認知症患者の睡眠障害への対処法を考える

2015/8/25
ナショナルジオグラフィック日本版

前回は、睡眠障害のある認知症患者は夜間徘徊などさまざまな異常行動が増加する傾向があり、心理的にもコスト的にも介護負担を増大させている実情について紹介した。超高齢化社会ニッポン……、すでに国内の高齢者施設のキャパは飽和状態にあり、今後は在宅介護を避けては通れない。家族が先にバテるなどといった悲劇に陥ることなく「持続可能な」在宅介護を可能にするためにも認知症の睡眠問題は看過できない問題なのである。

認知症に特有な3つのハンディキャップ

そこで前回に引き続き、認知症と睡眠の切っても切れない関係についてもう少し掘り下げてみたい。認知症患者の睡眠問題の特徴を知れば、その対処法、予防法に関するヒントが得られるかもしれないからだ。

一般の高齢者も年齢とともに睡眠は浅くなり、途中で何度か目覚め、トイレ回数も増える。日中の眠気も強まり、昼間のうたた寝が増える。しかし認知症高齢者はこれらの加齢変化がきわめて強く、重度の不眠や強い眠気が生じる。時には昼夜逆転など不規則な睡眠パターンに陥るが、これも健康な高齢者では見られない特徴である。ナゼ認知症患者ではこれほどまでに睡眠問題が重症化するのだろうか。そこには認知症に特有な3つのハンディキャップが悪さをしている。

(イラスト:三島由美子)

第1のハンディキャップは「目覚める力が低下する」ことである。認知症では多数の神経細胞が変性(死滅)してしまうが、覚醒状態を維持する神経細胞がダメージを受けることも少なくない。そのため一見しっかり目覚めているように見えても簡単に意識障害(もうろう状態)に陥ってしまう。ある種のタイプの認知症では頻繁にもうろう状態に陥り、幻覚(幻視)がみられることが診断の手がかりとされているほどだ。

第2のハンディキャップは「眠る力が弱まる」ことである。眠る力は日中の運動量や精神活動に影響される。心身をよく使えばよく眠れるのだ。ところが認知症があると自宅や施設内に行動を制限されている場合が多く、運動量も社会活動も乏しくなる。加えて認知症では先の覚醒力低下によって昼寝が増加するため睡眠のニーズをさらに大きく損ねてしまう。これでは睡眠の持続力は高まらず夜中に目覚めてしまうのも道理である。

第3のハンディキャップは「体内時計が壊れる」ことである。特にアルツハイマー病では発症のごく早期から体内時計(視交叉上核)の細胞が死滅するため、睡眠覚醒リズムが乱れてしまう。認知症が進行すると昼夜のリズムが崩壊し、いつ眠りいつ目覚めるのか予測がつかなくなってくる。私たちが普段の生活で浴びている日光は強い覚醒効果があり体内時計の調整作用もパワフルなのだが、行動が制限されている高齢者では日光を浴びる機会が極端に少なくなる。そのためただでさえダメージを受けている体内時計がさらに不安定になる。残念なことに室内照明は日光に比べて格段に照度が低く、体内時計の調節には全く不十分である。

このように認知症のある高齢者は健やかな睡眠と目覚めを害する三重苦を抱えているのである。

認知症が睡眠障害を引き起こすだけではなく、逆に睡眠障害が認知症のリスクを高めることも明らかになってきた。

睡眠障害が認知症のリスクを高める

米国の調査だが平均年齢83歳の高齢女性1282人を約5年間追跡したところ、期間中に195人(15%)が認知症を発症し、302人(24%)は軽度認知障害(認知症の手前の状態)になった。この数字自体は年齢を考えれば妥当である。この調査ではアクチグラフという高性能万歩計のような機器を用いて、調査に参加した高齢者の活動量を分単位で計測している。このデータを解析すると日中の活動性や睡眠の様子を客観的に知ることができる。その結果、日中の活動性が低く夜間の眠りの質が悪い高齢者は、5年後に認知症や軽度認知障害になるリスクが1.57倍高かったそうだ。

米国の地域在住の高齢者1282人を対象にした調査の結果、メリハリのない活動リズムが認知症になるリスクを高めることが明らかになった。日中の活動量が少なく、逆に睡眠の質が悪いために夜間の体動が多い高齢者では、約5年後に認知症やその手前の状態である軽度認知障害に陥る頻度が1.57倍高かった。(イラスト:三島由美子)

この結果はどのように読み解けばよいのだろう。日中の活動性の高い高齢者は、社会参加も活発で、頭をよく使い、運動量が多く、さまざまな感覚刺激を受け、食事を含む規則正しい生活スタイルを維持しているのだろうか。これらの各要素は認知症の予防に有効であるという報告がある。合わせて一本といったところなのだろう。

メリハリのない活動リズムがアルツハイマー病の発症と関連していることは動物実験からも裏付けられている。

アルツハイマー病はアミロイドβというタンパク質が脳内で過剰に蓄積することが病因と考えられている。アミロイドβは健康な人の髄液中にも存在するが、普通はごく短時間で分解される。アミロイドβ濃度にはもともと昼間に高く夜間に低いというリズムがあるが、アルツハイマー病患者ではこのアミロイドβの昼夜リズムが崩れているのだ。特に夜間のアミロイドβ濃度の「高止まり」が発症を促しているのではないかと考える研究者もいる。

睡眠の質もアミロイドβ濃度に影響するらしい。たとえば、最近登場した新しい睡眠薬であるオレキシン受容体拮抗薬。この新薬は覚醒物質であるオレキシンを抑えることで睡眠を促すだけではなく、夜間のアミロイドβ濃度を下げる効果もあるという。逆に徹夜(断眠)させるとアミロイドβ濃度は上昇する。このようなデータを見るとメリハリのある睡眠リズムを保つこと、質の良い睡眠を保つことがアミロイドβの蓄積を抑える観点からも良さそうである。

睡眠問題が認知症の「予兆」との仮説

見方を変えて、一部の高齢者に見られる睡眠問題が、実は認知症を発症するかなり以前から出現する「予兆(前駆症状)」ではないかという仮説もある。日中の活発さが失われ睡眠の質が低下することが認知症の前駆症状であるのか、発症を促進するリスク(原因)であるのか現時点では結論は出ていないが、いずれにしろ高齢者の見守りや生活指導のヒントになりそうである。

そのような高齢者を見かけたら、昼は室外へ出て日光浴をしてもらう、それが無理でも室内を明るくし日差しの入る窓際で過ごす時間を作り、夜はしっかり暗くして眠ってもらうことが基本である。コミュニティー活動など社会参加ができればモアベター(古い)である。認知症のある高齢者にはデイケアへ参加してもらうなど日中の覚醒度が上がるように心がける。このようなメリハリのある生活リズムを維持する試みは、米国アルツハイマー協会の家族向け指導などでも取り入れられている。地味だが根気強く続けることがポイントである。

従来は、認知症のリスクを高める生活習慣として栄養の偏り、喫煙、運動不足、社会活動の低下などが注目されてきた。これらに加えて、睡眠リズムの乱れや不眠、睡眠不足などの睡眠障害も見逃せない問題として浮上してきた。考えてみれば至極当然である。定期的な食事や運動は質の良い睡眠をもたらす、ニコチン(喫煙)が睡眠の質を下げるなど、従来の生活習慣指導と睡眠は切っても切れない深い関係があるのだから。

   三島和夫氏
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2015年7月10日付の記事を基に再構成]

8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識

著者:川端 裕人, 三島 和夫
出版:日経BP社
価格:1,512円(税込み)


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