ROSETTA/NAVCAM)
無事の知らせ:暗闇の中で7カ月過ごしたフィラエは、2015年6月に覚醒して地球に信号を送ってきた。科学者たちは、フィラエの充電が成功して彗星の表面を掘削し、硬い層の下にある化学物質の調査が可能になることを期待している。(PHOTOGRAPH BY ESA/ROSETTA/NAVCAM)

(文 Michael D. Lemonick、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2015年8月4日付]

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