変わるシブヤ、「汚い」街でいて ビームス設楽洋社長

大規模な再開発事業が進む渋谷。商業施設などが相次いで登場し、街並みは大きく変わりつつある。ファッション、音楽、前衛芸術……。様々な若者カルチャーを生み出してきたシブヤはどう変わり、どこへ向かうのか。1980年代後半からの「渋カジ」(渋谷カジュアル)の流行をけん引し、セレクトショップの草分け的存在「ビームス」の設楽洋社長(64)にシブヤの過去と未来を聞いた。
設楽洋(したら・よう)氏 ビームス社長 1951年東京都新宿区生まれ。慶応大経済学部卒業後、電通に入社。勤務の傍ら、76年に父親らによるビームス設立に参加した。88年から現職。国内外に系列店約140店舗を展開している。

――5年後の東京五輪・パラリンピックに向けて、渋谷駅や新しいビルなどの再開発が進みます。「大人の街」になっていくとの声も上がります。

渋谷の街が持つある種の「汚さ」は残してほしい。整備されすぎた街からは、自発的な文化は出てこないように思う。かゆい言葉で言えば、私自身が「愛」とか「体温」を感じることができた渋谷のカルチャーは若者の街に必要だ。

――最近は、昔ほどセンター街など渋谷に若者が日常的に集まらなくなったようです。

インターネットやSNSなどの普及で、動かなくても最新の情報や欲しいモノが手に入る時代になった。渋谷に限らず、街に出る重要性が薄れている。渋谷駅も路線が増えて乗り換えが不要になり、「とりあえず行く場所」というパワーは一時より減ったかもしれない。

今の若者が、右往左往して何かに触れたり、苦労してモノを手に入れたりする喜びを感じるのは、私たちの世代と違って難しいと思う。しかし、昨年のサッカーワールドカップやハロウィーンの時のスクランブル交差点でのお祭り騒ぎを見れば、若者がどこかで自分を発散したいという欲求を秘めているように感じる。

――渋谷との思い出は何ですか。

中学生の時に友人と繰り出したのが初めて。新宿に比べると田舎で、今ほど「若者の街」といった印象はなかったが、1964年の東京五輪の前で、国立競技場に近い渋谷駅周辺もどんどん変わりつつあった。高校や大学に入ってからは、とりあえずいつも居る街、になった。

その頃はフォークやロックのブームで、ギターケースを抱えて歩く若者であふれていた。今もそうだが、ライブハウスも多かった。私の目当ては宇田川町のレコードショップ。ボブ・ディランやビートルズ、ローリング・ストーンズが人気で、当時あった輸入盤を扱う小さな店を毎日のように巡った。浪人時代も予備校帰りにジャズ喫茶に行っては、昼間からうらぶれた気分に浸っていたのを覚えている。劇団「状況劇場」の芝居を見に小劇場にもよく行った。インターネットも携帯電話もない。今よりもモノと情報に飢えていた世代。渋谷の街に出ればとりあえず何か起こるんじゃないか、というワクワク感に満ちていた。

――他の都市には無い渋谷の特徴は何だと思いますか。

それまでの六本木や赤坂、新宿などはどこも夜にオシャレをして、食事や遊びを楽しむ街。でも渋谷は昼間の文化も兼ね備えていた。73年に渋谷公園通りに「渋谷パルコ」ができたあたりから、ファッションはもちろん音楽も芸術も個性が際立つ人が集まるようになっていった。原宿も含めてサーフィンやスケートボードなどのような明るく、軽く、楽しい文化が街を彩っていった。

――紺のブレザーやジーンズ、ローファーなどでオシャレをする「渋カジ」の流行を引っ張るまでの経緯を聞かせてください。

1951年生まれの自分にとって、米国のライフスタイルは憧れの的だった。ブラウン管の向こうでは、大型犬が優雅に庭を駆け回り、GEの冷蔵庫や大きなアメリカ車が登場。面白いと感じるコンテンツの多くはアメリカ発だった。大学生の夏休みに横須賀で開かれた米軍キャンプのバザーに行くと、白いジーンズや見たことがないスニーカーに目を奪われた。重苦しい時代とは反対に明るい存在に見えた。当時、インポートの衣類というと、高級ブランドか上野の商店街「アメ横」の米軍の放出品。バザーで見たような、ちょうどいい中間がなかった。

その時の体験がビームスを立ち上げる動機にもなったし、渋谷は若者を受け入れてくれる土壌があると信じて、今は無い2店目を1977年に出した。当時はまだセレクトショップという言葉もなかった。流行はいつも海外から来ていたが、日本のストリートから初めて生まれたファッション文化が渋カジだった。海外のファッションの概念は除いて、形だけ取り入れていた流れを変える出来事で、世界から日本の若者が一番オシャレだと認知された。その場所が渋谷だったということ。

――渋谷の街が持つ最大の魅力は何でしょう。

いい意味で雑多。誰でも受け入れてくれる懐の深さ、では。若者でも挑戦させてくれる土壌がある。多くのベンチャー企業が集まることからも分かると思う。銀座など「大人の街」にはない魅力の一つといえる。街も大手百貨店がリードするだけでなく、一つ通りを外れれば、全く違った色の雑貨やファッション、飲食などのショップが並んでいる。「渋カジ」や「ルーズソックス」のようにストリートから醸成される文化は、どこの誰が発信したのかも分からない。だからこそ街にパワーや面白みを感じることができるのだと思う。

――若者の街としての渋谷が今後も魅力を持ち続けるために必要なことは何でしょうか。

はやり廃りの文化を繰り返し生み出してきた渋谷だが、新しい価値を生み出し続けるのは、若者の力がある証拠だ。若者が動き回り、新しい価値を見いだし、それを発信する力を育てる街であり続けてほしいと思う。

(聞き手は佐藤淳一郎)