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法廷ものがたり

家族が虐待? 行政が施設で母親を「保護」

2015/9/2

法廷ものがたり

裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

「虐待の恐れがあるので居場所は言えません」。軽度の認知症を患っている母親を老人ホームのショートステイに預けたところ、行政によって別の施設に移されてしまった。きっかけになったのは全身のアザ。「体質なんです」と説明し、「周りの人に聞いてみて」とも訴えたが、行政側はなかなか聞く耳を持ってくれなかった。

ある秋の日、東京都内に住む60歳代の女性が、80歳代の母親をなじみの特別養護老人ホームのショートステイに預けた。普段は自宅に2人で暮らし、主に女性が1人で介護していた。その施設は過去に何度も利用したことがあり、今回は2泊3日の予定だった。

帰宅予定日の朝、老人ホームの施設長から女性に電話がかかってきた。「家族に虐待を受けていた恐れがあり、行政が一時的に保護しました」。慌てて母親の居場所を尋ねても、「警察に聞いてほしい」と機械的に繰り返すばかり。指示された警察署に問い合わせても、一向にラチが明かなかった。

アザに気付いた施設職員、「娘に蹴られた」と母親

施設に預けた翌朝の入浴の時間、母親の太ももなどのアザに職員が気付いたのが事の発端だった。「このアザどうしたの?」と職員が尋ねると、母親は「娘に蹴られた。家に帰りたくないのよ」と答えた。職員はすぐに自治体の担当課に電話し、保健師に「家族から虐待を受けている可能性がある」と伝えた。

認知症が重ければ母親の言葉を額面通りには受け取れない。自治体の保健師が8カ月前の主治医の意見書を確認すると、「記憶に問題なく、自分の意思を伝えられる」との記述があった。保健師は緊急保護に備えて受け入れ可能な移送先を探し始めた。

その日の夕刻に施設や自治体の担当職員が集まって会議を開き、施設側は「アザは全身に多数ある」と報告した。検討の末、「認知症のようだが虐待の可能性は非常に高い」との結論に。病院に連れて行ったところ、医師の診断は「虐待によるアザと断言できず、レントゲン撮影でも異常はない」だったが、保健師が説得して病院から警察に通報してもらった。母親は警察官の事情聴取に対し「娘にげんこつでたたかれた」と説明した。

帰宅予定日の朝、母親は約10キロ離れた別の老人ホームに移された。施設長が女性に電話をかけたのは、その直後だった。

それから3日後、女性はようやく自治体の担当課長や保健師との話し合いにこぎ着けた。「母親は血小板が少なくアザのできやすい体質なんです。虐待ではありません」と訴え、「介護の実態は周りに聞いてくれればわかる」と隣人やマンションの管理人、デイサービスの担当者らの連絡先を渡した。

母親9日ぶりに帰宅、行政と家族は訴訟に

行政はそれでも「虐待」との判断を変えなかったが、移送先の施設の事情もあり、「生命や身体に重篤な危機を及ぼす状況ではない」として母親を自宅に戻すことを決めた。9日ぶりの帰宅。保健師たちも見ている前で、母親は出迎えた女性に笑顔を見せた。

帰宅前から女性の相談を受けていた弁護士は3カ月後、自治体の担当課長と面談し、「なぜもっと情報収集しなかったのか」と対応を非難した。課長は「心配かけたことと報告が遅れたことは申し訳ありません」としながらも、「行政の責務を果たしただけ」と返答。まもなく女性は自治体を相手に訴訟を起こした。

主な争点は「行政が緊急性があると判断したことについて国家賠償法上の違法や過失があるか」。女性側は「保護ありきで何の情報収集もせず、確認すべき義務に反した」と主張し、「単純で偏った正義感で安易に決めつけた」と批判した。

自治体側は「高齢者の保護のためにすべきことをしただけで、公務員としての注意義務を尽くさなかったわけでもない」と反論。担当した保健師は「高齢者虐待の対応は本人の安全確保が最優先。私はその基本にしたがっただけ」と強調した。

裁判所の判決は、今回のケースについて(1)実際にアザがあり本人も「娘に殴られた」と説明した(2)主治医の意見書や施設職員の報告で「認知症はあるが妄想はなく意思伝達に問題はない」とされていた(3)医師も最終的に虐待の疑いがあるとして警察に通報した――などと指摘。「緊急性があるという判断が著しく不合理とは言えない」とし、実際に虐待があったかどうかには言及しないまま女性の訴えを退けた。女性側は控訴せず、判決は確定した。

老人ホームから連絡を受けて自治体が動き出した日の夜、母親は病院へ警察署へと連れ回され、ショートステイ先の施設に戻ったときには翌日の午前3時半になっていた。疲労のためか急性気管支炎にかかり、自宅に戻ってからも体調は回復しなかったという。3カ月後、母親は脳梗塞で亡くなった。

(社会部 山田薫)

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