アート&レビュー

音楽レビュー

平井丈一朗の60周年記念チェロ公演 カザルスの高弟、古き良き時代を呼び起こす鳥の歌

2015/8/3

 20世紀最大のチェロ奏者パブロ・カザルス(1876~1973年)。その一番弟子の日本人チェリストとして知られる平井丈一朗(77)が演奏活動60周年を迎えた。彼の父は童謡「とんぼのめがね」で有名な作曲家の平井康三郎。7月23日の記念演奏会ではカザルス直伝のチェロを披露し、作曲家として自作も自演。長男の平井秀明が管弦楽団を指揮し、次男でピアニストの平井元喜が共演するなど、日本有数の音楽一家の存在感も示した。

バッハの「無伴奏チェロ組曲第3番」を演奏する平井丈一朗(7月23日、東京都千代田区の紀尾井ホール)

 「これがバッハだ!」。1957年の夏、カザルスが平井丈一朗に向かってそう叫んだ。ピレネー山脈の麓、スペイン国境に近いフランス南部のプラードでのこと。当時19歳の平井はその年、プエルトリコに居を構えたカザルスに弟子入りし、カリブ海のその島に暮らし始めた。だがカザルスは夏季の3~4カ月をプラードで過ごすことが多かった。ニューヨーク経由でパリに飛び、プラードに滞在してみっちりレッスンを受けた。「さんざんやり直した後、ようやくカザルスが褒めてくれた。バッハに開眼したと思った瞬間だった」と平井は振り返る。レッスンの課題曲はカザルス自身の十八番でもあったJ・S・バッハの「無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調BWV1009」。7月23日、紀尾井ホール(東京・千代田)での「演奏活動60周年記念 平井丈一朗チェロ演奏会」はまさにその曲から始まった。

 ホールの音響環境のせいだろう。「第3番」の「前奏曲」の冒頭は乾いた音色でエコーがかかった感じの響きだった。平井もそれを自覚していたようだ。しかし「ホールが楽器に次第になじんできた」と彼が言うように、不思議なことに自然な音色の響きが独自の音楽世界を繰り広げるようになった。最近のチェリストにはないサウンド。音が自然な揺らぎを生み出しながら、幾重にも豊かに膨らんで空間を満たしていく。「バッハの作品の中でも無伴奏チェロ組曲は省略の極致。オーケストラでいえば響きの点と点をつなぐような曲。文学でいえば日本の俳句」と平井は説明する。それでいて「対位法的によく作られている」。平井の演奏は対位法の美学をチェロ1本で浮き彫りにする。

 最初に指摘しておこう。音程がたまに外れる。音符通りきっちり弾くのを常識とする現代の演奏家に慣れていると、非常識な演奏に聞こえるかもしれない。しかしそんなことは全く問題にならない。師匠のカザルスも時たま音程を外すことで知られていたからだ。「音程も表現の手段である」との信念を持っていたカザルスは、作品の本質をより深く表現するためにわざと高め低めに音程を外したといわれる。

 会話の場合も喜怒哀楽に応じて同じ言葉でも声が上ずったり、低く沈んだりする。いつも機械的に正確に発声するのは人間らしくない。「ただ音符通りに正確に弾くだけでは芸術にはならない」と平井は主張する。さすがはカザルスの高弟である。そもそもチェロの調律自体が「現代の平均律(による音階)とは異なる」。機械性を指摘したくなるような、上手なだけのつまらない演奏に陥ってはならないのだ。

 では何が重要になるのか。「音楽の解釈がいちばん大事だとカザルスに言われた」と平井は振り返る。「作品の解釈を間違うと、全く見当違いな演奏になってしまう」。作曲家や作品、その時代への深い理解と教養が演奏に反映する。「19世紀後半から20世紀前半までがクラシック音楽の黄金時代。私はカザルスを通じてその時代を生きた偉大な多くの音楽家と知り合った」と平井は言う。2度の世界大戦の前に存在した古き良き教養主義とヒューマニズムを彼らは強く持ち続けていた。その代表的な芸術家の一人が、祖国スペインのフランコ独裁政権とファシズムに抗議する立場を生涯貫いて亡命生活を送り、ノーベル平和賞の候補とみられた師匠カザルスだった。

 「無伴奏チェロ組曲第3番」の本質を平井は「舞踊組曲である」と解釈する。「前奏曲は全体の挨拶。あとは全曲が舞踊音楽。バッハの宗教的で荘厳なイメージにとらわれず、踊りを意識し、バッハの人間味を出して初めてこの曲になる」。最初は瞑想(めいそう)的に始まった組曲がサラバンド、ブーレ、ジーグへと進むうちに次第に明るさを増していく。時おり音程を揺るがしながら、浮き浮きする気分を醸し出し、音楽の持つ生命力を発揮して全曲が終わった。

ドボルザークの「チェロ協奏曲」を指揮する長男の平井秀明(中)とチェロ独奏の父・丈一朗(手前)(7月23日、紀尾井ホール)

 2曲目はドボルザークの「チェロ協奏曲ロ短調作品104」。ここに1枚のCDがある。1961年4月14日、東京の日比谷公会堂での録音とある。カザルス指揮の東京交響楽団、チェロは平井丈一朗。曲はボッケリーニとドボルザークのチェロ協奏曲だ。54年前の録音テープが発見され、ユニバーサルミュージックがCD化した。プエルトリコのカザルスのもとで修業をしていた当時23歳の平井は、師匠とともに日本で凱旋公演を開くことになった。途中に立ち寄ったニューヨークで記者会見を開き、「ここにいるのが私の後継者だ」とカザルスは平井を紹介した。「平井はこれからの音楽の世界に大きな希望をもたらす存在だ」と。東京での凱旋公演の目玉の演目がドボルザークのチェロ協奏曲だった。

 あれから54年の歳月を経たこの日、同じチェロ協奏曲を指揮したのは平井の長男の秀明だ。管弦楽は記念演奏会のために特別に編成されたダイアモンド・ジュビリー・オーケストラ。秀明の経歴を見ると、幼少時から父の丈一朗にチェロ、祖父の康三郎にピアノと作曲を師事している。米ロチェスター大学政治学科を卒業。1997年にはチェコのフラデッツ・クラーロベ国際指揮者コンクールで優勝した。「椿姫」「蝶々夫人」「ラ・ボエーム」「カルメン」などのオペラ指揮者としての活躍が目立ち、新国立劇場(東京・渋谷)ではモーツァルトの「フィガロの結婚」やヘンデルの「セルセ」を指揮。2012年にはウィーン国立歌劇場に指揮デビューし、昨年にはニューヨーク祝祭管弦楽団の音楽監督・指揮者に就任した。

 オペラ指揮者の経験から来るのだろうか、ドボルザークの激情的で叙情的なこの名曲の指揮でも、冒頭から感情過多の激しい指揮ぶりだ。小編成のオーケストラから最大限の情念、情熱を引き出そうとしている。ホールの音響環境のせいだと思われるが、木管がよく響く。父・丈一朗のチェロ独奏が揺らぎのある音色でボヘミアの歌を奏でる。「息子もチェロを弾いていたが、どうしても指揮者になりたくてなった。だからチェロのことはよく分かっている。弾きやすい指揮だ」と丈一朗は言う。「ドボルザークの音楽は和声的に独特でありながら洗練されている。チェコの地に足が付いた誇り高い音楽。チェロ協奏曲にはチェコの歴史と民族への誇り、情熱が含まれている」と丈一朗は説明する。

 第2楽章では中間部の劇的盛り上がりが印象深い。ただ、弦楽奏者が少ない編成のためか、木管群や金管群の音量が優勢になりがちで、もう少し弦が美しい旋律を伸びやかに歌い上げてほしいとも思う。

 最後の第3楽章では行進曲風の序奏から独特のきらびやかなトライアングルの響きが立ち上がり、激情のドラマへと聴き手を引き込む。そして演歌風の哀愁の歌を丈一朗のチェロが奏でていく。やはり揺らぎのある響きだ。特に第1主題に続く速い楽想の部分で音程が定まらないような不安定な響きが感じられる。現代のチェリストからはあまり聴かれない揺らぎだ。これがミスタッチとか下手とかいうのではないことを、演奏会後に例の54年前の東京凱旋公演のCDを聴いて確かめることができた。驚くべきことに、61年のカザルス指揮によるライブでも、丈一朗は同様に音程が揺らいでうねるような演奏をしているのだ。

1957年から5年間師事したパブロ・カザルスについて語る平井丈一朗(7月25日、都内の自宅にて)

 丈一朗の自作を披露した後半では平井ファミリーの音楽一家ぶりを発揮した。「小学校時代にピアノ協奏曲を含めすでに約100曲を作曲した」と言うほど丈一朗は作曲家としての自負も強い。

 「幻想曲《和》」は2013年にチェロとピアノのための曲として書かれたが、この日は「チェロ&オーケストラ版」として世界初演した。息子の秀明の指揮によってティンパニの連打から始まり、丈一朗が5音音階風の日本的な旋律を弾いていく。ドボルザークに通じるロマンチックな旋律だ。チェロの演奏と同様、作曲でも父・康三郎譲りの19世紀以来のロマン派の色合いを濃く残す作風を示している。

 この曲にもカザルスの影響が反映している。師匠が語った言葉を丈一朗は「演奏会の趣旨」という当日配った案内文の中でこう引用している。「君は国際人に違いないが、私が(生まれ故郷のスペインの)カタロニアをこよなく愛するように、君も祖国日本を大切にしなさい」。「幻想曲《和》」は「カザルスのこの言葉を具現化した作品だ」と丈一朗は語る。

 こうした調性音楽を堂々と書く作曲家も今日では珍しい。05年作曲の「チェロとピアノと管弦楽のための詩曲《カタロニアの思い出》」はカザルスへのオマージュだ。ここで次男の平井元喜もピアノで加わり、親子3人と管弦楽による演奏となった。「チェリストとピアニストと指揮者(による管弦楽)の3人が共演する作品は意外に見当たらず、親子3人で演奏したいと思って作曲した」と丈一朗は話す。

指揮者で長男の平井秀明(右上)、チェリストで父の平井丈一朗(左前)、ピアニストで次男の平井元喜(右前)。親子3人で平井丈一朗作曲「カタロニアの思い出」を演奏した(7月23日、紀尾井ホール)

 「カタロニアの思い出」では、管弦楽がクライマックスを築く場面で鳴るトライアングルがドボルザーク風だ。それもそのはず、「(カザルス自身も得意とした)ドボルザークの『チェロ協奏曲』と全く同じ管弦楽編成で作曲した」からだ。「単にカタロニアを描いた曲ではない。カザルスを通じてのカタロニアへの思いを描いている」。平井元喜のピアノが紡ぎ出すラフマニノフ風の叙情的な憂愁の旋律が印象深い。その後に金管群が教会旋法による中世風のコラールを鳴らして気分が一転する。終盤には「サルダーナ」というカタロニア地方の伝統舞踊を想起させる行進曲風の旋律が登場し、明るく力強い曲調で締めくくった。

 最後の演目は、カザルスがカタロニア地方の民謡をチェロ独奏用に編曲した「鳥の歌」。カザルスの代名詞ともいえる定番曲だ。この日は秀明の指揮による弦楽オーケストラの伴奏で丈一朗がチェロを独奏した。この編曲版はもともとがチェロ合奏による伴奏で、カザルスがメキシコでの演奏会の前に楽譜を紛失したものだという。同行していた丈一朗はカザルスに頼まれて「耳の記憶を頼りに、チェロ合奏のパートを書き取り、楽譜を復元した」。自ら復元した楽譜に基づく弦楽オーケストラ伴奏版の「鳥の歌」は静かに祈るように奏でられ、巨匠への敬愛と郷愁をにじませた。

 遠い過去の記憶を呼び起こす鳥の歌。正確な音を出すだけの無味乾燥としたデジタル社会の中でも、森に一歩足を踏み入れれば、はるかな昔と変わらない鳥のさえずりが聞こえてくる。5月6日に紀尾井ホールで聴いた92歳の世界最高齢級のバイオリン奏者イヴリー・ギトリスのリサイタルでもそうだった。さすがに高齢のため技巧的にはかなりの難があったとはいえ、ギトリスの演奏はクライスラーに代表される19世紀ロマン派の流れをくむ古き良き音楽を伝えていた。カザルスと同世代の偉大な演奏家たちの音楽にじかに触れた経験を持つ平井丈一朗。これからますます貴重な存在となるだろう。

(文化部 池上輝彦)

パブロ・カザルス指揮東京交響楽団、平井丈一朗のチェロ独奏による1961年の東京公演ライブ録音によるボッケリーニとドボルザークの「チェロ協奏曲」のCD(ユニバーサル)
パブロ・カザルスのチェロ独奏によるJ・S・バッハ「無伴奏チェロ組曲(全曲)」の2枚組CD。1936~39年録音(ワーナー)

TBS Vintage Classics ボッケリーニ&ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

演奏者:平井丈一朗, カザルス(パブロ)
販売元:ユニバーサルミュージック

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)≪クラシック・マスターズ≫

演奏者:パブロ・カザルス
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン

アート&レビュー

ALL CHANNEL