鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン創設25周年、集大成の公演相次ぐ

指揮者でチェンバロ奏者の鈴木雅明が音楽監督を務める古楽器演奏・合唱団「バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)」が創設25周年を迎えた。日本発のバッハ演奏の筆頭格として世界的に高い評価を受け、2013年にはバッハの「教会カンタータ」全曲録音(全55巻)を完成させた。7月28日の「第45回サントリー音楽賞受賞記念コンサート」でのバッハの「ミサ曲ロ短調」をはじめ、勢いに乗るBCJの演奏会のいくつかを聴いた。

J・S・バッハの「ミサ曲ロ短調」でバッハ・コレギウム・ジャパンを指揮する鈴木雅明(7月28日、東京都港区のサントリーホールでの「第45回サントリー音楽賞受賞記念コンサート」=撮影 山廣康夫、提供 サントリー芸術財団

「迷わず『ミサ曲ロ短調』に決めた」。6月、鈴木はサントリー音楽賞の受賞記念公演での演目についてこう話していた。バッハの最高傑作といわれる「ミサ曲ロ短調」は「彼の作品群の集大成である」。その理由として「緻密な対位法を駆使していること。もう一つはラテン語の歌詞を使ったこと」の2点を挙げた。

バッハはルター派教会に属し、プロテスタント信仰を持っていた。ルターによるドイツ語訳聖書が聖典であり、膨大な曲数の「教会カンタータ」ではドイツ語の歌詞が使われている。プロテスタント信者のバッハがカトリック教会の儀式のためのラテン語典礼文に基づくミサ曲を書く必要はない。むしろ書いてはまずいのではないか。にもかかわらず、39歳から65歳で没する間際まで断続的に書き進められ、遺作となった。バッハ研究者の間でも作曲の目的に関する謎がいまだに解けないという。

鈴木は「バッハがラテン語の歌詞を使ったのは、カトリックとプロテスタントの垣根を超える共通言語を意識したからだ」と主張する。「いつどこで書き続けられたのかはっきりしない。生前に全曲が演奏された形跡もない。普遍的なものへの希求を最も感じさせる音楽」と言う。創設から四半世紀を経たBCJの集大成としての公演にふさわしい作品だ。

バッハの命日の7月28日、サントリーホール(東京・港)での「第45回サントリー音楽賞受賞記念コンサート 鈴木雅明とバッハ・コレギウム・ジャパン」。2013年度の受賞とのことだが、記念公演は日程調整の都合などで今年となった。この受賞記念公演の前日、7月27日には広島市のJMSアステールプラザ大ホールで「平和への祈り~バッハ・コレギウム・ジャパン創設25周年記念 広島公演」を開いた。演目は同じ「ミサ曲ロ短調」。「普遍的なものを希求すること、それは平和の希求である。一人ひとりの平和を求める音楽だ」と鈴木。真夏の日本で2日続けて聖なる音楽が平和への祈りを込めて奏でられた。

バッハの「ミサ曲ロ短調」を演奏する鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン(7月28日、サントリーホール)=撮影 山廣康夫、提供 サントリー芸術財団

さて、28日のサントリーホール。第1部「ミサ」の1曲目「キリエ・エレイソン(主よ、あわれみたまえ)」が始まった。鈴木は半円形の編成配置の中心に立ち、タクトを持たずに指揮をする。冒頭から感極まるような決然とした指揮ぶりだ。独唱者を含む25人ほどの合唱団がロ短調の悲哀に満ちた「キリエ」を歌い上げる。劇的ともいえる圧倒的な声量の合唱が「エレイソン」でいったん消え入るとき、大ホールに倍音の漂う余韻がしばらく残った。冒頭を聴いた限り、これは期待できると思わずうれしくなった。

休止の後、遅いテンポの「キリエ・エレイソン」のフーガがいつ果てるともなく延々と続く。鈴木が言う「緻密な対位法」の美学をまず感じるべき場面だろう。バッハ独特のバロック音楽の構造美が強く迫ってくるはずだ。しかしどこか物足りない。舞台から離れた2階席だったせいか、やや音量が足りない気がする。

鈴木の指揮を見ると、音の強弱をきめ細かく指示している。やはり教会や中型ホールで演奏されるべき規模の編成なのだろうか。鈴木が「一番気に入っているから当分は新たに録音しない」と太鼓判を押す彼の指揮によるBCJの「ミサ曲ロ短調」のCD(スウェーデンのBISレーベル、国内販売元キングインターナショナル)は、2007年に神戸松蔭女子学院大学チャペルで収録された。大ホールでは弱い音での繊細な強弱の工夫がやや伝わりにくく、反復の印象が若干残ってしまうのが惜しい。

しかし沈潜した印象が強かったせいか、2曲目のソプラノの二重唱「キリストよ、あわれみたまえ」での陽光がさっと差すような場面転換の鮮やかさは素晴らしい。「非常にうまい歌手。清澄な歌声だ」と鈴木が絶賛する第1ソプラノのハンナ・モリソン、「ロ短調ミサを何度も歌っていて、今はワーグナーのオペラにも精力的に出演している」という第2ソプラノのレイチェル・ニコルズの2人による二重唱だ。特にニコルズは07年のCD録音にも参加している。モリソンの澄み切った高い声、厚みと安定感のあるニコルズの歌声が緻密に掛け合いながら多彩な関係を描いていく。

続く第2の「キリエ・エレイソン」では清らかな4部合唱が繰り広げられ、その透明度を増し、冒頭よりは響きの構造がくっきりと浮かび上がってくる。もはやループするような感じはない。ここで鈴木雅明に対峙する形で演奏しているチェンバロの鈴木優人に目が行く。雅明の長男であり、指揮もする。BCJの後継者と目される優人のチェンバロ演奏は目立たないながらも、父・雅明の指揮をしっかり見つめ、忠実に指示に従って、通奏低音の厳格なテンポ管理を引き受けている。

バイオリン独奏の若松夏美(前列左)、指揮の鈴木雅明(中)とソプラノのレイチェル・ニコルズ(前列右)。第1部「ミサ」でのアリア「われら主をほめ」の場面(7月28日、サントリーホール)=撮影 山廣康夫、提供 サントリー芸術財団

不意に美しい音楽が立ち上がってくるのは、6曲目「われら主をほめ」だ。コンサートマスターの若松夏美が立ち上がり、第2ソプラノのニコルズと二重奏(二重唱)風の音楽を奏で歌う。若松の軽やかで気品のある独奏バイオリンの響きと絡み合ってニコルズの歌声が素朴で牧歌的な雰囲気を生む。前半で最も純粋な美しさを感じさせた音楽だ。

フルートの古楽器であるフラウト・トラヴェルソの菅きよみと前田りり子が立ち上がって吹いた8曲目「主なる神」も素晴らしい。第1ソプラノのモリソンとテノールの櫻田亮の二重唱がフルート2本と透き通った音色を紡ぎ合いながら展開し、心が和む美しさだ。10曲目のアルト独唱「父の右に座したもう主よ」では、CDと同様にカウンターテナーのロビン・ブレイズが男声の高音域の牧歌的な伸びやかさを聴かせた。

この日の難関は金管群だ。7曲目の4部合唱「主に感謝したてまつる」での片手持ちの古楽器トランペット群がやや音程にぐらつきがあった。最難関は11曲目「主のみ聖なり」。ここで登場するのは古楽器ホルンのコルノ・ダ・カッチャ。その後はもう2度とこの楽器の登場場面がないから、貴重な晴れ舞台となる。しかし最近の蒸し暑い真夏日や広島公演の疲れなどもあるのか、いつもの調子でないことは明らかだった。それにしても、普段は目にしない変わった形状の古めかしい金管楽器を見て聴けるのもピリオド楽器(作曲当時の仕様の楽器、古楽器)演奏団のBCJの醍醐味である。

古楽器ホルンのコルノ・ダ・カッチャを吹奏するオリヴィエ・ピコン。バッハの「ミサ曲ロ短調」第1部「ミサ」終盤のアリア「主のみ聖なり」の場面(7月28日、サントリーホール)=撮影 山廣康夫、提供 サントリー芸術財団
鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンによるバッハの「ミサ曲ロ短調」後半の合唱の場面(7月28日、サントリーホール)=撮影 山廣康夫、提供 サントリー芸術財団

後半の第2部「ニケーア信経(クレド)」はBCJの多彩な合唱や二重唱を楽しめた。金管群や木管も前半よりは調子が出てきた感じだ。第3部「サンクトゥス」の6部合唱が金管群とティンパニの合いの手を得て壮麗に輝かしく鳴り響く。緩やかな長調の旋律の合間に差し込む短調のフレーズが美しい。一転して音楽が速いフーガ調に変わるとき、これぞバッハだと思わずうれしくなってきた。緻密な対位法を浮き彫りにさせた純度の高い合唱を聴けたのだ。

第4部の「オザンナ」では二重合唱となり、きらびやかな金管群、典雅な響きの木管群、壮大なティンパニの打音に乗って一段と軽やかなフーガ調の歌唱が繰り広げられた。最後の4部合唱「われらに平安を与えたまえ」では、スローな音楽が進むにつれて安堵感が広がっていく演奏だ。鈴木が言う「平和への希求」がまさにこの終曲で結晶し、大空にハトが舞い上がるかのような広がりを持って全曲を締めくくった。

この日はやや本来の調子ではなかったと思われるものの、BCJの演奏と歌唱の高い水準を印象付けた。では他のコンサートではどんな調子か。6月28日、東京都調布市の「調布音楽祭」での最終公演「バッハ・コレギウム・ジャパンの『四季』――華麗なる協奏曲の夕べ」を思い出した。調布音楽祭は調布市に自宅を構える鈴木家が協力し、長男の優人がエグゼクティブ・プロデューサーを務めて今年で3年目となった。父の雅明は調布音楽祭監修という役目を務めた。日本ではまだ珍しい大都市近郊型の音楽祭であり、鈴木家とBCJが主な出演者となるため、コンセプトは「アートとの連携」「次世代への継承」に加えて「バッハの演奏」を3本柱にして続けている。

東京都調布市の「調布音楽祭」(6月25~28日)のエグゼクティブ・プロデューサーを今年も務めた鈴木優人。雅明の長男で、鈴木家の自宅は調布市内(5月30日、都内で)

「育った街の音楽祭を手掛けられるのは幸せ。BCJの25周年と調布市制60周年が重なった今年は特別に力を入れた」と優人は話す。今年の目標として「少なくとも東京都民には音楽祭の存在を100%知ってもらう」ことを掲げた。そして優人の直感とセンスでロシアからミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団を招き、国際色を加えた。ピアニストとしても人気の高いプレトニョフは、6月27日の「調布音楽祭特別公演」で久々に自らピアノ独奏も担当し、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第24番」を弾いて指揮した。少なくとも音楽ファンに限れば、都民どころか全国的に大きな反響を呼んだはずだ。

そして調布音楽祭の大トリが28日午後5時からのBCJの公演だった。それもバッハよりもヴィヴァルディを前面に出した演目だ。目玉はやはりヴィヴァルディの中でも最も人気の高いバイオリン協奏曲集「四季」である。「25周年のBCJが『四季』を演奏するのは実に22年ぶり。なぜこれほどまでに取り上げてこなかったのか不思議なくらい」と優人は話す。「BCJとして『四季』を録音してCDを出したいくらいだね」と雅明も言っていた。

「四季」はバイオリン協奏曲であるだけに、バイオリン独奏者に超絶技巧の花がなければならない。1曲目の「春」が新鮮だ。独奏は若松夏美。独特のアーティキュレーションによる旋律の強弱と表情付けが絶妙だと感じた。若松の巧みな創意工夫によって新曲のような「春」が出現した。リズムに「ため」を作って小鳥のさえずりが強調される。高音域での速いフレーズは何羽もの小鳥が一斉に春を告げるようなさえずり方だ。

調布音楽祭でヴィヴァルディの「四季」より「春」を演奏するバイオリン独奏の若松夏美(左から2人)、チェンバロの鈴木優人(左端)、指揮とオルガンの鈴木雅明(右端)らバッハ・コレギウム・ジャパンのメンバー(6月28日、東京都調布市のグリーンホール大ホール)=撮影 林喜代種、提供 バッハ・コレギウム・ジャパン
調布音楽祭でヘンデルの「オルガン協奏曲ヘ長調作品4―4HWV292」を演奏するバッハ・コレギウム・ジャパン(6月28日、東京都調布市のグリーンホール大ホール)=撮影 林喜代種、提供 バッハ・コレギウム・ジャパン

「四季」の合間に別の曲を差し入れるプログラムだった。2曲目はヘンデルの「オルガン協奏曲ヘ長調作品4―4HWV292」。オルガン独奏は優人。明るくユーモラスなオルガンのソロをそつなく演奏した。若松ら弦楽奏者の女性陣が「大丈夫?」とばかりに見守る気配が漂う。本人が気に入らない部分もあったせいか、アンコールではこのオルガン協奏曲の終楽章を再演した。雅明の後継者として納得の行くまで音楽を仕上げたいのだろう。優人は5月2日、国内最大級の集客力を持つ音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2015」でのBCJの公演でバッハの大作「マタイ受難曲」を初めて指揮し、父・雅明に引けをとらない潜在力を示した。

鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンによるJ・S・バッハ「ミサ曲ロ短調」の2枚組CD。2007年3月、神戸松蔭女子学院大学チャペルでの録音(キングインターナショナル)

調布音楽祭に話を戻すと、断続的に演奏された「四季」は「夏」の白井圭(ゲスト出演)、「秋」の高田あずみ、「冬」の寺神戸亮もそれぞれ特徴のあるバイオリン独奏を披露した。白井の「夏」はスローテンポの部分で夏のけだるい雰囲気がよく出ていた。高田の「秋」は麦畑を刈り込むような歯切れの良いリズムの表現が印象的だった。寺神戸の「冬」は余裕のある超絶技巧。寺神戸は音楽祭初日の6月25日、調布市の観光名所でもある深大寺の本堂でオープニングコンサートも開く活躍ぶりだった。「ゆくゆくは1週間以上の音楽祭に発展させたい」と優人は話す。

日本の古楽器演奏とバッハ演奏をけん引してきた鈴木雅明とBCJ。親族には長男の優人のほか、雅明の実弟で古楽器のチェリスト兼指揮者の鈴木秀美もいて、日本を代表する音楽一族ともいえる。彼らの親密なつながりは偉大なバッハの音楽への崇敬の念から来るのだろう。BCJは6月、「ルター500プロジェクト」と銘打ってバッハの「教会カンタータ」シリーズ演奏会を始めた。宗教改革500周年の2017年10月31日までにあと4回公演する予定だ。「バッハの音楽は真の意味で人間を賢くする」と鈴木雅明は言う。「真の意味で」という指摘が深い。

(文化部 池上輝彦)

J.S. バッハ:ミサ曲 ロ短調 BWV232 [Hybrid SACD/日本語解説・訳詞付]

演奏者:キャロリン・サンプソン, レイチェル・ニコルズ(Sop), ロビン・ブレイズ(A), ゲルト・テュルク(Ten), ペーター・コーイ(Bs)
販売元:BIS

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